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第二十三話

 それから幾日か経ち皓が静那達の存在に慣れた頃、彼の携帯が震える。

 誰かからの電話かと思うが、心当たりがない。

 大家には気が付いた日の翌日には連絡を入れており、それ以外だとすれば祖母か以前の仕事先で知り合った知人だろう。

 そう思っていると携帯の震えが止まり、着信履歴を見るかと手に取って気が付く。

「マナーモードにしてたのか」

 大家に連絡してから勉強などの邪魔になると思い、マナーモードにしてすっかり忘れていたらしい。

 皓は苦笑しつつディスプレイを見ると、着信履歴ではなくメールが届いていた。

 誰から届いたのか疑問を抱きながらメールの差出人を確認すると知人の名前と、以前に行ったキャバクラのキャバ嬢の名前が載っていた。

「営業メールか……まぁ、行かねぇしなぁ」

 携帯を操作して、皓は必要の無いメールの削除をして行く。

 他にも、以前の現場でそれなりに親しかった作業員や、現場監督の名前などもありそれをチェックして行く。

 いきなりクビを言い渡された為、彼らに挨拶一つする暇も無かったのを思い出し、思わず苦笑する。

 ちなみに、彼らのメールの内容は新しい仕事が見つかったのかという心配のメールばかりである。

 不況の今、新たな仕事を見つけるのはなかなか難しいのだ。

 いきなり辞めさせられたのは結構きつかったが、今は彼らの様に自分の心配をしてくれる人がいる事に心が温かくなる。

 一つ一つのメールを確認していると、携帯電話が震え出しディスプレイには相手の携帯番号と名前を表示される。

 それは、先程削除したキャバ嬢に随分と入れ込んでいた知人の名前である。

「もしもし」

 咄嗟に通話を押し、電話に出る。

「よぉ、久しぶり」

 相手は笑いながら皓に言い、ここ最近電話をしてもメールをしても音沙汰がなかった事を軽くなじる。

「わりぃな、俺も忙しかったんだよ」

 そう答えつつソファーに座り、タマとポチに勉強を教わっている静那に手だけで静かにしている様に指示を出す。

 静那はこくりと頷き、高校生用のドリルを埋めていく。

「おお、速攻で次の仕事でも見つけたのか? 相変わらず、窪は行動が早いなぁ」

 楽しげに相手は言うが、皓としてはとんでもないおまけ付きで尚且つこれからの人生を質に取られている様なものである。

 それを考えたら手放しで喜べない訳なのだが、言う必要も無いので皓は苦笑して話を逸らす事にする。

「それより、堂本。何かあったのか?」

 そう問いかけると、堂本と呼ばれた彼は向こうで小さく笑う。

 あからさまに話を逸らしたのが、どうやら面白かったらしい。

 しかし、彼はそれを直ぐに納めて問うてくる。

「窪の方にも、ミヤビちゃんからメール行っただろ?」

 突然の質問に意図を読めないまま、皓は頷く。

「ああ、あのキャバ嬢だろ? 営業だと思って消したけど……それでどうしたんだ?」

 チクリと刺さる強い視線に眉を潜めつつ、元凶をじろりと睨みながら相手に問いかける皓。

「いやさ、ミヤビちゃんがNo.2になったらしいんだよな。それで、窪の送別会の二次会で呑みに行こうぜって事になったんだよ。あ、無論有志でだけどな。あれだったら一次会だけで良いから顔出せよ」

