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第四話

 朝からどっと疲れたと、リビングのソファーに腰を降ろす皓。

「では旦那様、おまちくださいね」

 いそいそと、静那は台所へと行ってしまう。

 突っ込みどころ満載なわけだが、すでに何も言う気力も無い皓は深い溜息をつく。

「タマ、そろそろわたしは主の所に中間報告に行く。ついでにお嬢の報酬も貰ってくるから、門を開いて待っていてくれ」

 ポチがおもむろに、膝に乗せていたタマに向かって言い出す。

「ああ、そうですね。主様たちも、今頃やきもきなさっておいででしょうから」

 タマはほんの少しだけ名残惜しげにポチの手に顔を擦りつけ、膝から降りる。

 そんな二人のやりとりを、胡乱とした表情を浮かべながら皓は眺める。

「では婿殿、失礼いたします」

 ぺこりと頭を下げ、犬耳をつけたポチは窓ガラスに触る。

 表面がゆらりと揺らぐと、ポチが窓ガラスの中にするりと入った。

 無論、窓の向こうは外で、しかも皓の部屋は四階である。

 窓ガラスを通り抜けた様に見えたわけだが、彼女の姿が窓の向こうには無い。

 それに驚き目を丸くしている皓の前で、今度はタマがドロンと言う音を立ててスコティッシュフォールド特有の折れた耳を着け、眼鏡をかけた美青年へと変化する。

「さて、婿殿」

 タマよりも低い声音で、タマそのものの口調。

 皓の思考も表情も硬直したまま、タマを凝視している。

「婿殿、我々は使い魔だとお嬢様がご説明したでは無いですか」

 皓が硬直しているのに気が付き、嘆息しつつよいしょと立ち上がる。

「~~~~普通に理解出来るかぁ!」

 そう怒鳴る皓に、タマは眼鏡をくいっと上げてなるほどと頷く。

「ですが、契約をなさる以上慣れていただかなければ困ります」

 あっさりと高圧的に言われ、皓は思わずむっとする。

 そこに、静那が何時の間にか持ち込んだらしいお盆に朝ご飯を乗せて戻って来た。

「たま、そういうのはダメです。それに……旦那様には、きちんとおにぎりの事を知っていただかないと、不公平です」

 慇懃無礼と言った言い方をするタマを静那が咎めると、タマは渋々頷く。

 意外にしっかりとした態度を取る静那に皓が驚いていると、静那はにっこりと笑いお盆の上に置いてあるおかずやご飯をテーブルに並べる。

 朝は適当にパンを焼いて食べる皓だが、目の前に並べられる朝食に目を丸くする。

 焼き鮭に卵焼き、白菜のお浸しにネギを刻んだ納豆。

 ワカメのお味噌汁を運んできた後は、お櫃に入ったほかほかのご飯を茶碗に盛って差し出される。

 実家にいた頃にしかお目にかかれなかった朝食が並んでいる事に、皓は慌てる。

「おっ……おいっ!?」

 冷蔵庫には、これほどの食材は無かったはずだ。

 そもそも自炊はできるがあまりしない為、ほとんど空と言うのが現状だったのだから。

 皓の驚いた表情に、静那は一拍ほど置いてから笑顔を浮かべる。

「ぽちにお買い物に行ってもらったのです」

 靜那ののほほんとした言葉に、皓はいつの間にと目を丸くする。

「食費は、お嬢様がご自身で稼いだものより出ておりますのでご安心ください。また、様々な調理器具が足りませんでしたので勝手ながらそちらも持ち込ませていただきました」

 と、タマが言いながら先ほどポチが消えた窓の前に膝をつき、窓ガラスに触れている。

「お……おう……って、いつの間に!?」

 皓は思わず台所へ確認に行くと、散らかしっぱなしにしていたゴミや食器が全て綺麗に片づけられている上に、真新しい電子レンジや電子ジャーが置かれていた。

 古くて汚れていた冷蔵庫もピカピカに磨かれ、まるで新品の様な輝きを放っている。

 換気扇もガスコンロも綺麗に掃除されており、食器棚までピカピカだ。

「いつ掃除したんだよ……」

 思わず膝をつきながら突っ込みを入れていると、タマが咳払いをする。

「僭越ながら、ポチと私が掃除と荷物の運び込みをさせていただきました。婿殿は瘴気に当てられ意識を失っておりましたし、お嬢様がその瘴気を浄化する為婿殿に添い寝されておりましたから」

