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Macht-マハト-  作者: あらこ あき
第一章
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第三話

 シュンシュンと音を立て、何かが沸き上がる音が耳に届いた。

 壁掛け時計が秒針を進め、その小刻みの感覚がなぜか心地よい。


 時折、ガタガタと格子が軋む音がし、少しの隙間から外風が流入し足元に到達すると、ブルッと体を震わせ上体に掛けてある毛布の中に亀が甲羅の中に身を隠すみたいに素早く引っ込めた。


 ゆっくりと重い瞼を持ち上げる。


 部屋の電気は消灯しており、沸騰しているやかんの上にちょこんと小さなオレンジ色に灯る電球がその下を優しく照らす。


 視線を左側に移すと、パキ、パキと薪が炎の中で燃え盛っている暖炉があった。薪は割られた当初の形を保っていることから、誰かが数秒前に焚べたばかりなのが容易に伺える。暖炉の前にある細長い机。その上に一つだけ、小さな座布団の上に透明の拳大のガラス玉が置いてある。炎を投影しガラス玉の中でもメラメラと炎が燃えているように見えた。


 部屋全体はそのせいか心地いいぐらいの温度で保たれている。


 と、その時、上の方でドタドタと慌ただしい音が鳴り響いた。


 バンッ!と勢いよく扉を閉め階段を駆け下りる。途中、何か大きな物が床の腕倒れる音がし、ゆっくりとこの部屋に通ずる扉を開いた。


 俺はスッと瞼を閉じた。


「あいいい、いててて……何であんなとこに荷物置くかなぁ」


 どこかあどけなさを残す声。女の子だろうか?

 たぶん、いてててとか言ってることからこの人が上の階から降りてくる際にこけたかで大きな音を立てたのだろう。


 俺は少しばかり、瞳を上げる。


 白髪?の人がコンロの前にいた。カチッと火の元を切り火を止める。


「やっぱりちょいと遅かったかぁ」と呟く。


 暖炉に掛けてあった雑巾を手に取りコンロの上に零れた湯を拭くが、「あっ、ち!」と手を引っ込め後ずさりする。


 その光景があまりにも面白くて、ドジっ子すぎて「あはは」と小さく笑いを漏らしてしまった。

 あっ、やべ。と思った頃にはもう手遅れだった。


 その人は、俺の笑いに合わせ勢いよくこちらに顔を向ける。


 白髪だったので当然、老人だろうと思っていたがどうやら違ったらしい。

 辺りが薄暗いせいかしっかりとその顔全体を見ることは出来ないが、肌に艶があり皺が見受けられない。振り返ると同時にフワッと宙を舞う髪がキラキラと光沢を放ち健やかで潤いのある髪なのだと分かる。


 暖炉に燃える炎よりもずっと深い真紅の瞳。直視するその眼光は美しいと一言で表すには物足りない。俺が持つボキャブラリーでは到底表すことが出来ない。

 彼女は不思議そうな顔を浮かべ右に頭を少し倒しポカンとした表情を浮かべる。だが、それは一瞬の出来事に過ぎない。


 すぐさま、彼女は口角をあげニマッと表情を豊かに彩る。


「よっし!」


 と、なぜか拳をギュっと握りしめガッツポーズを作る。


 手に持つ雑巾を宙にほっぽりだし、駆け足で俺に近づく。距離にして二、三メートル。近距離でもあるに彼女は駆け寄った。


「ねぇ!」


 彼女は声を高らかにし興奮を抑えられないように見えた。

 俺はビクっと体を震わせ瞳孔を散大させた。


「おっ、う」言葉不が詰まる。

「あなた、何の力を持ってるのよ!」

「ふ、へ?」


 目が覚めたばかりなのか、彼女が言っている意味がわからない。


 ______。

 ______。


 沈黙が生じる。


 …………。


「え?」


 彼女がポカンとした拍子抜けな表情を浮かべ、「あっ」と何かに合点したのか。勢い余って俺の目の前で前かがみになっていたので一歩後方に下がり、腰に手を当てこちらに指を指した。

「あはーん、もしかして、もしかしてなんですけど……くすくすくす……私の可愛さに見とれてしまったなぁ~」


 …………。


「えっ?」

「えっ?」


 彼女と俺はまたも拍子抜けした表情を浮かべていたのだと思う。


「ちが……うの?」

「えっ、いや、その」


 俺は発言に困る。まず、彼女が何者なのか。ここがどこなのか。いつからここにいるのか。など、聞きたいことがたくさんありすぎて、何から話せばいいのか混乱している。まして、彼女が俺の力とか聞いてくるからなおさら、混乱が加速する。

 だが、これは答えないと失礼だ。


「か、かわいい」


 …………。


「えっ?」

「いや、だから、かわいい」


 彼女は拍子抜けた表情に血色を徐々に強めていき、俺の発言にまるで耐性がないのかあっという間に顔全体、耳まで真っ赤に火照らし瞳孔をカッと見開いた。


「かわ……」


 俺の発言を制止するかのように、


「あわわわわ……あわわわわ……」


 彼女は慌てふためいているのか、手をあちゃわちゃと忙しそうに動かし俺にジェスチャーでも送っているのか、それとも不思議な舞でも披露してくれているのか……兎にも角にも、俺はその言動がなぜか面白く、つぼにはまったのか、


