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第八話

 靜那にお願いされた皓は、タマとポチを連れて静那と一緒に近所を散歩する様に歩いていた。

 起きた時間は早朝だったのだが、色々な話をしていたせいか既に昼近くになっていた。

 仕事を探しに行く時間を返上しての話し合いだったわけだが、思わぬ仕事に就く事になり皓としてはこれはこれで良いと思う事にした。

 フリーターになっていた理由は、自分がしてみたい仕事を探すという名目だった。

 本音は、両親や周囲の押し付けに辟易したからである。

 その為、不況の波で仕事切りなどにあっていても家に連絡をしなかったのだ。

 もっとも、現状はあの頃よりある意味最悪である。

 強引に押し付けられたようなもので、自分の意志が殆ど無い。

 しかし、それでも良いかと思えたのは全く知らない世界だったからだ。

 命がけの恐ろしい世界だろうとは、タマやポチの言葉からうかがい知れる。

 そんな世界に、怜悧な美貌を持ちながらもややどんくさい静那が居るのだ。

 恐ろしい等と言っていられないと思うのと同時に、自分の探している“何”かを見つけられるのではないかと感じていた。

 そんな自分の心境の変化に思わず苦笑すると、静那が怪訝そうな表情を浮かべて見上げてくる仕草が目の端に入った。

「如何した?」

 そう問いかけると、静那はゆっくりと瞬きをしてから口を開く。

「旦那様が、困っているように見えたのです」

 ほんの少しだけ心配そうなその表情に、皓は頭を振る。

「別に、困ってるわけじゃねぇ」

 また苦笑を浮かべながら言い、自分の隣を歩く静那を見る。

 静々と歩く静那の姿勢は、とても良い。

 良い所のお嬢様と言った雰囲気が醸し出され、その美貌と相まって物凄く周囲の耳目を引いている。

 無論、靜那だけでは無くその後ろを歩く眼鏡の美青年とその連れの美女もである。

 ちなみに、その二人はきょろきょろと周囲を見ながら目を細めて何かを確認し合っている。

「昨夜はこのあたりで鬼と会ったようですが、なるほど……」

 と、昨夜静那と皓が出逢った辺りを見てうむと頷くタマ。

 そこでふと、皓は昨夜静那から渡された鈴を思い出した。

「そういや……静那が俺に渡したあの鈴は、何なんだ?」

 皓の問いかけに、静那は小首を傾げて数度瞬きをしてから口を開く。

「あれは、お守りです。とと様とはは様が“鬼”に傷つけられないようにと、くださったのです」

 おっとりと微笑み、静那は皓の疑問に答える。

「……んな大事なもん、俺に渡すんじゃねぇよ」

 皓が思わず突っ込みを入れると、静那は微笑んだまま頭を振る。

「旦那様が、お持ちください。私より、旦那様のほうがお怪我をしてしまいますから」

 だから少しでも、護りになるようなものを持っていて欲しいと静那は皓を見上げる。

 静那の言葉に、皓は思い出す。

 傍らでおっとりと微笑む静那が、退魔の力を宿した武器に変じると言う事を。

 正直信じられないのが本音だが、タマやポチが目の前で動物や人間に変身している。

 だがそれでも、人が無機物に変身するなどという事は普通に信じがたい。

 それが表情に出ていたのか、静那が眉尻をへにゃりと下げる。

 静那の表情に皓はうっと詰まり、それから眉を寄せつつ口を開く。

「俺の常識っつうのがあってだな……」

 なんと言うべきかと悩みつつ、言葉を考えていると後ろからタマが口を挿む。

「お嬢様。一般の方は中々信じられない事なのですから、そんなに悲しまないでください」

 タマの慰めの言葉にこくんと素直に頷く静那だが、その表情は晴れない。

 皓は参ったと後頭部を掻いてから、萎れている静那に声をかける。

「この鈴は、ありがたく受け取っておく。それと、お前にとっては当然のことでも俺にとっては当然ではない事ってのは沢山あるんだ。俺が中々信じられねぇのは、実際目にしてねぇからだ」

 わかるか? と皓は静那を見る。

 静那はきょとんと皓を見上げ、ゆっくりと瞬きをする。

 理解しているとは言い難いその表情にどのように説明するかを考えながら、皓はゆっくりと歩く。

「例えば、だ。俺が実は人間国宝だとか言ったら、お前は信じられるか?」

 皓の問いかけに。

「旦那様、凄いです!」

 静那は驚いた表情で、あっさりと信じ込む。

 皓は静那の反応に頭を抱え、思わず呻く。

「お前……ちったぁ人を疑え!」

 半ば八つ当たりに近い言葉に静那はきょとんとしてから、フルフルと頭を振る。

「旦那様を疑うなんて、できません」

 この答えは間髪いれずに戻ってきて、皓はまた呻く。

「あの……なぁ……」

 何をどう突っ込もうかを悩みつつ、皓はとりあえずと言葉を続ける。

「とりあえず、俺はお前の知っているモノをしらねぇ。目にして知って、それで初めて信じられるんだ。だから、俺が知らないっつーことでお前がいちいち傷ついて凹む事はねぇ」

