第三話
皓が静那を見ると、静那はにこっと微笑み膝の猫を抱きあげる。
「旦那様、はは様の使い魔です」
スコティッシュフォールドは静那の紹介に、抱えられたまま胸を張って皓を見る。
「ええ、わたしはお嬢様を護るために主から遣わされた使い魔の……」
「たまです」
スコティッシュフォールドの名乗りをのほほんと遮り、静那は笑顔のまま紹介する。
「お嬢様! だから、わたしはタマではないと!」
「はは様はたまと呼んでいます」
何処まで行ってもマイペースな口調で、焦る使い魔の紹介をする静那。
取り敢えず、人語を喋る猫を見て、次いでぽわんと笑顔を浮かべる静那を見る。
この、自分の常識を悉く壊すような存在をどの様にして認め、話をするかを皓が悩んでいると猫がむっと唸る。
「お話がずれましたね。取り敢えず、窪塚殿にはわたしからきちんと説明いたします。お嬢様だと、お話が進まない可能性がございますからね」
取り敢えず、名前の話題から離れようとタマと呼ばれたスコティッシュフォールドは咳払いをしながらそう言う。
「あ、ああ……」
皓は何が何やらと言った表情を浮かべながら頷き、静那は白い太腿にタマを乗せる。
だが、タマはすぐさま顔を上げ、静那に向かって尻尾を揺らしながら言う。
「お嬢様は、ひとまずお着替えをなさってください。あちらの方に、お服を用意しておりますゆえ」
静那はタマの言葉に素直にはいと返事をして、ぶかぶかの白いTシャツ一枚のまま隣のリビングへと入っていく。
その姿を唖然と見送る皓に、タマが咳払いをして注意を引く。
「さて、婿殿」
徐に、皓にとって激しく聞き捨てならない言葉が出てくる。
「ちょっと待て! 何で婿なんだ?」
それじゃなくても様々な突っ込みどころがあるのに、普通に突っ込みを入れられたのがこの言葉だけなのに少し悲しくなりながら、皓は問いかける。
「あ、ええ……まぁ、婿殿は一般人なのですから最初から説明するべきなのでしょうね」
ふむと、タマは頷く。
だから、何故婿なのかと突っ込みを入れようとする皓。
しかし、それに先んじる様にタマは口を開く。
「まず、昨夜の事は覚えておられますか?」
出鼻を挫く様に問いかけられ、皓は憮然としたまま頷くと同時に思い出す。
「ああ……って、そうだ。あれ、何なんだ?」
自分の知らない世界を垣間見たと自信を持って言えるほど、異質なモノだった。
あの時のあの化け物を思い出せば、ぞわりと鳥肌が立つ。
そんな皓の姿にタマはゆらゆらと尻尾を揺らし、ぱちぱちと瞬きをする。
随分と愛らしい仕草に微妙に緊張感を削がれながら、皓はタマの返事を待つ。
「アレは、悪しきもの。木崎では鬼と呼んでいるものです」
タマの言葉に一瞬何を言っているのかと突っ込みを入れようとしたが、皓はすぐに止める。
あの時見た異形は、そう呼ばれるに足る存在であると本能が訴えるのだ。
ごくりと息を飲んだ皓に、タマは前足で顔を洗いながら言う。
「そして、木崎の家は鬼を退治する事を生業としております」
タマの説明に、なるほどと皓は頷く。
しかし、すぐに首を傾げる。
「それでなんで、俺が婿なんて呼ばれなきゃなんないんだ? それ以前に、なんでお前らが俺の家に居て寛いでるんだよ」
普通に突っ込みを入れると、タマは尻尾を揺らして半眼になる。
「今、ご説明いたしますゆえ黙ってお聞きください。それじゃなくても、お嬢様の要領の得ないご説明に混乱なさっておいででしょうし」
ぴしゃりとタマに怒られ、皓はむっとした表情を浮かべる。
キロリと睨むタマと、皓は睨みあう。
そこにのほほんと。
「これがブラジャーと言うものですか~……胸が、きついです」
と、静那が誰かと話をしている声が割り込む。
