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練習開始――調和とは

 三日後。

 ファンテは、リーンの歌には魔力が――大袈裟でなく――あると思っている。でなければ、聞く者の心をあれほど揺さぶったり出来ない。彼はリーンが歌うことによって起きた奇跡を幾度も目にして来た。



 ――だが、これは。




「はーいみんな! 取り敢えず一箇所に集まろう! ほら、ジェンテ、ロッカ、走り回らないでっ」




 ここは街の外れにある少し寂れた集会所。

 ガッシュに合宿のコーチを託されたリーンは、今日から子供達に歌を教えることになった。



 が、現在は部屋の真ん中で子供たちを纏めようと悪戦苦闘している。二十人ほどいる子供達は見たところ全員十歳よりは下。当然、言うことを聞くわけがない。



「ああもう……」

 頭を掻くリーン。黒髪を振り乱している姿はファンテには新鮮だ。




 大きく息を吸い込むリーン。

【み ん な 、 ち ょ っ と 聞 い て】

 途端、走り回っていた子供達がぴたりと止まる。全員、自分の耳がおかしくなったのかと顔の辺りを触って不思議そうにしている。



 部屋の隅で壁に(もた)れ、腕を組むファンテは内心にやりとする。

 ――なるほど、いきなり使ったか。




 リーンは狙った相手にだけ自分の声を飛ばせる(・・・・)。小声も大声も自由自在。本気を出せば声だけで相手を気絶させることも可能だ。



「はい、ちょっと座ろ」

 リーンの声に素直に従う子供達。先程名前を呼ばれた女の子、ジェンテは怯えた目でリーンを見ており、男の子、ロッカは怪訝な顔をしながら腰を下ろした。



「うん。いい子ね、皆」

 リーンは夏らしくノースリーブの赤い襟付きシャツと、白い七分丈のズボンを穿いている。因みにこの辺りの地方は屋内では靴を脱ぐ。




「えー改めて。私はリーン、宜しくね。で、皆はどうしてここに集められたか、分かるかな」

「知らなーい。あ、何かね、歌? ってのをやるんだって聞いてるよ!」

 先程の女の子、ジェンテがきらきらした目で報告する。



 僕も、私も、私も――先日、主だった組合(ギルド)のメンバーに歌の素晴らしさを納得させたリーン。彼らはいたく感動したらしく、これを子供達に教えてもらえるのなら是非お願いしますと言うことになった。






「うんそう。その歌って言うのをやるよ」

 リーンは皆を見渡す。



「ねーリーン。こっちのかっこいい人は誰?」

 女の子が自分の背後に立つファンテを指差していた。



「あ、そっちはファンテ。私の――相棒、かな」

「おぉー」

 何に感心したのか、子供達が一斉にファンテを見た。




「相棒なんだ、かっこいい!」

「ね、ね、相棒って、互いに生命を預け合うかけがえのない存在って奴なんでしょっ?」



 どうやら、リーンの言った相棒と言う単語の魅力に食いついたようだ。

「ああそうだ。俺はファンテ。リーンの相棒さ」

 多分、ファンテはわざとぶっきらぼうな感じを出した。咄嗟に空気を読んだようだった。案の定、子供達はすっかり感心し、今やリーンとファンテを憧れにも似た目で見つめる。




「リーンさん。で、僕達はどうすれば良いんですか?」

 ませた感じの男の子が問う。




 こほん、と咳払い一つ。

「合唱をやってもらいたいの。んで、秋の収穫祭で観客の前で歌うのが目標ね」


 

