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第七話

 皓が書き上げた書類を大きい封筒に入れ、ポチは小さな箱にしまい込む。

 そのあとトントン、と二度ほど蓋を叩いてから箱を横に置き、皓を見る。

「取り敢えず、婿殿。これからもこちらの家に住むのであれば、結界を張らせていただきたい」

 ポチの言葉に、タマも頷く。

「また、我らの主……お嬢様のご両親の家との“通路”を開けておいても良いでしょうか? 毎日一度、定期的に連絡を入れる約束をしておりますので」

 ポチとタマの言葉に、皓は胡乱とした表情で頷く。

「ああ、好きにしてくれ」

 溜息をつきつつ皓が言うと、ポチが頷き口を開く。

「婿殿が木崎の事を知り、退魔の仕事に慣れた頃に主達から我らの契約を移される。それまで往復するが、辛抱してくれ」

 ポチの言葉に、皓の表情は胡乱とする。

 それは、契約が何なのかと言う突っ込みやらその他にも色々と面倒くさい突っ込みをしなくてはならないのかとか、そんな感情が現れている。

「……追々知れば良い事ですよ、婿殿」

 タマが取り敢えずフォローして、さてと部屋を見回す。

「さて、お嬢様。一応未婚の男女は同衾してはならない規則ですが……どうしますか?」

 タマの問いかけに、皓はぎょっとする。

「ちょっと待て、なんでわざわざ聞いてるんだよ!」

 突っ込みを入れるが。

「旦那様と一緒がよいです」

 と、笑顔で静那がタマに答える。

「なんでって、お嬢の荷物を運ぶ場所が困るからな。それに……この部屋は少々手狭だ。婿殿とお嬢が一緒に寝た方がいい」

 ポチの真面目な表情に、しかしタマは渋い表情だ。

「しかし、お嬢様と婿殿が一緒で、万が一にも間違いがあったら不安です。意に沿わぬ無体を強いられたとなると、契約に支障をきたしかねません」

 それ以上に、静那が泣かされるのは嫌だと顔にありありと書いたタマは言う。

「なんじゃそりゃ。つーか、よっぽどの事がない限り部屋は別々で良いだろ」

 皓は人の家に押しかけ女房出来て置いて、強引に押し倒されたら困るとか言い出すタマを半眼で見る。

「……旦那様は、おいやですか?」

 しかし、皓のその言葉に静那は小首を傾げ、そう問いかける。

 声は心細そうに細く、その瞳はまるで捨てられた子犬の様だ。

 皓はうっと詰まり、しかしこればっかりは曲げないと静那を見る。

 正直、先ほど口吻をした時の様な衝動を抱いてしまった以上、無防備な姿等を見せられたくはない。

 そんな姿を二人っきりの時にでも見せられたら、手を出してしまいそうだからだ。

 だが、静那はますます哀しそうな表情になり俯く。

「……はい、判りました……」

 物凄く沈んだ声で、静那は頷く。

 拒絶された事に酷く落ち込む静那の態度に、皓はきゅっと眉根を寄せて眉間を揉む。

 ちなみに、タマとポチは氷の如き瞳で皓を見て早く慰めろとせっついている。

「あのなぁ……付き合ってもいねぇ奴と同じ布団で寝るのはな、異常なんだよ。てか、もう少し自分を大事にしろ。変な奴だったら、お前ぱっくり食われているぞ」

 皓の「付きあっていない」と言う言葉に、静那はますます俯く。

 皓自身、静那に対する好意はあるだろうとそれなりに分析している。

 だがしかし、見るからに十六歳の女の子である静那に手を出すなど、恋愛ごと以外で手を出せば条例違反で犯罪者だ。

 それでなくともどこか幼い雰囲気を持っている少女で、皓はこの胸のもやもやは恋愛から来ているのかそれとも庇護欲から来ているのか判断できない。

 そうである以上、一つのベッドで一緒に寝るなど危険過ぎて出来やしない。

 しかし、こうして目の前で傍にいられない事に落ち込む静那を見ればそわそわと尻の座りが悪く、皓は困ってしまう。

「とりあえず、あれだ……」

 がりがりと頭を掻きつつ、皓は言う。

「別に嫌ってるわけじゃなくてな。もうちっとお互いの事を良く知って、それから同じ部屋になるならないを決めるっつー事にしてぇ」

 これが精一杯の譲歩だと、静那に言い聞かせる。

 靜那は皓の言葉に顔を上げ、潤んだ目をぱちぱちと瞬かせる。