 肩を落としてそう言うと、静那は軽く目を丸くしている。

 ぱちぱちと瞬きをして、目にすれば信じると言った皓の言葉を考える。

「人間、最初から全部知ってるやつなんざいねぇ。知る為に勉強して行くんだろ?」

 皓の言葉に静那はゆっくりと頷き、微笑を浮かべる。

「はい、旦那様。申し訳ありませんでした」

 この時やっと、静那は皓が一般人で何も知らないという事を本当の意味で理解したのであった。

「理解してくれりゃ、良い」

 皓はほっと安堵して、静那の頭をくしゃりと撫でる。

 静那は皓のその行動に嬉しそうに笑い、こくりと頷く。

 何処か幼い表情で笑う静那に皓はほんの少しの安堵を浮かべ、どこまでも自分の言っている事を疑う事無く信じる静那が心配になる。

「あとな、静那。俺を信じるっつーのはまぁ、嬉しいし良い事だとは思う。だがよ……どんなに信頼していても、疑う事は重要だ。俺の姿をした鬼ってのに会ったら、お前どうするんだよ」

 思わず、要らぬ事かもしれないと思いつつも忠告を口にしてしまう皓。

 静那はその言葉にぱしぱしと瞬きをしてから、ふわりと微笑む。

「鬼と旦那様のけはいは、全くちがいますから分かります。何より……旦那様のけはいを鬼がまねできるとは思えません」

 静那の言葉に、そう言うものなのかと皓は眉間に眉を寄せる。

「あぁ~……まぁ、そう言う事じゃなくてよ。俺はお前が思っているほど、良い奴じゃねぇ。初対面で信頼してくれるのとか、そう言うのは嬉しいけど……もう少し、警戒心くらい持ってくれ」

 自分の言葉以外でも、知っている人や信頼している人の言葉は疑う事無く鵜呑みにしているような気がして、皓は思わず注意する。

「……?」

 だが、静那には通じていないのか不思議そうな表情を浮かべ、小首を傾げて皓を見上げている。

 どこまでも素直に顔に出る静那に、皓は思わず天を仰ぐ。

 誰がこんな風に育てたと、突っ込みを入れたい気持ちでいっぱいだ。

「まぁまぁ、婿殿」

「外でそうやって呼ぶんじゃねぇ」

 タマの諌める言葉に、鋭く皓は言い放つ。

 それで無くとも注目を集めていると言うのに、さらに問題発言をされては困ると皓は憮然とした表情だ。

 スコティッシュフォールドの耳が無いタマは、何を恥ずかしがっているのやらといった表情を浮かべつつ頷く。

「判りました。では、外ではなんと?」

 執事のように丁寧な言葉遣いをするタマに、思わず嫌そうな表情を浮かべて言う。

「皓でも窪塚でも、クボでも好きに呼べ」

 皓の言葉に眉を顰め、タマとポチは困惑した表情を浮かべる。

「できれば……婿殿が一番良いのですが」

「却下だ」

 何故名前や名字で呼ぶのがいやなのかと、皓は眉根を寄せつつあっさりと却下。

「では、ご主人さまと呼ばせていただこう」

 ポチはあっさりと、静那に却下を出した言葉を口にする。

「なっ!?」

 焦る皓だが、タマはなるほどと頷く。

「さすがポチ、良い事を言います」

 うむと頷き、タマはにっこりと笑う。

 皓は眼を剥き、怒鳴ろうとするがここは往来である。

 流石に呼び方如きで騒ぎ立てるのは、恥ずかしい。

「帰ったら覚えてろよ、てめぇら」

 低く、どすを利かせた声で皓は二人に言う。

「ご主人さま、何をそんなに怒っておられるので?」

 と、タマは確信犯的な黒い笑顔でそう言う。

 びしりと皓の額に青筋が浮かぶが、隣の静那がおろおろしているのに気が付き舌打ちをする。

「静那、買い物があるんだろ? とっとと行こうぜ」

 後ろの二人は完全無視だと心に決めて、静那の手をぐいっと引っ張ってすたすたと歩き出す。

 静那は突然の事に困惑した表情を浮かべていたが、直ぐに頬を染めて小走りしながら皓の歩調に合わせる。

 その二人の姿を後ろから眺めるタマは小さく喉を鳴らして笑い、ポチは苦笑を浮かべている。

「あまりからかうな、タマ」

 ポチの突っ込みに、タマは笑みを浮かべたまま彼女を見る。

「良いじゃありませんか、ポチ。これくらいの意地悪をしても罰は当たりません」

 ねぇ? と極上の笑顔でポチに微笑みかけ、遠くなる背中を追いかける為に歩き出す。

「だが……被害にあうのはお嬢だぞ?」

 ポチは呆れた声を上げながら頑張って小走りをする静那を指さすが、それでも嬉しそうな表情を浮かべているのに気が付きますます呆れ返る。

「まぁそうかも知れませんが、良いじゃないですか。お嬢様のあの表情を引き出せるのですから」

 タマはそう言いながら、そっとポチの手を握る。

 ポチはタマに手を握られ、ほんの少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべつつ歩く足を速める。

 照れて足早になったポチにくすくすと笑いながら、タマは歩調を合わせて歩く。

 鬼の気配の残滓などが無いかを探りながらも、こっそり恋人と手を繋いで歩ける幸せを味わうタマであった。


タマとポチは、実はラヴラヴな恋人同士。

そして、ポチは若干照れ屋さんなのであった。

怜悧な美女は照れ屋さんって、結構好きなんですよ。

しかし、一日が中々終わらないですよ……。

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