第二十二話
ようやく静那が落ち着き始めた頃、コンコンと部屋のドアがノックされる。
ぐすぐすと鼻を鳴らしつつ、静那が起き上がろうとするが皓はそれを制する。
「俺が出るから、ちょっと待ってろ。絶対布団から出るなよ」
それだけ言って、ベッドから出る皓。
静那はどうしてなのだろうと小首を傾げて、皓に箱ごと渡されたティッシュで鼻をかむ。
その間に皓はドアを開け、誰が起こしに来たのかを確認する。
ちなみに、ベッドから声をかけなかったのは変な誤解をされない為である。
ドアを開けると何処となく目つきが怖いタマが立っており、皓は衝動的にドアを閉める。
「ちょ! 婿殿!?」
扉の向こうのタマが慌てた声を上げつつ、だんだんとドアを叩く。
「うるせぇな、何の用だ!」
タマの慌てた声と、ドアを乱打する音に皓は怒鳴りつつ仕方がなくドアを開け、怒鳴る。
「朝だから起こしに来たんですよ! それより、お嬢様とはもう本契約を!?」
何故か物凄く不穏な目つきをしながら、タマが詰問してくる。
「……あのなぁ」
胡乱とした表情を浮かべ、皓はタマを見る。
「お前と言い、ポチと言い……俺をなんだと思ってるんだ?」
青筋を浮かべながら、皓は問いかける。
その表情と声音に、タマは毅然と口を開く。
「お嬢様の婿殿です!」
婿だと言いながら、静那に手を出していたら殺しかねない様な眼をしているタマに、皓は思わず眉間を揉んでしまう。
「お前、アレか……? 人の事婿だなんだかんだ言いながら、実は認めてねぇだろ?」
皓の言葉に、タマは目を丸くする。
「何をおっしゃいますか! 貴方ほどお嬢様の婿に相応しい方はおりません!」
慌てた様に言うタマに皓は何かを言おうとするが、止める。
実際問題、彼らにしてみれば“力”と言うもので自分を選んだだけで、人格で選んだ訳ではないのである。
たった一日では、信用はできても信頼できる筈など無いのだ。
そう考えると、何故か酷く疲れた様な心持になる皓。
タマはその表情を見て、憮然とした表情を浮かべながら口を開く。
「……私としては、お嬢様の本契約はまだ早いと思っているのですよ」
拗ねた様な口調と声音に、皓は目を瞬かせる。
「旧き世代であれば、お嬢様の現在の年齢で御子を生しているのも普通ですが……お嬢様は無垢でその……幼くあられます」
だからつい、過剰に心配してしまうのだとタマは恥ずかしそうに語る。
皓はその過保護な兄の様なタマの姿に唖然とし、次いで苦笑を浮かべる。
「なんだそのシスコンな理由は」
皓の突っ込みに、タマはかっと頬を赤くする。
「シスコンってなんですか!? シスコンって!」
タマの突っ込みに手を振り、皓はドアを開けて静那を振り返る。
「ちなみに、静那は起きてるぜ」
皓の一言にタマはきょとんとし、次いで挙動不審になる。
「おっ、おおおお嬢様、朝食はどうなさいますか?」
何時も通りの表情を必死で取り繕っているが、声が裏っ返り動揺を露わしている。
静那はタマの言葉に、あっと声を上げて慌ててベッドから出てくる。
その姿に皓は何とも言えない表情を浮かべ、タマは慌てて背中を向けてポチを呼ぶ。
「ポチ! お嬢様のお着替えを持ってきてください! 早く!」
ポチが慌てる理由は、寝起きである静那の恰好である。
静那の寝間着は浴衣らしく、昨夜もそうだった。
となると、寝ている時に乱れるのは必然である。
比較的おとなしめに乱れているのであろうが、胸元が大きく開いており、やや小ぶりの乳房の谷間が見えている。
下の方も合わせ目が乱れており、ちらちらと静那の太ももと下着が覗き見える。
皓は流石に目を逸らし、静那の服を持ってきたポチに彼女を預けてさっさと着替えをする事にする。
ちなみに、居間からタマの慌てた声が聞こえてきたが無視である。
取り敢えずラフな格好に着替えてから、一息つこうとベッドに座る。
昨日から、正確には一昨日の夜から変な出来事が目白押し過ぎて、皓の疲れはまだとれていない。
慣れない添い寝などするのでは無かったと思いながらも、昨夜の静那の様子を思い出せば突き放す事も出来なかったと嘆息する。
「はぁ……面倒くせぇなぁ……」
色々な事がいっぺんに襲ってくる事に思わずぼやくが、嫌だとは思えなかった。
この不況の中で職にありつけたと言う理由だけではなく、新たな世界への好奇心があったからだ。
しかしそれでも、頭を抱えたくなるのは新たな世界を運んできた者達である。
年齢よりもあどけない表情をする静那。
その彼女を至上とし、護る事に余念のないタマとポチ。
ある意味非常識なこの三人に、頭痛を覚えてしまう。
同時に、彼らをなんとかするのは自分の役目なのだろうと達観してもいる。
追い出してしまえば簡単だが、それをすれば自分の命はないという理不尽な背景も考えれば安易にそんな事はできない。
今現在はマイナス面の方が目につくが、長期的に見ればもしかしたら良い事なのかもしれない。
皓はそう自分に言い聞かせて納得させてからベッドから立ち上がり、朝食をとろうと居間へと扉を開けた。