第二十一話
意識が浮上したと同時に、腕の中に静那が居るのに気がつく。
一瞬混乱しそうになったが、昨夜の事を思い出したので直ぐに気は落ち着いた。
しかし、静那が小さく肩を震わせている事に、今度は困惑してしまう。
起きぬけでしかも、腕の中で啜り泣かれても、皓としては困惑しながらも慰める様に頭を撫でてやる事しか出来ない。
昨夜の事が原因やもしれないが、それを今の静那に聞く程皓もバカではない。
嘆息一つでも過剰に反応する静那の事を考えれば、ただこうやって髪を梳くように撫でてやる方が良いだろう。
皓には何があって、静那がこれ程己に自信が無いのかが分からない。
だが、腕の中で泣く静那の気が済むまで、こうしていてやろうと小さく笑む。
今の静那は異性と言うよりも、庇護してやらなければならない幼子の様に見える。
指通りの良い髪を梳きながら、皓は口を開く。
「静那は、昨日から泣きっぱなしだな」
どこか笑んだ声音に、静那の肩が震える。
皓はそんな反応をする静那に苦笑して、ポンポンとあやす様に背中を叩く。
「感情を露わにするっつうのは、良い事だ。心の底から泣いたり、笑ったりするのは心に良いんだぜ? 泣いた後は、元気になるしな」
ぽん、ぽんと優しいリズムを刻みながら、皓は語りかける。
「なんて言うか……おま……じゃねぇ。静那は何でも無理して笑ってるような気がしてな。だから、俺相手にはそんな無理をする必要はねぇって言いてぇンだ」
皓の言葉に、静那は顔を上げる。
驚いた様なその表情に、皓は思わず苦笑を浮かべて静那の頭をくしゃりと撫でる。
「俺の前でずっと泣きっぱなしだろ? そこまで俺に見せてるんだから、気にせず俺に甘えておけ」
皓の優しい言葉に、静那の眦からまた涙が伝い落ちる。
「それに、相棒なんだろ?」
静那は鼻を鳴らし、肩を震わせ嗚咽を零す。
今度は号泣を始めてしまった静那にますます苦笑して、皓は背中をあやすように撫でる。
何を思って泣くのかなど、今は気にしない。
誰でも人に聞かれたくない事の一つや二つ、あるからだ。
言いたくなった時に、黙って聞いてやるのが自分の役目だと皓は思っている。
問い詰めて聞きだしても、それは今の静那にとってはマイナスにしかならないからだ。
静那自身がきちんと気持ちを整理し、言葉に出来ると判断した時に言い出せばいい事なのだから。
泣きじゃくる静那をあやしながら、皓は随分と静那に甘いと自身の思考を思わず笑ってしまう。
交友関係も広く、男女の友人は多い。
しかし、恋愛関係に発展した女性に対しては、皓はあまり優しい方ではなかった。
そもそも何かを強いられる事が嫌いなので、自分の気が向いた時にしか構わない等と言う事もざらであったのだ。
その為、女性が愛想を尽かして去って行く事が多かった。
無論、皓自身好いた女性にはそれなりの対応をしていたのだが、やはり振られる事が多く面倒臭くなって一人で居たのである。
そこに、押し掛け女房の様に目の前に現れた静那。
今まで相手にしてきた女性達とは違い、無垢で清純な少女に、皓は戸惑いしか抱けなかった。
しかし、一日で庇護欲まで生まれ、こうして優しく慰める事など以前の自分であれば考えられなかった。
ただ、この無垢な少女には泣いて欲しくない。
初めて会った時の様に、いや、それ以上に心からの笑顔を浮かべて欲しいと望んでいた。
それがどんな感情なのか、今はまだ分からない。
父性愛なのかもしれない。
もしかしたら、恋愛感情なのかもしれない。
どちらの感情にしろ、皓の望みは一つだ。
「泣くだけ泣いたら、きちんと笑ってくれ。作り笑いじゃねぇ、静那自身の心からの笑顔だぞ」
皓の言葉に、静那は俯いたままコクコクと頷くが、静那が顔を寄せている部分のパジャマはますます濡れてくる。
まだ泣きやめない静那の傷に何とも言えない心持になりながら、皓はそっと静那の髪を梳いて無言で慰めるだけであった。