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ターンアウトスイッチ  作者: 香久乃このみ
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行為の代償

(目が覚めない……)

 鏡の中にはやつれた私と、三ツ星ホテルのもののように洗練された脱衣所が映っている。私はいまだ、雄斗の豪奢な家で暮らしていた。初めての雄斗との行為から、もう一月も経っている。

(「一炊の夢」みたいに、こちらで何日何年と過ごしても、目覚めたら現実で眠りについた翌朝だったりするのかな……)

 そうは思うものの体は限界だった。雄斗との荒々しい営みは、好む人にはたまらないものかもしれない。けれど私には合わなかった。夜が来れば毎夜のように雄斗は私に挑みかかる。暴力で犯すような真似こそしないけれど。

(孝行……)

 むせかえるような雄の匂いより、若木のようにすがすがしい孝行の香りが恋しい。今日も私は雄斗に貫かれ、何とか気力を振り絞りシャワーを浴びにここまでたどり着いていた。

(孝行に会いたい……)

 この夢の中では、私から孝行を捨てたことになっている。だからこちらから連絡を入れることはできない。孝行から私を奪った形になっている雄斗も、当然絶縁状態だった。

(孝行がいい……、私はやっぱり孝行がいい……)

 孝行は私に「与え」ながら抱く。寄り添った後は身も心も満たされ、幸せに包まれて眠りに落ちる。それに対し雄斗のは「奪う」スタイルだ。抱かれると精も根も尽き果て、気絶するように眠りにつくことが多い。

(孝行……、早くこの夢から覚めて会いたい……)

 そう思いながら私は鏡の中の自分を見た。

「っ!?」

 鏡の中の私は笑っていた。満たされた微笑みを浮かべ、右胸元のキスマークに指先で触れている。私に見せつけるように。

(あれは……!)

 かつて私が孝行にねだったキスマーク、位置も色も形もそのままの。

「ねぇ、待って!!」

 私は鏡に掴みかかる。冷たく固い感触がコッと爪を打った。よく見れば、鏡に映っているのはこの家の脱衣所じゃない。孝行と暮らしたあの家のものだ。鏡の中の私は憐れむようにこちらを一瞥した後、誰かに呼ばれたのか横を向く。そして、甘える仕草でそちらへ両手を伸ばした。

「ねぇ、そこにいる!? 孝行、いるんでしょ!? 気付いて、私はここよ!」

 私は必死で鏡を叩く。その瞬間、脱衣所のライトが落ち真っ暗になった。

「!?」

 私は慌ててライトを点ける。鏡の中に残ったのは、シンプルだけれど高級感のある脱衣所、そしてやつれて髪を振り乱した私の姿だけだった。

(あぁ……)

 私は膝からくずれ落ちる。

――前に、雄斗がめちゃくちゃ酔っぱらって店で寝てしまった時、ウチに連れて帰ろうとしたことはあったけど。連れて帰ってもいいかどうか聡美にメッセージ送ったのに、風呂にでも入ってたのか返事来なくてさ。そうこうしているうちに目を覚ましたから、雄斗には普通に自分ん家に帰ってもらったんだ――

 ふいに孝行が以前話していた内容を思い出す。きっとここは、孝行が雄斗を連れ帰ることを了承した私のいる世界線。パラレルワールドの私が歩んだ、もう一つの現実。

(この世界から、もう私は逃れられない……)

 好奇心に負けて雄斗との一夜を選んだあの日、ルートは切り替わってしまった。

「聡美?」

 ミシミシと近づく足音を聞きながら、私はなぜかそれを確信していた。


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