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Macht-マハト-  作者: あらこ あき
第一章
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第四話

「い、痛いって……痛いって!痛いって!や、やめろぉおお!」


 白髪の女性は赤面しながら、雪だるまから出現した謎の男を何度も何度も蹴り入れ、男はそれに伴い、自身の局部を抑え、自身への攻撃を制止するよう懇願するが、彼女はそれを完全無視し、男を追いかけ回す。


 二人がドタドタと部屋で走り回っているせいか、天井から埃が落ち、部屋中埃まみれだ。


「は、……くしゅんっ!ゲホゲホ!」


 埃のせいか、俺は鼻がむず痒くなり、大気中の空気を大きく吸い込みくしゃみをした。同時、大きく息を吸い込んだせいか埃が気管支に入り込み盛大にむせた。


「待てやぁ!ごらぁ!そのイチモツもいでやらぁ!」

「あああああああ!やめろぉ!ぁああ!痛いっ!痛いっ!」


 二人は相変わらず部屋中で駆け回る。


「ゲホゲホヘホ」

「おらぁ!待てやぁ!」

「ごめんってば!いっ、痛い!」

「ゲホゲゲホゲホゲホ!」

「これでもくらいやがれ!」

「ちょっ!そ、それはないでしょ!や、やめろぉおおおお!」

「ゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホ!」

「くらいやがれ!ストライクぅぅぅうう!ッスマッシュゥゥウウウウウウ!」

「ああああああああああああああああああああああ!」


 ダメだこいつら、俺の心配する素振りすら見せない。

 俺は、彼らの邪魔にならないよう、俊敏にそして忍び足で暖炉の方に足を運んだ。


 途中、暖炉の前にある机に視線を落とす。机上に置いてある小さなガラス玉を彼らから避難させる為、暖炉の上にある棚に移動させた。


 ついでに、先ほど彼女がコンロの上に零れた湯を拭こうとした雑巾を拾い上げ、その雑巾でコンロの上を拭き上げ暖炉の近くにある物干し棒に掛けておいた。

 パキパキと音を立てる炎はどこか安心感があり、心が落ち着く、そんな気がした。


 俺は、その炎に吸い込まれるかのようにして近づき、


「あっつ!」


 暖炉に近づきすぎたせいか火花が肌に散り後方に後ずさりした。

 寝起きのせいか頭がくらくらし、体もフラフラと左右に揺らすせいで足が絡まりそうになる。


 俺は適切な距離で暖炉の前でこじんまりと、体を小さくさせ、顔を彼らの方に向けその惨状を鑑賞する。暖炉の薪が小さくなっていた。暖炉の中で弱弱しい炎。勝手ながら、暖炉の隣に積んである薪を暖炉の中に放り投げる。雑に入れたせいか火が消えかかる。火鉢で調整し暖炉の火加減を整えた。


 二人がじゃれ合うせいで床はギシギシと悲鳴を上げ、今にも底が抜けそうな勢いだ。

 俺はそれが心配で冷や冷やしているが、どこか心が弾むような楽しい感覚に陥っていた。


 そして、幾分かしてようやく決着が着いたようだ。


 突如、男はその足を制止させた。そして、何かを思い出したのか「あっ!」と大きな声を上げた。だが、男が制止しようと、白髪の女性はその進撃を止めない。男は、背後から蹴り入れられ『グギッ』と背骨が折れるような砕けるような音が耳に届く。男は背を弓型に反りかえりその場で床に倒れこんだ。ガクガクと体を痙攣させる。


「ふぅ」と溜息を漏らし白髪の女性は俺が先程まで横になっていたソファに体を沈める。辺りをキョロキョロと見回し、俺と目が合うと「あっ、そうだった」と大きな声を上げる。


 そして俺に向けて指をさす。


「起きたなら、起きたって言いなさいよね」と。


「いや、ちょっと、タイミングが」と俺は返す。


 そこで全裸男が立ち上がり「俺の負けってか」と悔しそうに漏らす。


 何か勝負でもしていたのだろうか?最初、白髪の女性と目が合った時。異様に彼女は喜んでいたように思えた。

 

