第五話
「ま、まぁ、紅茶でも飲みながら話そうぜ」と、ルークは厚手のカップに紅茶を注ぎ俺とサユに出してから自身のも用意しソファーに腰をかけた。
「で、だ。…なんも覚えてない感じ?」戸惑いながらもルークは問いかけた。
「電車に乗ってた。ことは覚えてる。…だけどそれ以前のことがどうしても思い出せないんだ。…自分のことなのに、名前も」
……____________。
「んー、なら、電車で頭打って記憶が飛んじまったということはないのか」と、足を組み、紅茶を飲む。「やっぱ、うまい」と言葉を漏らす。
「それならよかったわ」と、サユが言うと、いきなりルークは立ち上がり「いや!良くねぇよ!いや、良かったのか?え?んー、いや、良くないわ」とルークが突っ込みながらも善悪を確認する。
勢いよく立ち上がったせいか手に持つカップから紅茶が溢れ俺の服に散った。俺は薄手の服を着ているせいか、その紅茶が服に浸透し肌に到達したが熱いとは感じず緩かった。
だが、サユが紅茶を口に運んだ時、「あああっっつ!ちょっと!ルーク!レディーに物を出すときは適温にしなさいよ!」
と、俺は緩いと感じていたが、サユにとっては相当熱かったのかルークに激昂した。
同時、サユが勢いよく口元からカップを離した勢いでカップは傾き、紅茶は俺の顔面にかかった。
直に紅茶を浴びたがそう熱いとは感じなかった。故に、彼女は猫舌なのだろうと思う。彼女と接する時には温度管理は彼女に合わせるように肝に銘じた。
淹れたばかりの紅茶だから熱いのは当然であるから、もしかしたら俺は熱さの耐性でも持っているのだろうか?
「紅茶は熱いからうまいんだろ!?」
「熱すぎるのよ!」
「いや、ふぅふぅしながら飲めよ!そこは自分で調整しろよ!」
「ふぅふぅとかレッドがいるのにできると思う?私がまるでお子ちゃまみたいじゃない!」
「12,3の見た目なんだからまだ、お子ちゃまでいいだろ!」
「実年齢はもう少し上よ!」
「あんま関係ないだろ!」
「大いに関係あるわ!」
と、ルークとサユは相変わらず仲がいいのか痴話喧嘩が多い。
それにしても、この二人は俺のことを心配しないのだろうか?
いや、いいんだ。俺はよそ者だし、彼らの世界に踏み入れる気はない。
相思相愛。
そう見える。だってさ、ヤッてるんだし、さ。ね。俺の解釈間違ってない…よな。っていうか、
あと……______、
「こんなことを聞くのもなんだが、俺はこれからどうしたらいいかと思う?」
二人は俺の言葉を聞き取っ組み合いにまで発展した痴話喧嘩を止め俺の方に向く。
ん?何言ってんだお前。
みたいなポカンとした表情を向けてくるので、あ、俺、今言うべきじゃなかったかと後悔した。
うん、俺はよそ者。出ていくのが通りだ。どうあれ、彼らは俺の命の恩人だ。感謝の言葉くらいしか送れないけど、送らないよりはマシだ。俺は、意思を固め立ち上がった。
そして、
「改めて、命を救ってくれてありがとう。傷も治ったみたいだし、俺はここらで出ていくよ。ほんと、ありがとう」と深々と頭を下げた。
窓は真っ白でガタガタと軋み、ビュービューと隙間風が部屋の中に流入する。
先程、扉の先で見た吹雪を思い返すとぶるりと身体を震わせたが、ここにいては彼らの邪魔になる。
彼らは俺とは違う。いや、どうなんだろうか?同じかもしれない。
ルークが言ってた超回復?なのかどうなのか。それなら、こんな薄手の服でも死にはしないか。
だが、ほんと、なにも分からない。
あー、もう。俺はなんで俺のこともわかんねぇんだ。
『イギョウ』
その言葉もどこか引っかかる。でも、まぁ、ここで考えても彼らの邪魔になるのは目に見える。彼らに聞くのが手っ取り早いが、______。
俺は、頭を上げ彼らにニコッと笑顔を向け扉に向かった。彼らの顔は先程と変わりなく、ポカンと不思議そうな表情を崩していなかった。
外につながる扉のドアノブに手をかけた。
瞬間、______ッ!
「冷たあっ!」
掌に急激に冷感が伝わり俺はドアノブから手を離した。どうやら、俺は寒さ耐性はついてないらしい。
「あははは」と背後から笑い声が聞こえた。
俺に振り返り誰が笑ってるのかを声色で判断し、彼女の方を見た。
俺に指を刺しゲラゲラとレディーにしてははしたない笑い方をするがどことなくそれには温かみがあり、どうしてか、近寄りやすい親近感が湧いていた。
と、隣でニタニタと笑顔を向けるルークは意地悪そうな口調で、
「で、どこに行こうとしてんだ?買い物か?」
「いや、出て行こうかと」
「どこに?」
「それはわからない」
「じゃあ、ここにいればいいじゃん」
「は、え?」
俺は突拍子もない声を上げた。
「ん?ここにいればいいじゃん」
「え、ん?あ、ん?じゃ、邪魔にならないのか?」
「逆にいてくれた方が安心だ」
______…………。
「い、いいのか……」
俺は申し訳なさで胸が締め付けられ顔を床に向けていた。
ルークは俺の方に歩き出し、俺の方をポンポンと叩いた。
「顔、上げろや、な」ルークの言う通り顔を上げた。
そこにはルークの満面の笑みがあった。
そして、
「俺たち、もう友達だろ」と。
トモダチ。___友達。
すごく温かみがあるフレーズ。
暖炉の前でサユがまたも爆笑していた。
「あははは、ぐふっ、あははは!こいつ、この時を待ち望んでいて、あははは!どう言う風に言うか鏡の前で練習してたんだよ、あははは!あはははははははは!」
「お!おい!それ言うの反則だろ!」
「あははは!ごめんごめん!レッドのやつがルークのシナリオ通り足を運んでくれたから笑わずにはいられなくて」
ルークは俺の方に向き直る。ゆらゆらと彷徨った魚みたいに瞳を泳がせ視点が定まっていない。頬も赤い。耳まで赤くなっている。
「と言うことで、レッド。お前は俺たちの友達であり、仲間になったのだ。どこにも行くな!…それは、言い過ぎか。まぁ、記憶が戻ってからでも行動は遅くないと思う。それまで、俺らと一緒に暮らさないか?あ!も、もちろん!記憶が戻っても一緒に暮らすなんて全然歓迎するぜ?な、サユも」
「当たり前よ!」
サユは先程ではないが、ニタニタと表情を緩めている。
ルークは背筋を伸ばしビシッと姿勢を整え、
「ようこそ!反逆者共の集まりへ」と。