 堂本の言葉に、皓は悩む。

 久々に遊びに行きたいとは、常々思っていた。

 何せ、タマが何処からか持ってきた竹刀を使って近所の公園で早朝から素振り。

 家に戻って朝食を食べた後は殆ど座学で、物凄い勢いで知識を詰め込まれている。

 座学はそれほど嫌いではないが、スパルタで詰め込んでくるタマに正直辟易しているのだ。

 そろそろ羽根を伸ばしに、どこかへ行きたい。

「良いぜ、何時飲みに行く?」

 皓は即決で、心の洗濯をする事を選ぶ。

 タマはその答えに怒鳴ろうと立ち上がるが、皓がそれを手で制して相手に日時を聞く。

「ああ、ああ……分かった。あと、俺持ちで良いから一人連れて行くからな。こいつ、キャバクラ行った事無いらしくて興味津々なんだよ」

 堂本はそうかと言っただけで了承し、少し雑談話をしてから皓は電話を切る。

「婿殿……何を考えておられるんですか?」

 低い声音と、視線だけで人を殺せそうな目つきをしながらタマが問いかけてくる。

「良いじゃねぇか、気分転換。まぁ、俺としてはキャバクラより居酒屋の方が好きなんだけどよ……」

 等と言いつつ、静那を見る。

「詰め過ぎは疲れるだけだしよ。静那も、俺が遊びに行ってる間息抜きとかしとけよ? 日曜日も勉強してたら、疲れも取れねぇぞ」

 潤んだ瞳をする静那の頭を撫で、皓は言い聞かせる。

「んでまぁ、明日の夜だけどタマも連れてくからな」

 静那に許可を得る様に、しかし問答無用と言った笑みを浮かべて告げる。

「はぁ!?」

 タマの素っ頓狂な声にニヤニヤ笑いながら、皓は言う。

「タマは俺のお目付け役なんだろ?」

 この一言に、タマはぐぅっと唸る。

 未だ、皓を一人で行動させる事は出来ない。

 理由は、皓が担い手であること以上に“鬼”を一人で相手にするには未熟なのだ。

 力はあっても、それを制御する為の知識や経験その物が不足している。

 突貫で詰め込んでいても、それをきちんと運営できる程の物ではない事はタマも皓も知っているのだ。

 だからこそ、タマが皓の側で彼を補助しなくてはいけない。

「……確かに、気分転換も必要だ」

 さらり、とポチが頷く。

 だがしかし、その眼は険しい。

「出来ればわたしやお嬢を連れて行ける様な場所での息抜きをお願いしたい訳なのだが、仕方が無い」

 本音を口にするポチは、タマを見る。

「婿殿を頼んだぞ」

 本当は行かせたくないと目で言いながら、ポチはそう言う。

「もちろんですよ、ポチ。出来るだけ、早く帰ってきます」

 タマはポチに微笑みながら頷き、皓に向き直る。

「では、婿殿……今日は明日の分まで勉強をしていただきましょう」

 息抜きの為に取った行動が、自分の首を絞めたと気が付いた皓はうへぇと声を上げる。

「あんまり詰め込んでも、上手く処理出来ねぇぞ」

 人間の集中力には限りがあり、それが切れた時にまで勉強などをしても効率が悪いのだ。

 皓のその言葉にタマはぎろりと彼を睨みつけ、しかし不肖不精頷くしか出来なかった。

 文句を言った所で、事実勉強の効率自体は落ちていたのだから。

 静那がほぼ全くと言って良い程効率が落ちていないのは、何時も通りだからである。

 体術などがやや難ありと言う事をポチが言っていたのだが、素人目から見れば十分なのではないかと思う。

 静那の身のこなしは、おっとりとした性格とは裏腹に素早い。

 それなりに鍛えている皓より、遥かに動きが良いのではないかと思えるほどだ。

「まったく……仕方がありませんね。取り敢えず、明日一日はお休みにします。お嬢様とポチも、ゆっくりと休みましょう」

 タマのげんなりとした言葉に、皓はやったとガッツポーズをとり満面の笑みを浮かべる。

 休みなしの勉強は、精神的にはかなり辛いものだ。

 休憩も許さないタマのせいで、精神的にもかなり疲れ果てて居たので解放されて嬉しいと体全身で喜びを表す皓。

「婿殿……」

 胡乱とした表情でタマに名前を呼ばれ、皓は負けずに胡乱とした表情を浮かべて彼を見る。

「何だよ」

 皓の表情にタマはしばし押し黙り、ゆっくりと口を開く。

「……キャバクラなどと言う場所に行く様な服は持っていませんよ、私」

 思いもよらない事を言われた皓は一瞬考えてから、にやりと笑いながら口を開く。

「俺が服貸してやるから、安心しろ」

 皓の答えにタマは若干嫌そうな表情をして、頷く。

「はい、お願いいたします」

 声音が渋いのは、本当に行きたくないからなのだろう。

 しかし、皓を護衛すると言う役割もあるタマはどんなに嫌であろうともついて行かねばならないのである。

 そんなタマの姿に、皓も若干悪い事をしている様な気にもなる。

「まぁ、休憩が終わったら勉強すんだろ? お手柔らかに頼むぜ」

 皓の気遣った言葉に、タマはむっと唸ってから苦笑を浮かべる。

「ええ、婿殿がきちんと覚えてくださらないと困りますからね。後十分ほどは休憩をとりますので、お嬢様の方もご休憩してくださいね」

「はい」

 タマの言葉に静那も頷き、お茶を入れに立ちあがる。

 皓は静那の背中をぼんやりと眺め、どこか長閑な雰囲気を感じながら大きな欠伸をするのであった。


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