 俺に起因する何かで賭け事でもしていたのだろうか?やけに頭の回転が良いように感じた。


「そうね。今日から、一か月は掃除当番固定ってことになるわね」

「まぁ、こいつが生き返ったんだから、死ぬに掛けてた俺にも罰があってもいいかもな。これで清算されるわ」

「それより先に、服着なさいよ」と彼女がキレる。


「あっ、わりいわりい」と言いながら、男は暖炉の近くに畳んである服を手に取る。


 男が服を取ろうと屈んだ時、股の隙からぷにっとはみちんしているのを俺と彼女は見ていた。そっと彼女の方に視線をやると、俺の視線に気づいたのかそれから視線をそらす。


 頬を赤く火照らせどことなく恥ずかしみがあるように見えた。俺は底意地が悪いのかそのまま彼女を見やる。「な、なによ」「別に」と俺と彼女が言葉を交わす。


「なんか言ったか?」とパンツに足を通しながら男は振り返る。一瞬、彼女が男の方を振り返りそうになったが、俺が彼女を見ていたせいか『はっ』とそれに気づき視線を俺に向け直す。「なんも」と彼女が言った。「え、あ、そうか」と。


「でも、あんだけ体がバラバラになってたのにきれいさっぱりこうして元気にされたら俺たちもビックリだわ。なぁ?サユ?」

「そうね、あんだけの損傷だと死んでもおかしくないわ。異形だからと言っても不死身ではないものね。……もしかして、不死身体質とか?」


 二人は俺の方に視線をやる。


「ん?」


 何言ってんだおまえら。と言いたいところであるが、この雰囲気では、お前がどうなってんだ?の方が正しいように思える。先ほどの痛みは無いし、右手も動く。こうして歩いているのだから足にも異常はない。体は熱くない。息も正常に出来ている。あれが夢であったのかと思えるぐらい、俺の体は何不自由ない健康体だ。


「俺にも分からん」と答えておいた。しかしながら、彼女たちの発言から、やはり俺はあの電車の事故に巻き込まれたようだ。手も足もバラバラになってたのも事実なのかもしれない。寝ている間、夢を見たような気がしたが思い出せない。目覚めたばかりだと夢を少し覚えていてもいいのだが、一つも思い出すことが出来ない。今、夢について言及しても夢は夢なのだ。現実とは関係ない。


「もしもーし、聞こえてる?」


 いつの間にか彼女の顔が目の前に近づいており、俺の前髪を手の甲で持ち上げその掌を俺の額に当てた。もう片方の手で自身の額に当てる。


「熱はなさそうだけど。頭でも打ったのかしらね」

「目覚めたばかりだし、記憶の整理も大切かもな」


 男はコンロの方に向かい蛇口を捻った。


「あれ、水がでないじゃん」

「あたりまえじゃん」

「え?なんで?」

「こんなに寒いのよ。水道管も凍ってるわよ」

「え?脱水で死にそう」

「そんなんで死なねぇわ」

「それもそうか」


 さっきからこいつらは、『死』を軽んじている発言が多いような気がする。まぁ、俺がこうして元気にいられるのは彼女たちのお蔭のようだ。窓に視線をやる。相変わらずガタガタと格子が揺れ外は激しく吹雪が吹き荒れているようだ。


「ありがとう」と。


 二人はえ、何?って顔をしている。


「私たちは特に何もしてないわ」と彼女は言う。


「治療とか、温かい部屋に連れて来てくれているとか。他にもいろいろしてくれたんだろ?ありがとう。助かった」と再度感謝を述べた。


「いやぁ、まぁ、私たちにも……まぁ、電車に誰も乗ってないかと思ってて暴れていたし、あなたを悲惨な目に合わせてしまった原因は私たちだし……あなたが、異形じゃなかったら、いや違うか。あなたが、超回復?不死身?そこんとこわかんないんだけど、特殊な異形じゃなかったら、殺していたのは正直なところ。あと、手足が生えたり、傷が塞がったりしてたけど、意識は死んだままだったらとか考えてたし、この死体どうしよっかなぁとか焦っていたし……あーもう!なんで、こうも言葉ってまとまらないのかしら」


