合宿――草原でキャンプ
街の南には何もない平原が広がっている。
「ねーリーン、今日は歌わないの?」
隣を歩くジェンテがリーンを見上げる。
「うん。今日は歌はなし」
その声にジェンテはにこりとした。
――あー、歌がしんどかったかな。
「じゃ、じゃあ何やるのっ?」
身体を弾ませるジェンテ。
「えーとね、キャンプやります」
耳慣れない言葉だったのだろう、小さな女の子は不思議な顔をした。
「なあファンテ。キャンプ、って何だ」
ファンテの後ろからロッカが声を掛けた。
「ああ、俺もそう言う呼び名があるとは知らなかったが、要は野宿だ」
なーんだ、とロッカはつまらなさそうな顔を隠さない。
「俺、父さんと一緒に狩りに行って、帰りに野宿したことある」
野宿と聞いて不安そうになったのは少女達だ。
「リ、リーン、野宿なんて嫌よあたしたち」
「そうよ、わたしお家のベッドで寝る!」
口々に不平を鳴らす女の子たちに、リーンはにこにこ顔を向けて口を開く。
「まあまあ、行ってみれば案外楽しいかも知れないわよ、ね?」
――だけど、まさかキャンプとはね。
十五分ほど前にリーン、ファンテと二十一人の子供は街の門から外へ出た。
――でも、この発想は新しい。
昨日、リーンは野宿――キャンプをするとファンテに伝えられた。理由を聞けばそれが一体感を生むのだ、と。
――合宿ってことだよね。
そう考えるとわくわくする。元の世界にいた頃、リーンは部活動や合宿など、団体行動の経験は皆無だ。
時間は昼過ぎ。子供達はリュックを背負い、今日の着替えを持って来ている。リーンの隣、後方のファンテの周り、或いは少し先行して前を歩いている一団もある。
――ふむ。
リーンは暫定でリードボーカルに据えているロッカと、他の子供達の距離感を改めて思う。
――確かに、これじゃなぁ。
リーンの目の前、リュックを背負い直して前を向く男の子、ロッカは他の子供達と言葉を交わすこともなく黙々と歩く。話し掛ける他の子は居ないようだ。
同時にリーンは内心で自分を叱る。
――思い上がってた。うん、私、駄目だ。
自分なら、この歌のない世界で誰にでも歌わせることができると、知らず思い込んでいた。
立ち止まるリーン。
合唱はただ上手ければいいと言う訳ではない。
リーンが自分で言ったように大事なのは調和だ。そこにはメンバー間の関係性やお互いへの信頼感が不可欠。
――私の所為だ。
子供達は誰も悪くない。
ロッカが他の子供達とどんな関係性なのか知ろうともしなかった。
「……大丈夫か、リーン」
音もなく相棒が隣に立つ。
「大丈夫じゃない。反省中」
――全く、こいつは気付いているのか、いないのか。
ファンテは少しだけ、ほんの少しだけ喜びを感じている。
「素直だな、リーン」
リーンはきょとんとした顔を隣に向ける。
「まあ――相棒? だからね」
言って、先に歩き出すリーン。
――本格的に従業員から格上げってことか。
旅を始めた頃、ファンテはリーンに雇われた護衛だった。雇用主としてのリーンは彼に給金を支払うことにこだわっていた。
彼女は相当裕福で、人をつなぎ止めるものは金でしかないと思いこんでいた節があるのではないかとファンテは思っている。
だが、リーンは徐々に、人と人との繋がりは金だけではないのだと分かり始めている――。
――相棒か。
言葉の響きを確かめるファンテ。
彼女の後について歩みを再開する。
時間は昼前。
見渡す限りの大草原だ。
北に振り返れば遠くオーモットの街、外壁が霞んで見えた。適度に風が吹き抜け、叢がそよぐ。周辺を遮るものは何も、ない。
――このスケール感。相変わらず出鱈目だわ。
加えて、肺に取り込まれる空気が明らかにリーンがもと居た世界とは違う。大気の匂いと味が別物だ。
流石は異世界、とリーンは大きく伸びをした後、子供達に向けて声を出す。
「じゃあ、三人一組ね」
作業は天幕を立てるところからだ。
ちょうど七つのグループに分けられた子供達はリーン、ファンテの前に並ぶ。
「でも、天幕なんて持って来てないよ?」
誰かの言葉にリーンはにやりとする。
「そこは抜かりない」
言って、襷にかけたポーチに手を差し入れる。
不思議そうに見守る子供達の目の前で、ポーチから次々と折り畳まれた天幕が出てくる。天幕の大きさは子供がどうにか抱えられる程度のものだ。
「マ、魔法具だ!」
「俺知ってる。魔法の鞄って奴だ!」
