要因
「はい!これがドラッグね!」
ドラッグ?なんだこれ。
「このドラッグはこの世の善と悪を判断できるようになるんだよ!」
善と悪の判断?それぐらい僕にだって出来る。
「はい!渡しておくからね!」
グイっと押し付けられる。
「じゃあね!」
そう言うと僕が最後の挨拶をした筈の扉の方へ消えていった。
取りあえず貰った物を確認してみる。
形状は黄色いカプセル。
振ってみると中に白い粉が入ってるのが分かった。
「...」ゴクッ
たまらず生唾を飲み込む。
僕はあからさまに動揺した。
突然放り込まれたドラッグという世界に。
ついさっきまで放り込まれていた恋愛という世界に。
本来であったら、相まみえなかったはずの世界と関わり、精神的に疲弊している。
だが、それらに付随する形で、不思議と高揚感にも包まれている。
例えるならランナーズハイだろうか。
まぁ僕は本気で走ったことが無いからわからないんだけど。
飲むかを迷ったので、家に持ち帰ってから考えることにした。
クラスにはもう戻れない。
(屋上で二時間くらい寝てから帰るか...)
そう思って、横になる。
屋上床のタイルの表面はひんやりとして気持ちいい。
耳を澄ますと、木々の間を縫う風の音。
「心地いい」
確かな安寧の時であった。
「んっ..」
眠気眼を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。
空はもう完全に日が沈んでいる。
「そろそろ帰らないとマズいな」
親に帰るのが遅いと怒られてしまう。
僕は扉を開け、階段を下る。
その間はドラッグのことについて考えていた。
「善と悪の判断とは?」
善と悪の判断ができたところで、それを実行する物理的な力がない。
このことに意味はあるのか。
なぜ、僕の自殺を止めたのか。
なぜ、ドラッグを僕にくれるのか。
なぜ、僕に親切にしてくれるのか。
考え出せばキリがない。
下駄箱で上履きから靴に履き替える。
「はぁ...」
当然の様に、僕の靴は『ウンコマン』と油性ペンで書き殴られている。
このことを親は知っている。
「なんなの!この落書きは!」
そんな権幕で言ったって子供は委縮して話さなくなるよ。
「ごめんなさい。友達との遊びの延長線上でこういうことになってしまいました。」
半べそをかきながら、声を絞り出す。
「大事に使いなさい、タダじゃないんだから。」
母親は察していたのか。
見て見ぬふりをしたのか。
それはわからない。
もし見て見ぬふりをしたなら、それは事実上の子殺し。
ただ傍観して、我が子が自殺するまで気づかないフリをする。
自殺したあとに
「なんでこんなことになったかわからない」
と大泣きしながら悲嘆に明け暮れる。
何言ってるんだ?
心の底からそう思う。
人間に存在意義は無い。
よって人間が関わる物全てに意味は無い。
存在・意識・意義・世界。
ただ、死ぬまでの暇つぶし。
それが人生。
僕は『超人』になりたい。
その最初のステップがこのドラッグになる。
決心はついた。
後は飲むだけ。
これまでの人生は虚無、味のないガム。
これからの人生を実りあるものに。
自分からアクションを起こさなければ。
僕は生まれて初めて自己の意志から物事を行う気がした。
慎重にカプセルをつかみ、ゆっくりと口に運ぶ。
舌で絡めとり、確実に飲み込む。
アッパー系か、ダウナー系か。
ギャンブルは好きではない。
この体験を持って、我が人生を刻むこととする。
目の前がチカチカしてくる。
消えかけのネオン看板。
ペトリコールの匂い。
高速エレベーターに乗った時の耳鳴り。
満員電車の閉塞感・息苦しさ。
まともな思考ができない。
「アッ...アー」
僕の顔面は地面に叩きつけられた。