皓は思わずその静那の姿を想像して口と鼻を押さえ、タマが小さく咳払いをする。
「木崎は鬼を退治する事が生業と言いましたが、その手段が少々特殊なのです」
話を戻す様にタマは言い、皓もそれに乗る。
「特殊って昨日、木崎がした様な事だろ?」
皓の質問に、タマは頭を振る。
「いえ。あれは素質さえあれば誰もが身につける事が出来る術です」
タマの言葉にへぇっと声を上げる皓。
「十分特殊だと思うんだがなぁ」
とぼやくと、タマは尻尾をゆらゆらと動かしそっと嘆息する。
「そうですね、婿殿は一般人ですからそう思いますよね」
何やら嘆くように言われ、皓はむっと唸る。
「なんで俺が、お前に嘆かれねぇといけねぇんだよ」
中々本題に入らない為ぎろりと睨みつけると、タマはぱちぱちと瞬きをして口を開く。
「木崎の長子はその身を退魔の武器へと変じる事が出来るのです。その為、己れを振るう事のできる伴侶を探し出し、契約をするのです」
何やら焦った様にタマは一気に言い切り、皓は眉を顰める。
「……あぁ?」
言われた内容があまりにも非常識で、皓は思わず苦笑してしまう。
「人間が武器になるって……そんなバカな事あるわけねぇだろ」
呆れ交じりの言葉に、タマは眉根を寄せる。
「信じていただかなくては、困ります。何せ、お嬢様が選んだのは貴方なのですから」
タマの言葉に再び眉を寄せ、眉間に深い皺を刻みつつタマを見る。
「俺?」
そう確認する皓に、タマは頷く。
「はい。貴方です、婿殿」
あっさりと肯定され、皓は思わず噴き出す。
「ぶは! 待て待て……俺、鬼とかお前みたいなやつ昨日と今日で初めて知ったんだぞ? そんな俺が出来るわけねぇ」
笑いながら手を振るが、タマは真っ直ぐに皓を見る。
「そのような事は、関係ありません。お嬢様が選んだ事こそが、重要なのです」
真剣な言葉に、皓は何とか笑いを納めタマを見る。
「如何言う意味だ? それ」
皓の問いかけに、タマはゆらゆらと尻尾を揺らす。
「木崎の長子は、自身の力と魂の格に見合った方を選ぶ習性を持っております。いえ、本能と言うしかありませんね」
タマの言葉にひくりと引きつった表情を浮かべ、皓はタマの前足の下を持って顔を寄せ、すごみながら口を開く。
「それは、拒否できねぇのか?」
皓の問いかけに、タマは平然と頷く。
「無論。お嬢様にとって貴方は担い手であると同時に、伴侶です。特に、木崎はその成り立ちから二君に仕える事など出来ません」
タマの額に額をぐりぐり押しつけながら、青筋を浮かべつつ皓は怒鳴りつける。
「んなもん、関係ねぇ! 何で俺がそんなっ……!」
八つ当たりする様にタマの額をぐりぐりしていると、タマがバタバタ暴れ出す。
「痛い痛い!」
抗議の声を上げるタマに、皓は怒鳴り返す。
「うるせぇ! とりあえず俺はそんなもんならねぇぞ! 強制されるのなんざ、ご免だ!」
更にタマを苛めようとした時、扉が開く。
そこには切れ長の目を持ち、何故か頭の上に灰色の犬の耳を乗せた美女が立っていた。
目を丸くして美女を凝視していると、彼女は皓の手元を見る。
「……タマ、サボりは良くないぞ」
静かに言うと、タマがバタバタと暴れる。
「タマじゃないと言っているでしょう!? それよりポチ、お嬢様の身支度は終わったのですか?」
ポチと呼ばれた美女は頷き、すっと横に退ける。
「あっ……ぽち、いきなり避けるのは……」
恥ずかしそうな声音でオロオロしているのは、普通の服を着た静那である。
長い髪をポニーテールにして、白い長袖のシャツを着て膝丈の紺のフレアスカートを穿いた静那が恥ずかしそうに入ってくる。
黒いソックスを履き、紺のタータンチェックのショールを羽織っている。