「だから、その歌ってなんだ? リーン」

 リーンの近くに座っていた少年、ロッカが綺麗な声を出した。声変わりのしていない、この年代特有の鈴を振ったようなきらきらした声だ。




 ――へぇ……。

 リーンはロッカをコーラスの中心に据えようと密かに決める。




「聞いてもらった方が早い。じゃあね……」

 子供達の前に立つリーンは両手を胸に当て目を閉じた。軽く息を吸い歌い出す。



 静かで湧き上がるような声が集会所に響き始めた。

 誰も声を発するものはいない。

 皆、魂を奪われたように、食い入るようにリーンを見ていた。当のリーンは伸びやかな声で歌唱を続ける。



 ――良い歌だ。

 ファンテの聞いたことのない歌。




 だが、いつか聞かされたアヴェ・マリアと似ているような気がした。歌詞やリズムがと言うわけではなく雰囲気が、だ。



 波が引くように音が遠ざかり、リーンの歌唱が終わる。

「今のはアメイジング・グレイスって言う歌なんだけど――どう?」

 リーンはしゃがみ込み、子供達に目線を合わせて問い掛ける。誰も答えない。

 と言うよりは答えられなかった。



「……な、何で僕……」

 呟いたのは後方、ファンテの近くに座っていた男の子。リーンが目をやればうっすらと泣いているようだった。よく見れば他にもちらほらと涙を流している子がいる。




「ま、魔法?」

「魔法じゃないわ。これが――歌よ」

 皆にこの歌を歌ってもらうからね、にこやかに告げるリーン。

 子供達は怯えたような、畏怖するような、得体の知れぬ何かを見るような目をリーンに向けていた。










 半月後、集会場。

「じゃ、最初からね」

 リーンは小さな椅子に腰を下ろし、真っ直ぐに背を伸ばしている。彼女の目の前には横に並んだ十人の子供。その後ろに更に十人並んでおり二列編成だ。




 リーンは自分で作ったと言う指揮棒(タクト)を握っている。



 ――指揮棒(あれ)に何の意味があるんだ?

 ファンテには白く細長いただの棒にしか見えない。




「さん、はい」

 リーンが指揮棒を軽く振り下ろした。



 子供達が歌い始める。事前にリーンによって大体のパート分けがなされ、彼らは決められた歌詞を口にしていく。



 しばらく歌声を聞いたファンテは内心で顔をしかめた。

 ――いや、これは。

 リーンの後方に立つファンテは少し(かぶり)を振る。少なくともガッシュの歌とは比べものにならぬほどまとまっている。だがどことなく――。





 ――歌というよりは。

 音の羅列(・・・・)。そう鳴っていると言うだけで、全く繋がっていない。ファンテにはそう思えた。




「はい、やめよっか」

 リーンが指揮棒を()める。



 子供達も歌を()める。




「リーン、どうしたの?」

 前列真ん中のロッカが声をかけた。



 ――うーん。

 リーンは内心腕組みをする。

 今日までに何度か練習して子供達には歌詞を覚えてもらい、歌い方を覚えてもらい、今日やっと合唱として初めて全員で歌ってみた、のだが。



「いや、何でもないない」

 にこやかな笑みをロッカに返した。



 と、リーンは後方のファンテに振り返る。




【……難しいんですけど】

 それは彼の耳にだけ届くようにリーンが発した小声。ファンテは片方の眉だけを上げ、少し口元を歪めた。



「よし。じゃあも一回ね」

 子供達に向き直り、振り払うように指揮棒を構えるリーン。














 次の日。

 練習はなし、二人はガッシュのカフェに来ていた。



「相変わらずお客さんいないね」

 先日の感じだと組合員とは和解したのではないかとリーン。元々の常連客だった組合員達だが、すぐに店に通うようになるのはばつが悪いのかもしれない。



「まあこれからじゃないですかね」

 ウェイトレスはリーンとファンテのテーブルにお茶の入ったティーカップを置き、奥に引っ込んでいった。




「やー、あんなに難しいとは思わなかったよ」

 お茶を一口飲み、リーンは大きなため息を吐いた。





「ねえどう思った? ファンテ」

「うーん、俺には詳しいことは分からんが」

 ファンテはティーカップの波紋を見つめたまま呟く。




「ばらばらだと思った。おかしいよな、ガッシュの歌よりよっぽどまとまってたのに」



 ――ほほう。

 リーンは内心舌を巻く。前から思っていたがファンテはかなり耳が良い。昨日の子供達の合唱について、一発で本質を言い当てている。




「うん。合唱で調和(ハーモニー)って言うのはね、全員で一隻の船を動かすようなもんなんだよ。誰か一人でもさぼったり、動かし方を間違っちゃうとそれだけでもう沈んじゃう」



「なるほどな……」

 腕を組むファンテ。と、何かを考えついたように彼にしてはひどく悪戯っぽい眼をリーンに向けた。



「つまり、要は一体感だ。そうだろ、リーン?」

「まあそうだ……けど――ファンテ?」

 立ち上がるファンテ、リーンを見下ろす。

「二、三日留守にする」

 戸惑うリーンを後目(しりめ)に店を出て行った。

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