第十一話
皓はテーブルに置かれた大皿に、ほかほかと湯気を立て、海苔に包まれ三角に成型されたそれが大量に乗せられているのを唖然と見る。
添え物の様に皿に乗せられている厚焼き卵もほかほかしており、大変美味しそうな匂いを立てている。
「……誰がこんだけの握り飯食うんだよ」
思わず呟くと、タマとポチが皓を指さす。
「俺かよ……」
大量に食べる人間でも、三つも食べればそれで飽きる。
胡乱とした表情を浮かべながらもちらりと静那を見れば、静那はやや腫れぼったい目蓋をしているがニコニコしながら皓が食べるのを待っている。
昼だから仕方が無いと皓は諦め、いただきますとおにぎりを一つ手に取り口に運ぶ。
「む……」
思わず皓は唸り、モリモリとおにぎりを頬張り始める。
空腹は最高の調味料とは良く言うが、それを超えた美味しさがある。
握り具合と塩気が丁度良く、米本来の美味さを邪魔せず引きたてる。
中の具はおかかで、それもまた米の美味さと調和して今まで食べた事が無いほど美味いと感じた。
「静那……握り飯作るの上手いな」
内心、流石おにぎりの巫女等と思っているのは内緒である。
褒めながら二個目を平らげていると、啓太が目に入る。
彼もお腹をすかせているのか、大量のおにぎりが乗った皿をじーっと見ていた。
「おう、忘れてたな。腹減ってるだろうから、食え。タマとポチも、飯にしろよ」
一人で食べているのに気が付いた皓はそう言って、差し出された味噌汁を啜る。
「我々は、通常の食事をとらずとも大丈夫ですのでお気になさらず」
タマはそう言い、今日買ってきた物をしまう作業を台所で始める。
ポチもまた、静那の服を片付けに奥の部屋に行き、この場は静那と皓、それに啓太の三人である。
啓太は食べても良いと言われ、躊躇いながらも空腹に負けて手を伸ばす。
流石育ち盛り、等と皓は思いつつ口を開く。
「飯を食う時の挨拶くらいしろ」
啓太はその言葉にむっとした表情を浮かべるが、小さな声でいただきますと言っておにぎりを食べ始める。
静那は啓太の分の味噌汁も用意して、自身もおにぎりを頬張り始める。
それぞれがおにぎりを食べ始めると、リビングは酷く静かになる。
静那は食事中にあまり話をする方ではないし、皓もご飯を食べる時は話しかけられない限り無言である。
啓太は皓や静那に話しかけるよりも、お腹を満たす方に関心が行ってしまっていた。
しばらく味噌汁を啜る音や、箸が動く音だけが室内に響く。
一番先にひと段落ついた皓は、お椀の中の味噌汁を飲み干してテーブルの上に置く。
「美味かった。ごっそさん」
そう言って、ソファーの背凭れに体を預ける。
「おそまつさまでした、旦那様」
静那はそう言って微笑み、またもぐもぐとおにぎりを頬張り始める。
「しかし……静那は、ツナマヨとか鮭マヨ、梅おかかとか嫌いなのか?」
素朴な疑問といった様子で、皓が問いかける。
静那はむぐむぐと口を動かしながら小首を傾げると、皓はむっと眉を顰める。
「握り飯の具の事だ。梅とおかかしかなかったからよ……ツナマヨや鮭マヨ、それにカルビやら豚の角煮も、具になるんだぜ?」
皓の言葉に、咥内のおにぎりをごくんと飲み下し、静那はコクコクと頷く。
「この次は、作ってみます」
静那は嬉しそうに笑い、皓にそうかと返事を返す。
「ああ……まぁ、あれだ。普通の飯でも良いんだからな?」
おにぎりばかりを食べさせられるのは、流石に勘弁して欲しいと慌てて言い添える皓。
「はい、旦那様!」
笑顔で静那は頷き、手に持っている残り少ないおにぎりを頬張る。
大皿に乗っていたおにぎりは最後の一つになり、それを啓太が手に取る。
静那は啓太が一瞬此方を見たのに気が付き、にこっと笑いかけて味噌汁で流し込む。
「ごちそうさまでした」
静那はおっとりと食事を終え、大皿と皓と自分のお椀を台所に下げる。
