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Macht-マハト-  作者: あらこ あき
第一章
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第一話

 気がつくと、白い空間にいた。


 いつからだろう?


 思い出せない。


 ああ、またこれだ。


 なぜ、あの時、あの瞬間、電車に乗車していたのか覚えていない。


 腕組みをし、考えるポーズをとって思考を巡らすとある一つの結論が導き出された。

「あ、俺、バカなんだ」


 頭の中が妬けにクリアですっきりした気分。


 この歳で認知症というのは考え難いので、きっと頭の中身が弱っちいのだろう。

 ふふふ……。バカすぎて笑いが込み上げてくる。


「あ」


 突如、両手で全身を弄り触る。


「痛みもないし、傷もない」


 不思議なことに無傷なのだ。というか、電車にいる時よりも体が軽い気がするのは気のせいだろうか。

 先程まで、全身が燃えるように熱く、腕や足も車内でバラバラになってたし……。


「うっ……オロロロロrrrrrr……」


 吐き気を催した。


 俺は座り込み、この胸やけが収まるよう胸を優しく擦り落ち着くのを待った。


 荒んな光景を目の当たりにしたんだ。まして、自身の体が粉砕していたわけだし、気分が不快になるのも無理はないかな。


 再度辺りを見回す。真っ白い空間だ。何もなく、ただただ、俺がいるだけだ。


 ここはきっと死後の世界なのかもしれない。殺風景だな。三途の川も渡ってないし、閻魔大王様にもあってないし、天国か地獄にいるわけでもなさそうだし、ここは本当に死後の世界なのだろうか?

やっぱ、生前で聞いたことがある死後の世界ってのは、紛い物にすぎないのかな。死んだ人の実体験とかあってもさすがに怖いし。


 死後の世界にインパクトがなければ、誰だって興味関心、意識を向けようとしないし、人間のご都合主義だな、こりゃあ。宗教とかやっぱ金儲けでしかないと思えなくなってきたわ。ま、俺みたいに死んだ人がどう思おうと『死人に口なし』だな。


 ってか、死ぬ間際、なんか俺の体を雪から掘り出されてなかったっけ?救うどうとか言ってた気がするが……、


「結局死んだんだな」


 単細胞の俺でもさすがに死んだってことは分かる。


「ああ、死んだんだな」


 虚無感が俺の心を蝕んでいく。


「あああああああああああああ!」

「いいいいいいいいいいいいい!」

「ううううううううううううう!」

「えええええええええええええ!」

「おおおおおおおおおおおおお!」


 訳が分からず、叫んでみた。なんか、スッキリする。別に誰かを不快にしている訳でもないことだし、悪くないだろ?死んだんだし、誰にどう思われようと関係ないけど。


 次に俺は、着ている服を脱ぎ捨て、全力で走り出した。


 風はない。暑くも寒くもない。


 パンツを履いていないせいか、チンチンがブルンブルン震えてなんか気持ち悪い。でも、全裸で走るってのは解放感があって気持ちがいい。


 生きてたら、こんなだだっ広い場所で全裸で走るなんてこともできないわけだし、もし生き返ったなんてことがあったら、全裸で野原でも駆け回ってみようかな。なんて、期待できないことを想起させ地面に座り込んだ。


「ほんと、何もない」


 排尿や排便をしてもなぜか、すぐに浄化されてなくなる。


 腹も減らないし、眠気も襲ってこない。


 でも、なぜか、排泄はしている。

 

 もう、訳が分からん。


 妄想をしながら、シコッたりしてみたが性欲も沸かない。やっぱ、視覚的に何かを見ながらじゃないとシコれないのかもしれない。俺のムスコはすぐに脱力し、それ以来、元気な姿を見せることはなかった。


* *  *


 何日が経過しただろうか。


 気分だけが落ち込んでいく。


 チンチンはシコりすぎて血が何度も何度も出たが、痛みはない。着ていた服で首を結んで窒息させてみたりしたが、死ぬことを許されない。


 誰に許されるのか?許してくれる存在でもいるのだろうか?


「死にたい」


 既に死んでいるから死ぬことは出来ないのは分かっている。だが、死にたいと思ってしまう。

 目を閉じても眠れない。

 心だけが病んでいく。

 食欲や痛み、ストレス、性交、睡眠……。

 そういったものがなければ、人間って生きていけないのかもしれない。


「なぁ、許してくれよ……なぁ……」


 涙が溢れ出す。 


 止めどなく溢れ出るのだ。


 解放されたい。


 俺は、一生こんなところにいるのだろうか?


「ねぇ!神様!」


 神様は答えない。


 宗教を完全否定していたが、神様に縋りたい気持ちでいた。神様なんていない。そんなことは分かり切っている。だけど、何かに縋らないと耐えられない。


 宗教に縋って生きている人の気持ちがよくわかった。そんな気がした。

 神様を崇め奉り、信仰しようと救ってくれるなんてありえない。


 だけど、俺は、それから数日……数か月……数年……数十年祈りを捧げた。捧げ続けた。


「神様、あなたの存在を信じています。どうか、この私をお救い下さい。身勝手で、ご都合主義ではありますが、どうかお救い下さい。ご命令とあらばなんだってします。だから、だから、私を救って下さい。お願いします。………神様、あなたの存在を信じています。どうか、この私をお救い下さい。身勝手で、ご都合主義ではありますが、どうかお救い下さい。ご命令とあらばなんだってします。だから、だから、私を救って下さい。お願いします。………神様………______」


 始めの内は祈りの文言を毎回変更していたが、いつの日かこのテンプレートが完成していた。


 眺める一点もないが同じ方向に視線を置き、ぼーっとしている。


 すでに廃人になっていた。

 自覚している。


 もしかしたら、ここが地獄なのかもしれない。


 そうに違いない。


 だとしたら、俺は何か悪いことでもしたのだろうか?記憶にない。なぜか、電車に乗る前の記憶が一切ないのだ。ただただバカだったら助かるのだが、何かしでかしてストレスとかで記憶が吹っ飛んで記憶喪失にでもなったのだろうか?


 真実は一つしかないが、記憶がないのではどうすることもできない。


 これも覚えていないのだけど、いつの日だろうか。神に祈りを捧げるのを辞めていた。


* *  *


 瞳は光を失い曇り濁り切っている。


 何十年経過したのか分からない。何もかも考えていないからだ。


「あっ」


 活力のない声が聞こえた。誰の声?


 俺か。


 でもなぜ?


 なぜ、声が出たのか。


 顔が影で隠れた。

 影なんてできるはずもない。でもできたんだ。


 だから、それに呼応するかのように声が漏れ出たのだ。

 だが、それに反応するために体が動かない。


 一滴の滴が顔の上に落下した。

 一滴、二滴、三滴、……何滴でもなくなった。顔の上に蛇口でもできたかのように水が顔に落ちる。

 何秒かして、それは止まった。


 顔の筋肉が緩んだ、気がした。

 目が動かせる。


 影の正体を確認しようと視線を動かすと、見えてしまった。


「黒色」


 そう俺の口が呟いた。


 か細く、きめ細かい肌をスルリと伸ばし、その先に見えるそれが。

 何か、認識するにはそう時間を有しなかった。


 股間が熱くなるのを感じた。


 久しい感じだった。


 魂は死に切れていなかったんだと。


 俺の思考はこの時、再度運転を再開した。


 そして、躊躇いもなく影は言う。


「勃起してんじゃん」と。


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