昨夜見た神聖な巫女と言った雰囲気でも無く、先ほど見た酷く露出した姿でも無い彼女は新鮮だ。
と同時に、恥ずかしがるのはさっきの格好の方ではと内心突っ込みを入れつつ静那と美女を見る皓。
「婿殿、タマを離してやってくれまいか」
ハスキーな声音で犬耳をつけた美女が言い、皓はこくこくと頷きタマからぱっと手を離す。
タマは器用に床に降り、ポチと呼ばれた美女に頷きかける。
「お嬢」
靜那を促し、皓の真正面に座らせてからポチは静那のやや後方に腰を降ろす。
まるで忠犬と言った雰囲気を持つ彼女はタマを見て、タマもまた頷きながら口を開く。
「こちらはポチ、お嬢様のお父様の使い魔です」
タマに紹介されたポチは小さく会釈し、皓も釣られたように会釈をする。
二人が顔を上げた時、タマがユラユラと尻尾を揺らしながら口を開く。
「お嬢様のお父様も、元は婿殿と同じく一般の方です」
タマの言葉に、皓はきょとんとした表情を浮かべる。
「はぁ?」
思わず問い返すと、静那がにっこりと笑う。
「とと様も、はは様と契約するまでは何もごぞんじなかったそうです」
のほほんとした静那の答えに、皓はひくりと口元を引きつらせる。
「……あんな魑魅魍魎が跳梁跋扈するような世界には、足を踏み入れたくねぇんだが」
そう言うと、タマが静那の横にちょこんと座って半眼になる。
「なんと意気地の無い……視線にも“力”があり、お嬢様との格も相性も今まで見てきた者達の中でダントツで良いと言うのに」
揶揄する様な声音でタマが言うと、なにぃと片眉を跳ね上げる皓。
「俺の何処が意気地がねぇってんだ、あぁ!?」
馬鹿にするなと怒鳴ると、タマがふふんと鼻を鳴らす。
「魑魅魍魎が跋扈する世界はお嫌だと、ご自身で仰ったではありませんか。未知の世界である事は、重々承知しておりますが……婿殿がこれほど意気地無しとは、この先の木崎が心配です」
あからさまに嘆くように言うタマに、皓の額に青筋が浮かぶ。
「てめぇ、ふざけるんじゃねぇ! 意気地無しじゃねぇ所、見せてやらぁ!」
そう怒鳴ると。
「本当ですか!?」
と、とても嬉しそうな声で静那が問いかける。
その言葉で、自分は今とんでもない事を言ってしまったのではないかと悟る。
しかし。
「それはようございました」
と、ポチは静那の後ろでぱちぱちと拍手をして祝福している。
「なっ……なぁっ……!?」
嵌められたと思っても、それはもう遅い。
タマは言質を取ったと目を細め、皓を見る。
「男子たるもの、二言あり等と言う事はありますまい?」
挑発するような言葉と声音に、皓は憮然とした表情を浮かべて頷く。
「くそ、俺はまだ結婚とかする気はねぇぞ!」
精一杯の強がりで言うと、ポチが真顔で口を開く。
「それはおそらく、無理です」
ポチの言葉に何っと彼女を睨みつけると、タマがにやりと笑いながら言う。
「お歴々の婿様、嫁様も最初はそう申しておりましたが全て、ご結婚されましたから」
その言葉に青筋を浮かべ、皓は怒鳴る。
「俺は、俺はぜってぇはまらねぇー!」
肩を揺らしてタマと舌戦を繰り広げる皓を見上げながら、静那はのほほんと微笑んだ。
予定は未定。
と言う事で、不定期連載して行こうと思います。
現時点での登場人物
窪塚 皓(くぼづか こう)
年齢は二十一歳で、フリーター。
ちょっと口は悪いが優しい人。
木崎 静那(きざき しずな)
年齢は十六歳で、職業は退魔師?
おっとりとしており、言葉遣いが少々幼い。
タマ
スコティッシュフォールドの♂。
可愛い顔と丁寧な口調を持つが、実は結構慇懃無礼。
ポチ
犬耳の美女。
クール系の美人だが、口調がぶっきらぼうでそれで損をしている感じ。
主人公は基本的に皓で、ヒロインは静那と言う感じです。