 本来ならしない事なのだと言外に言いながら、タマは相変わらず窓の前に陣取っている。

「あの……いけませんでしたか?」

 靜那が不安そうに皓の傍に近寄り、おどおどと問いかける。

 怜悧な美貌とその仕草のアンバランスさに思わずどきりとするが、それを押し隠して溜息をつく。

「まぁ……普通はいけねぇことなんだが、有り難く飯を食わせてもらう」

 静那にそう言うと、彼女はぱぁっと笑う。

 色々とアンバランスな少女だが、やはり女の子が笑うのは良いと皓は素直に思い苦笑を零す。

 テーブルに並べられた、二人分のご飯。

 それは、静那も一緒に食べるという意思表示なのだろう。

 久方ぶりに一人では無い朝食に、皓は流されていると自覚しつつも何処となく気分が浮上する。

「んじゃま、いただきます」

 皓の言葉に続いて、手を合わせていただきますと静那も挨拶をして箸を持つ。

 程良く焼けた鮭に美味いと目を丸くして、皓はパクパクと自身のおかずを片付けて行く。

 早食いの皓と比例するように、静那はゆっくりと咀嚼してご飯を食べている。

「いや、料理上手だな木崎」

 そう言いながら、お代わりと茶碗を差し出してくる皓。

 靜那は笑顔で茶碗を受け取り、お櫃からご飯を盛って皓に手渡す。

「ありがとうございます、旦那様」

 褒められた事が嬉しいとお礼を言うと、皓はしばらく視線を彷徨わせる。

「あぁ~……その、旦那様ってやめねぇ? 俺は、別にお前の旦那とかじゃねえし」

 そう言われて、静那はぱちぱちと目を瞬かせる。

「旦那様は、旦那様だと呼ぶものだと教えられてます……」

 しゅんっと、肩を落とす静那の姿にむぅと唸ると、彼女が何かを思い出したような表情になる。

「旦那様と呼ばれるのがおいやでしたら、ご主人さまとお呼びします!」

 良い事を思い出した! とでも言う様にウキウキと静那が言い、皓は絶句する。

「ばっ!? 誰がそんな呼び方しろと!?」

 そう突っ込みを入れると、静那はキョトンとした表情を浮かべて。

「はは様が、旦那様がだめだったらご主人さまと呼びなさいと言ってました」

 と素直に言う。

 皓はどっと疲れた様な表情を浮かべ、半眼で静那を見る。

「……それ以外、呼びようはねぇのかよ」

 と突っ込まれるが、静那は小首を傾げる。

「旦那様は、旦那様です。御名を呼ぶのは、旦那様が私と契りを交わして下さる時だけです」

 決まり事なのだと言う静那の言葉に、皓は口の中で知っているが意味が思い出せない単語を転がす。

「契り……?」

 二拍、三拍程の間を置いてから皓の顔に血が上る。

「な、何言ってやがるっ!?」

 契ると言う単語の意味を思い出した皓は赤面しつつ、突っ込みを入れる。

 その突っ込みに、静那はキョトンとした表情を浮かべたまま小首を傾げている。

「お、お前なぁ……そう言うのは、好きな男とするもんだぞ」

 何やら恥ずかしがったのが馬鹿らしくなるほど反応が鈍いので、皓は咳払いをしてからそう言う。

 すると、静那は何度か瞬きをしてから皓を真っ直ぐに見て。

「旦那様としたいです」

 と、花開くように笑う。

 無垢で真っ直ぐな好意を向けられ、皓は思わず視線を逸らせる。

 いや、と言う訳ではない。

 気恥しさと照れくささで、まともに静那の顔が見られない。

「た、互いに好きあってないと駄目な行為だからよ……俺が、お前の事を好きにならないと駄目なんだからな」

 思わず言ってしまった自分の言葉に、皓は何を言っているんだと内心突っ込む。

 学生時代、女遊びが激しかった皓。

 今更そんな事を言ったって、説得力がないと自分でも思う。

 だがしかし、今まで自分の周りに居なかったタイプの少女で、何よりも今まで見て来たどんな女性よりも無垢で無邪気なのだ。

 それ故、思わず自分が言う資格の無い台詞を吐いてしまった。

 がっくりと自己嫌悪に項垂れると、静那がおろおろと近寄ってくる。

「ご飯、おいしくなかったですか?」

 心細そうな声で、静那が顔を覗きこんで来た。

 その、心底心配していると言った表情に皓は思わず苦笑を浮かべる。

「いや、なんだ……木崎の作った飯は、うめぇから安心しろ」

 そう頭を撫でてやると、顔を綻ばせる。

 嬉しそうな静那の表情に思わず肩の力を抜くと。

「婿殿、姓でお嬢様を呼ぶのは失礼です。お嬢様のお名前を、呼ぶべきだと思いますが?」

 タマの鋭い突っ込みに、ぐっと皓は唸る。

「たま。旦那様がおいやなら、しかたがないです」

 靜那の少しだけ寂しそうな声音に、皓はますます唸る。

 はたと気がつけば、なし崩し的に夫婦にされそうな勢いだ。

 そもそも、押しかけ女房的に静那が居る時点でそれは明白だ。

 取り敢えず咳払いをして、顔を上げる。

「木崎よぉ……」

 そう声をかけると、静那が寂しそうに微笑みながらはいと返事をする。

 皓は静那のその表情に小さく呻き、ガシガシと頭を掻く。

 出逢ったばかりの少女のそんな表情に負けるなどと思いつつも、寂しそうな表情をすると酷く落ち着かない。

 深い溜息をつき、ゆっくりと口を開く。

「し……静那は、家に帰らねぇのか?」

 取り敢えず、このまま居座るつもりなのかと問いかける。

「はい。ずっと、旦那様と一緒です」

 嬉しそうににこっと笑い、静那は間髪入れず答える。

 やはりこのまま住みつくつもりかと眉根を寄せ、口を開く。

「お前なぁ、家の仕来たりだか何だか知らねぇけど、初対面の男の嫁とかになるのに疑問はねぇのか?」

 そもそもの疑問に従い、そう問いかける皓。

 靜那は皓の言葉にゆっくりと瞬きをして、頷く。

「はい。私は、そう言うモノになりましたから」

 真剣な声音と表情で、静那はそう答えた。

「……モノになった?」

 不可思議な物言いに皓が眉を寄せ呟くと、静那がにこっと笑う。

「ご飯、冷えちゃいます」

 靜那に指摘され、はっと茶碗を見ると湯気が無くなっている。

「……取り敢えず、飯食っちまうか」

 誤魔化されたと思いながらも、皓は味噌汁を一口啜った。



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