閑話 バズールvsシエル
「シエル、約束だからな。忘れるなよ。絶対」
俺はシエルがライナと婚約したと聞いた時、居ても立っても居られず、シエルの屋敷へと向かった。
11歳の俺にとって一つ年上のシエルは超えられない壁だった。
どんなに努力したってライナにとって俺は従兄弟でしかなくて……シエルは常に「好きな人」なのだ。
「俺はライナのことが好きなんだ。絶対大切にする」
シエルは俺に真剣な顔をして約束した。
ーー俺はライナに何かあったら守ろう。そう心に誓って恋心をそっと奥底へと追いやった。
なのに……
あいつはとにかくモテる。
「シエル様、差し入れです」
騎士科に通うシエルに令嬢達はいつも群がっていた。
シエルは基本優しい。そんな令嬢達にも無下に出来ないで笑顔で対応する。
そんな姿がライナを傷つけているとも考えない奴なんだ。
俺とライナは学年が同じで二人で一緒に過ごすこともある。
偶然シエルが女の子達に囲まれている姿を見たライナは口をギュッと結び黙って俯いた。見ないように急ぎ足でその場を去る。
俺も何も言えずに「ライナ……急ごう」とだけしか言ってあげられなかった。
「………うん………」
俺もライナも何も話さない。
そんな時シエルは俺たち二人の姿を女の子に囲まれていてもじっと見ていたことに気が付かなかった。
俺はシエルを呼び出した。
「ライナを泣かせるな!」
「俺はライナを大切にしている。バズールこそ婚約者でもないのにライナのそばにいるのはやめてくれ」
「俺は同じクラスなんだ。態と彼女のそばにいる訳ではない」
「それでも……いつもいつも……俺だってあいつの近くにいたいのに」
シエルが聞き取れないくらいの声で呟いた。
シエルがライナを大好きなことはわかっていた。そして同じ歳の俺にヤキモチを妬いていることも知っていた。それでも……ライナが選んだのはシエルだ。俺じゃない。
「ライナが好きなら他の子からの差し入れなんて受け取るな!断ればいいじゃないか!これから先ずっと誰にでもいい顔をするのか?そんなことばかりするならライナはずっと傷つくことになる。
お前みたいな男にライナはやれない」
「ふん、俺の婚約者だ。いくらバズールがライナのことを思っても諦めるしかないんだ」
バコッ!!
俺は気がつけばシエルの顔を殴っていた。
シエルは口から血をペッと吐き出して、俺に殴りかかってきた。
騎士科のシエルに体力も運動神経も敵わないのはわかっている。それでも負けたくない。
「くそっ!お前なんかに俺の気持ちはわからない!」
俺が叫びながらシエルの腹を蹴り上げた。
シエルは俺の足を掴むと振り上げて俺を転がした。そして俺に被さり殴りかかった。
気がつけば顔から血が出て身体中痛みで唸るほどだった。
「お願いだ、ライナを悲しませないで。あいつの悲しそうな顔を横で見ているのは辛い、俺じゃあ、ライナを喜ばせることはできない。シエルじゃなきゃ駄目なんだ」
俺は悔しくて涙が出た。俺がライナを幸せにすることが出来ない。ならば俺はシエルに頼むしかない。
「ライナがそんなふうに感じてるなんて思っていなかった。今度から差し入れは断るし出来るだけ話さないようにする……俺もお前にヤキモチ焼いてごめん」
シエルはそう約束したのに……
ライナは伯爵家で働き出してからどんどん暗い顔になっていった。
「シエル!ライナを大切にするって約束しただろう?」
「俺はライナを今も大切にしているつもりだ」
「どこが?約束は守らない、リーリエ嬢を優先する、嘘だとわかる噂に惑わされて……ライナを大事にしている?どこがだ!」
「……お前は仕事をしたことがないくせに!俺はあと少しで夢が叶うんだ。そしたら……ライナと結婚して幸せになれる」
「夢なんかよりライナが大切なんじゃないのか?」
俺はシエルとまた殴り合いになった。
あの時は体力もなく一つ年上のシエルに勝つことはなかった。
でも今は違う。騎士じゃなくても鍛えることはできる。いつかライナを守るために俺は俺なりに力をつけてきた。
そして俺はシエルと同等の喧嘩をした。
殴ったぶん殴り返された。蹴ったぶん蹴り返されたけど負けなかった。
「シエル、ライナがこれ以上悲しい思いをするなら俺がライナを貰う、諦めないから」
俺はシエルに吐き捨てて項垂れるシエルをジロッと睨みつけた。
「ライナは渡さない…………」
シエルも俺を睨み返した。