「それは、サユがバカなだけでは」

「は?」

「なんでもない。なぁ、このボトルの水使ってもいいか?」

「使うために用意してんだから使いなさいよ」

「はーい。なぁ、お前、紅茶かコーヒーどっちが飲みたい?」

「もらえるなら……」

「なら、俺と同じ紅茶だな、サユも同じでいいよな?」

「ええ」


 男はボトルに入った水をやかんに入れていく。コンロのスイッチを押したが着火せず、幾度かして着火した。


「ゆっくりで、ええ。ゆっくりで。ゆっくり思い出したらええ。急がんでも誰も急かさんから、ゆっくり思い出したらええよ」と男は優しい口調でそう言うのだ。


「遅れて、すまん。俺の名前は、『ルーク』ってんだ。よろしくな」と男は続けて言った。

「私は『サユ』。よろしくね。と、あなたの名前は?なんて呼べばいいのかしら?」

「俺か?」

「あなたしかいないでしょ。何、オレカって名前なのかしら?なんだか呼び辛いわね」

「あ、いや、違う。ような気がする」

「なんて言うの?」彼女が再度聞き返す。


 俺は床に視線を落とす。


「俺の名前ってなんだ?」

「いや、こっちが聞いてるんだけれども」


 ______。


 コトコトとやかんから音がし出した。数分俺は思考を巡らせたが、どうにも思い出せないのだ。やはり、あの電車で頭を打って記憶喪失にでもなったのだろうか?そんなに都合の良い解釈をしてもいいのだろうか?でも、思い出せないのだ。


「だったら、こんなのはどうだ?」と突然男は話し出す。

「レッド。とか。お前、髪も瞳も真っ赤かじゃないか。瞳にかんしちゃあ、サユと同じ色でペアルックしてるみたいだな。ハハハ」

「えー、なんか複雑な気分なんだけど~」と彼女が不満を漏らす。


 俺は、彼女が白髪であることで老人かなと思っていたのに、電車のガラス越しで見た自身の髪や瞳が赤色で染まっていることに何一つ疑問を抱いてないことに驚いたのだ。


「レッド」俺が俯いてそう呟く。


「あ、いやだったらなんでもいいんだぜ?思い出したら、俺はその名前で呼ぶし、お前が呼んで欲しい名前を言ってくれていいんだぜ」


「いや、嫌とかじゃなくて。……レッド。しばらくの間、俺の事そう呼んでくれ。あ、なんか上から目線でごめん。どう話したらいいかいまいちよく分からなくて。言葉に困るっていうか」


「レッド!俺たちそう見た目も変わりそうにないし、まして、異形なんだから年齢も人間で言う十三歳辺りからは異形は十数倍ゆっくり年齢を重ねるからさ。年上とか年下とかで言葉遣い変えようとかそういう気づかいは必要ないかもな。気遣いが悪いってわけじゃないぜ。そういう気遣い出来るのは素敵なことだし、それもお前の魅力かもしれない。ただ、まぁ、親しみを持ってタメで、フランクに話そうぜ」


「私も同じように話して大丈夫よ。ちょっと、大人びて見えて怖いかもしれないけど、安心しなさい。私は心が広いのが取柄よ」


「胸も最近膨らんできたガキンチョが何言ってんだか……あ、痛っ!ちょ、蹴るな!やけどするだろ!やけどしても治るけど、俺は治癒促進が遅いんだよ!」


「なによ!私の胸見て『サユ、最近、エロくなったな』とか部屋で言いながらマスターベーションしてたの知ってるんだからね!あー、もう、デリカシーがない男だわ」


「あ!そっちだろ!のぞき見とかサイテーだな」


「なによ!この変態が!」

「うるせぇ!ガキンチョが!」


「あんたのソコだってまだまだ未熟じゃない」

「は?大きけりゃあいいってもんでもないだろ?サユと何度もヤッてるだろ?大きいからって良い物でもないだろ?」

「大きいのを私はしりませーん。噂では、大きいのが大人の証拠とか聞いたような」


「お、俺だって!人間なら、大人だ!」

「いや、十五、六でしょ。子どもじゃん」

「お、大人だ!」


 あ、また始まった。どうしてだろうか。この二人よく言い合いしてて仲が悪いように感じられるけど、そうでもなさそうなんだよな。


 あと、こいつらヤッてんのかよ。まぁ、見た感じ二人しかこの家にいないみたいだし、そういうのもしょうがないのかもな。


 って、言うか。


 俺はいきなり立ち上がり、彼女たちに向き直る。


「イギョウってなんだ?」と俺は問いかけ、


「「えっ?そこも?」」と二人は声を揃え、言い合いを止めた。


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