「俺も、静那も互いの事を知らねぇだろ?」

 皓はそう言って、眦に残っている涙を指で拭ってやる。

 その指の感触に静那は嬉しげに目を細め、そして小さく頷く。

「はい。でも……さみしい時には、お傍にいって良いですか?」

 そう、微かに震えた声で静那が問いかける。

 まるで子供の様な問いかけに、皓は苦笑を浮かべる。

「一緒に寝ねぇって言ってるだけで、傍に寄るなとは言ってねぇよ」

 そう言って、静那の頭をくしゃりと掻き混ぜると、静那は嬉しそうに頷く。

「はい、旦那様」

 すっかり聞き慣れてしまったうえ、何故か慣れてきてしまった呼び名にうんざりしつつも、皓は頷く。

 タマとポチはそんな二人にうんうんと頷き、良かったと安堵した表情を浮かべて立ち上がる。

「では、お嬢様。我々はあちらの部屋にお嬢様の荷物を運び、準備しておきますゆえ失礼します」

 タマは一礼して、一足先にと静那の荷物が入っているらしいボックスを手に隣の部屋に消える。

「お嬢。後でこの近辺の見回りに出てから、今日の分の授業だ」

 忘れるな、とポチは言い聞かせてから残りのボックスを持ち上げタマの後を追う。

 その二人に深々と静那は頭を下げてから、テーブルの上に置いてある封筒を手に取る。

「あっ」

 靜那の驚いた声と同時に、バサバサと音を立てて封筒から札束が飛び出してくる。

 如何少なく見積もっても、そこそこの会社に勤めているサラリーマンくらいのお金が入っている。

 それに驚きつつも、そう言えばと思い出す。

「静那も、あの会社の社員か?」

 退魔師達のカモフラージュ企業に入っているのならば、このくらいの給料は頷ける。

「私は、まだ高校をそつぎょうしたという証明をいただいてないので、あるばいとです」

 落ちたお札を拾っていたが、皓に質問をされたので正座をして真っ直ぐに皓を見詰めて静那は答える。

「……いや、悪かった」

 その静那に何やら訊いてはいけない事を訊いた様な気になって、思わず謝罪しつつお金を拾う。

「いえ。つうしんきょういくを受けていますので、大丈夫です」

 靜那は笑顔で胸を張り、皓はそんな静那に苦笑してお金を手渡す。

「そうか、えらいな」

 そう言うと静那はますます嬉しそうな笑顔を見せ、皓は何やらくすぐったい様な気持になる。

「あっ、旦那様。外に見まわりに行く時は、ご一緒に行きませんか?」

 笑顔で問いかけると、皓はむっと眉を顰める。

「さっきポチが言ってた見回りってやつか……なんで、そんな事をするんだ?」

 皓の素朴な疑問に、静那は数度瞬きをしてから答える。

「このあたりは昨夜初めて来たので、どの様なまちなのかを見てまわるのです」

 靜那の答えに、皓はまた素朴な疑問を抱く。

「……家はどの辺りなんだ?」

 靜那は再びぱちぱちと瞬きをして、住所を答える。

 それを聞いた皓は、唖然とした表情を浮かべて静那をマジマジと見る。

「遠いなぁ……おい」

 思わず突っ込むと、静那は小首を傾げる。

「こちらに来る時はきょうりょくしてくださったかたがいましたから……門を開いてくださったのです」

 ごく当然の事と言いたげに、静那は皓に告げる。

 皓はその事に眉間を指先で揉みながら、口を開く。

「その門ってやつ、買い物に行く時とかに使ってるのか?」

 皓の問いに、静那は少しの間の後フルフルと頭を振る。

「いいえ。門を使ってのいどうは鬼を退治するときのみです」

「そんじゃ、昨夜もそうだったのか?」

 皓の問いかけに、静那はこくんと頷く。

「はい。その時に、とても綺麗な青い光が見えたのでそちらへ行きましたら……旦那様に、お会いできたのです」

 嬉しそうに、幸せそうに静那は微笑む。

「そ、そうか」

 そう頷いて、皓は照れながら鼻の頭を指先で掻く。

 靜那ははいと頷き、笑顔のままお茶を淹れて湯呑を差し出す。

 皓はそれを受け取り、冷ましながらお茶を啜る。

 ゆっくりと味わってみれば、静那のお茶はかなり美味しい。

 現状に対する溜息を吐きたい気持ちもあったのだが、このお茶に免じてそれを飲み込んだ皓だった。


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