「あはははは」と涙目で笑ってしまった。


「な、なにおー!」


 彼女は真っ赤な表情で少しばかり表情を強め、


「冗談だったのに!」と恥ずかしさをごまかすかのように先程の発言を撤回しようとした。

 俺は側臥位になっていた為、「よいしょっと」と年寄りじみた掛け声をかけ端座位になった。なんだろう、体がすごく重い。全身に鉛でもつけているかのようであった。鉛何て体に着けたこともないだろうけど、例えが見つからなかったからそういう表現にしておこう。


「ごめん、ごめん」


 俺はクスクス笑いながらまだ目に残る涙を服の袖で拭い、彼女に悪びれた謝罪を送った。


 彼女の顔はまだ赤い。


 その時、窓の隣にある扉がガタガタと音を立てた。窓から見える景色は真っ白で外は吹雪が吹き荒れ雪原と化しているようだ。


 ドンッ!と扉に何かがぶつかる衝撃が伝わった。そして勢いよく扉が開く。


「ただまー!」


 どこからか帰って来た時に言う「ただいま」と想起させる発言が聞こえた。だが、扉の先に人はいない。いるとしたら、


「雪だるま」


 大きな雪の玉を二つ上下に連結させそこから腕と足をひょっこり見せている。


 同時、吹雪が部屋に勢いよく流入する。


「ば、か!早く締めなさいよ!」


 彼女が勢いよく扉に駆け寄りそう発現する。


「おっ、あ、わりぃわりぃ」


 雪だるまが部屋にのそっと、入り込み扉を占めようとする。がしかし、あまりにも吹雪が強すぎる影響のせいか扉が閉まろうとしない。


 う、さむ。

 俺はガタガタと身体を震わす。俺も扉を閉めるのを手伝おうと思ったがどうやら必要ないらしい。


 彼女は扉に駆け寄り宙で体を回旋させ、一蹴り目で雪だるまを部屋に蹴り入れ、二蹴り目で扉に蹴りを入れ、扉を勢いよく閉めた。


「おー」と、俺は感心し、なぜか拍手までしていた。


「はぁ」と彼女は眉間に皺を寄せ頭を抱える。


「裏戸から入りなさいよ!裏は二重扉になってて、吹雪が部屋に入らないようになってるって何度言ったらわかるのかしら?」

「や、あ、ごめん」

「ごめんで済むなら、繰り返すなぁ!」


 彼女は転げている雪だるまに向けて叱る。


 雪だるまはゆっくりと起き上がり、またすぐに体勢を崩しまた転がる。


「ご、ごめん、手伝ってくれない?」


 雪だるまが応援を要請する。なにこの雪だるま、生き物なの?

 彼女はまたも「はぁ」と小さく溜め息を漏らし雪だるまに近寄り、その手を握る。


「いくわよ、一、二、の三で起き上がるわよ」

「おう」


 雪だるまは呼応する。


「それじゃあ、いくわよ、一……二……三……」


 雪だるまは足に力を入れ……____。


 ____あれ?


「でいいかしら?」と彼女が言う。


「って、おい!」と俺がツッコミを間髪入れずに言う。


 雪だるまは「お、おわああ!」と言い床に再度転げる。

「っんっ!、あっ!」と彼女も雪だるまの手を握っていたせいか一緒に転がる。


 いや、コント見せられてるのかよ……。俺は冷たい視線を送る。


「「いててて……」」


 お互い、床にぐったりと横になり、彼女は雪だるまに勢いよく額をぶつけたせいか、痛そうに押さえている。雪だるま相当硬かったんだろうな。


「おい!今のは完全に起き上がる掛け声だっただろ!」雪だるまがキレる。

「はぁ?最終確認なんですけど!」彼女もキレる。


 いや……何なんだよ。


 と、痴話げんかを行っていたが、ピキピキと、どこからか音がした。

 俺は音のする方向に目をやるとそれは雪だるまから聞こえていたのだ。

 雪だるまは縦線に亀裂が入り、今にも断裂しそうな雰囲気であった。


 ___瞬間。


 横に転がる彼女が雪だるまに向かって蹴りを入れたのだ。


「グヘッ!」と、雪だるまから声がした。


 雪だるまは壁に向かって勢いよく転がり始め、衝突した。そして、雪だるまが砕けた。

 床中に雪の塊が飛散し……中から、何かが出て来た。


 ……人?


 俺は、不思議とそれを凝視していた。


「ふぅ」と息を吹き返し、雪だるまから出て来た者は立ち上がった。


 その瞬間、俺は目を疑った。


 外は猛烈な吹雪が吹き荒れ、当然、マイナスの世界。

 そんな中、こんな姿でいるなんて考えられない。


 その者は、体を震わせ体に着いた雪を振り落とす。……動物みたい。


 そして、床に広がった雪で足を滑らさないようゆっくりと足場を確認しながら歩を進め、彼女の前で屈み、手を差し伸べる。


「無事に脱出することができた。ありがとうな」


 ニカッと口角を上げ爽やかな笑顔を向ける。がしかし、


「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああ!」

 と、彼女が叫ぶ。


 いや、まぁ、無理もないわなと俺は思う。


 彼女は、叫び目をグッと瞑り、床の上で背を中心にまたも回旋し蹴り出された。


「うっ!」


 その者は一瞬にして青褪めた表情を浮かべ地面に倒れこんだ。


「なななななな!なに!チンチンを顔の前で見せつけてくるのよ!」


 彼女の顔は真っ赤に染まり上げ頭から湯気が出ているように見えた。


 その者は、なぜか全裸だったのだ。


 …………。


 なんか、この状況……記憶にあるような……。


 …………。


 いや、気のせいだろう。あはははは……。


 その時、俺は冷や汗が止まらなかった。


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