――おおー、受けてる受けてる。
リーンはにこにこと七張りの天幕を取り出し終えた。
「じゃあ、取り敢えず一組ずつ持って」
指示に従い一人、或いは二人で抱えるように持ち上げる子供達。
「やり方はファンテが教えてくれるから皆で天幕を張ってみよう! 始めて下さい!」
ぱちん、とリーンが両手を打ち鳴らした。
天幕はファンテがどこからか調達したものだ。
彼は冒険者稼業が長いらしく、この街の冒険者組合に伝手でもあったのだろう。キャンプに適したこの場所を探してきたのも彼だ。
――頼りになるなぁ。
リーンは素直に思う。
目の前では二十一人の子供達とファンテが騒々しくも楽しげにそれぞれの天幕を立てている。縮めてあった支柱を伸ばす。広げた布にそれを通す。三人がかりで布の装着された支柱を立ち上げる。
「そうだ。それを地面に突き刺す」
タイミングを見計らってファンテが地面に刺さった支柱をピンのようなもので固定した。
「さあ、これで完成だ」
わっと歓声が上がる。
子供には余裕のある天幕だ。三人は中に入って口々に感嘆の声を上げる。
「さあ、残りもいま見た通りにやってみるんだ」
先に設営を終えた三人がはしゃいでいるのが羨ましかったのか、残りの者も天幕設営に集中する。
一時間ほどで全員が設営を終えた。天幕に持って来た荷物を置くと、再びリーンとファンテの前に集まる。
「みんな、ご苦労様」
子供達はどこかわくわくした顔だ。天幕で一夜を過ごすのは初めての者も居るのだろう。
――やっぱりキャンプって凄いよなぁ。
リーンは続けて口を開く。
「ではお昼にしよっか」
「待った、リーン」
魔法の鞄からガッシュに作ってもらったサンドウィッチや肉料理を取り出そうとしたリーンを相棒が手で制する。
「もう少し腹を減らしてからにしないか」
彼は何やら不敵に笑うのだった。
昼下がり、草原にて。
ファンテは十人ほどの子供達に取り囲まれている。
「いつでもいいぞ」
ファンテは中央で余裕の笑みを浮かべる。子供達は全員リーンが魔法の鞄から取り出した木剣を手にしているが、彼は素手だ。
――無茶だなぁ。
遠巻きに見物するのはリーンと女の子達だ。
「ファンテに剣を当てればいいの?」
ジェンテがリーンを見上げる。
「そうだね」
内心、リーンは難しいだろうと思う。ファンテは中級者の冒険者だし、身のこなしも相当なものだ。
「やああ!」
男の子が一人、剣を振り上げ果敢にファンテに襲いかかる。が、熟練の冒険者は体を捌いてあっさりとかわす。それをきっかけに男の子達が次々とファンテに切りかかった。
ファンテは本気を出していない。
子供達の剣筋など、見切るまでもないのだろう。彼らの攻撃をファンテは息を乱すことなくすべてかわした。
「どうした、これで終わりかな」煽る。
「ま、まだまだっ」
かすりもしないことにめげもせず、ロッカが切りかかる。かわすファンテ、ロッカは諦めない。何度も、何度も、息を、髪を振り乱し、木剣を振りかぶった。
「他の者はどうしたんだ! かかって来い!」
ファンテが叫ぶ。
注意が半瞬、ロッカから逸れる。
その隙を捉えたロッカが剣を中段に構え、力強く踏み切ったかと思うと鋭い突きを繰り出した。剣閃はファンテの腹を捉え――。
女の子達から上がる歓声。
だが、ファンテは眉一つ動かさず横にかわした。勢い余ったロッカはつんのめって前に転ぶ。
子供達の嘆息。ロッカ以外の男の子は彼に駆け寄る。体力の限界か、仰向けになり、全身で呼吸するロッカ。
「こんなの無理だよ! どう考えたって――」
誰かが叫んだ。
「それはそうだろう。俺と君達では体格が違う、経験が違う。だけどな」
ファンテは円の中央でぐるりと子供達を見回し、口を開く。
「俺は一人だぞ?」
いつの間にか残りの女の子達も木剣を握り、円陣が組まれ、子供達全員での作戦会議が始まった。
「大丈夫なの? 相手は二十一人だよ?」
円陣には加わらず、リーンは離れて立っていたファンテの元に歩み寄る。
「まあ本気を出せば」
ファンテは笑う。
「つまり、本気出す気はないってことね?」
リーンも笑う。
「こういう訓練は俺達冒険者でも良くやるのさ。多対一の時、どうやれば確実に相手を倒せるか、ってね」
「なるほど」
「現実だと一人の方は死に物狂いだからな。思わぬ反撃を食らうこともある」
ファンテはふと何かを思い出したように目を伏せた。が、すぐに元の表情に戻る。
――何か……言いかけた?