「……ごちそうさまでした」
小さな声で啓太が言い、静那は笑顔でおそまつさまでしたと答える。
「んでまぁ、坊主。一応聞くが、この後はどうするんだ?」
静那がお茶を淹れてくれたので、それを飲みながら皓は啓太に問いかける。
「……静那さんが、担い手を得たと家の方に知らせに行く」
憮然とした声音だが、憤った様子が無い。
「そうか……まぁ、気をつけて帰れよ」
皓はそう言って、苦笑する。
啓太は皓の言葉にますます憮然とした表情を浮かべ、問いかける。
「なんでそんな事を言うんだよ」
皓は啓太のその質問に、ふっと笑う。
「んなもん、てめぇが餓鬼だからに決まってるだろうが」
子供だと言われ、啓太はじろりと皓を睨む。
その表情にくつくつと皓は笑いながら、口を開く。
「まぁ、何にせよ名前くらいは教えて行け。自己紹介は人に任せるなんざ、てめぇは何さまだって話になるぞ」
皓の言葉に、啓太はますます渋面になりながら口を開く。
「火野、啓太」
今までタマやポチ、そして静那が彼を呼んでいた苗字と名前を啓太自身で名前を名乗る。
「おう。俺は窪塚皓だ」
皓が自己紹介をすると、啓太は驚いた様に顔を上げる。
「窪塚……?」
訝しげな声音に、皓は眉を顰める。
「ああ……」
皓も訝しげに頷くと、啓太は緩く頭を振る。
「僕の知っている人と同じ苗字だと、思っただけだ」
啓太の返事に、皓は苦笑する。
「こんな苗字、良くあるだろうが」
皓の言葉に、啓太はそれもそうだと頷く。
「取り敢えず、僕の用事は終わったから、お暇させて貰う」
啓太はそう言って立ち上がり、見送ろうと立ち上がる静那を見る。
「静那さん、朔夜さんの様な事にならない様に気をつけてください」
啓太の言葉に、静那が体を震わせ動きが止まる。
皓はその様子に眉を顰めて啓太を睨むが、啓太は無表情で頭を下げて出て行った。
「静那」
皓は取り敢えず、固まったままの静那の名を呼ぶ。
だが、彼女は返事もせず身動ぎ一つしない。
むっと皓は眉を寄せ、静那の肩を掴んで振り返らせて目を瞠る。
静那の顔は強張り、泣きだしそうにも笑いだしそうにも見える表情を浮かべていたからだ。
今度会った時に啓太をシメる事を心に決めつつ、皓は仕方が無いと嘆息する。
痛々しい表情を浮かべる静那をタマやポチに預ける気にもなれないので、静那の頭を撫でて口を開く。
「笑うなり泣くなり、感情を出せ。何を言われたんだか知らねぇが、お前十六なんだからもちっと子供らしくして良いんだぞ」
幼い子供に言い聞かせる様に、皓はそう静那に言い聞かせて頭を撫でてやる。
静那はその言葉が聞こえたのか、ゆっくりと落ち着いた様な表情へと変わっていく。
だがしかし、その雰囲気は硬く、裡に籠っているかのようで皓は眉間に皺を寄せる。
いっそ泣いてしまった方が静那の為に良いだろうと、がしっと頭部を掴んで胸に抱き寄せる。
「泣きたいなら、泣け。無理すんな」
世話が焼ける、などと小さく呟きつつそのままの体勢でいると、そっと静那の華奢な手が皓の服を掴む。
それを切っ掛けとしたように、静那が小さく体を震わせ始める。
静那の顔を押しあてた所は水に濡れ、熱い息を感じる。
だが、嗚咽だけは漏らさぬよう噛み殺しながら、静かに泣いている。
まるで、自分には泣く資格など無いと言うかのような様子に小さく息を吐きながら、皓は静那の頭を撫でつづけた。
おにぎりのみこだから、おにぎりと掛けた話。
基本、花嫁修業もしていたから料理とかはできるよ! と言うお話なのでありました。
ちなみに、自サイトで更新している分まで追い付いたので今月あと一回更新して後は月一に変わると思います。
基本、遅筆なんです……私。
一応まだまだ掲載する余裕はあるんですが、基本ペースを自サイトに合わせて行くのでご了承ください。
感想等がございましたら、是非よろしくお願いいたします。