リーンはほんの少しだけ気にして、すぐに忘れることにする。彼が話したくなれば話せばいい。
「お、リーン。離れてれろ」
ファンテの声。真剣な顔で木剣を握り締めた子供達がじりじりとこちらに近づいてくる。
「いいか皆、打ち合わせの通りだからな!」
いつの間にかリーダーになっているロッカが声を出す。他の子供達は多分、さっきめげることなく何度もファンテに向かって行ったロッカの姿に感じるところがあったのだろう。
ファンテから遠ざかりながらリーンは振り返り、少年の顔を見た。
――ああ。
背負ったな、とリーンは思った。
他の子供達の期待や不安を、彼は背負ったのだ。背負って、ファンテに立ち向かう。
――手強いかもね、ファンテ。
「いくぞっ」
剣を振り上げ、無手の冒険者にロッカが躍り掛かる。
作戦はシンプルだった。ファンテがロッカをかわそうとした。が、ロッカは木剣を即座に捨て――ファンテに組みついた。同年代の子供と比べて体格の良いロッカ、両足に力を込めて腕にありったけの力を込め、ファンテを押した。
「うおおお!」
当然それでぐらつくような体幹のファンテではない――普段なら。が、彼には油断があった。僅かに上半身を揺らす冒険者。
「い、今だっ」
ロッカの叫び声。
作戦はシンプルだ。
即ち、ロッカがファンテを止めている間に誰かが――。
「や、やあああ!」
ぱちんっ。
少女――ジェンテ――の振り下ろした木剣がファンテの背中を打った。
――やった。
リーンは思わずガッツポーズを作る。
「やった! やったよ!」
子供達の歓声。
ロッカはファンテの拘束を解き、荒い息でそのまま草原に倒れ込んだ。
「やるな」
頭を掻くファンテ。よく見ればジェンテの他に飛び出した子供が三人。残りの子供達は四人ずつ四列に並んでいる。
――なるほど。
つまり、ロッカ、ジェンテの組が失敗しても次の四人で同じことをするつもりだったのだ。一人か二人でファンテを押さえ、残りで斬りかかることを繰り返す波状攻撃だ。
「参った。完敗だよ」
にこりと微笑むファンテ。その完璧な美しさに子供達が暫し見とれる。
「よくやったな」
しゃがみ込んでロッカの手を取った。少年を引き上げ、肩を叩く。
「凄いよロッカ!」
「さすがだよっ」
子供達が一斉にロッカに駆け寄り口々に祝福の言葉を贈る。輪の中心にいて――恐らくそれは初めての体験だったのだろう――ロッカは、顔を真っ赤にして、満面の笑みでそれに答えた。
その夜。
夕食を食べ終え、全員で地べたに座って火を囲んでいる。ファンテが草原の一部を刈り取り、そこで焚き火をおこしたのだ。ぱちぱちと鳴る薪の爆ぜる音。気温は暑くもなく寒くもなく、風は凪。子供達とリーン、ファンテは揺らめく炎をただ見つめていた。
ロッカの作戦でファンテから一本取った後、どこか距離のあった子供達は確実に仲良くなったとリーンは思う。昼食の準備や夕食の準備にも彼らは積極的に、楽しそうに振る舞っていた。
ここまでを計算していたのだとすればファンテは相当の戦略家だと言うことになる。
「――どうした? リーン」
そう言えば、とリーンは気付く。
「ううん、何でもない」
――私達はお互いのことを何も知らない。
隣に座るファンテに微笑みかけるリーン。彼のことを知りたい、急にその思いを強くする。
「ねえファンテ、私……」
ばちんっ。
ひときわ大きく薪が爆ぜる。子供達から喚声が上がる。
「ん? 何か言ったかリーン」
「……いや、やっぱ何でもないや」
言って、炎に向き直り、膝を抱えてリーンは顎をうずめた。
「変な奴だな」
ファンテの気配を隣から直に感じる。実際、手を伸ばせば彼には確実に届く。この近さが、いつの間にかリーンに安心感を与えていた。
――今は、これでいい。
「そうだね。私、変な奴だ」
リーンはそれきり無言で、目の前の炎をただ見つめる。




