組合会館にて――カントリー・ロード
翌日。
リーンとファンテは突然ガッシュに街の中央近くにある組合会館に連れて来られた。
会館の二階、会議室で待っていたのは十人を超える組合の人間だった。ガッシュ、リーンとファンテは彼らの対面の椅子に座った。
五分後。
「だから、貴様らは考え過ぎなのだ!」
「本当にそうですか? あの『歌』とやらが安全なものだとガッシュ、あなたは自信をもって言えるのですか!」
「そうですよ! あんな得体の知れないものをウチの子供になんて……っ」
――わー、流石は異世界だ。
リーンは内心、この騒ぎを苦笑混じりに眺めている。まさか歌がここまで怪しげなものとして認識されるだなんて、少し可笑しくさえある。
異世界は当然クーラーなどもない世界。にもかかわらず夏も近いのに一部屋にこれだけの人数が集まれば室温は上がり、早くも全員汗だくだ。
「私、何か飲み物買ってくるね」
「お、おい……リーン」
ガッシュ、ファンテと怒れる十人以上の男女を残し、リーンは逃げるように会議室を出た。
――さて。
外に出たリーンはいくらか涼しさを感じながら廊下を歩き、階段を下りて会館の受付へ。カウンターには誰も居なかったのでリーンは奥へと呼び掛けた。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」
少しお待ちを、とくぐもった声の後、ややくたびれた男性が現れた。白髪混じりの頭髪、半袖のシャツに緑のだぼっとしたズボンを穿いていた。
「――何か?」あまり友好的ではない様子。
「えっと、何か冷たい飲み物、ありませんか」
男は怪訝な顔をした。
「申し訳ないが組合会館では飲み物は用意していない」
そんなことも知らないのか、と言外に男は語るようだ。
「必要なら外に水売りが居るはずだから、そこで買うといい」
「分かりました! ありがとうございます」
リーンはにこやかに挨拶していったん会館を出る。きょろきょろと見回し屋台を見つけたリーンはそちらに歩いていく。
「らっしゃい!」
男の隣に屋根付きの大きな荷車が置かれている。
手押し車の荷台にはには水を張った桶が幾つか置かれており氷が浮かんでいる。樽には瓶入りの水やお茶が沢山沈められていた。
「わ、冷たそう」
「こんな暑い日だからね、どれでも銅貨一枚だよ」
――一枚? うーん、ちょっとお高いな。
リーンの感覚だと銅貨一枚は大体五百円くらい。この世界では銅貨に限らず貨幣にサイズがあって、一枚、半分、四分の一の三種類がある。
――せいぜい銅貨四分の一じゃないの?
だが値切るのもしんどい、と思ったリーンは肩に提げたポーチからお金の入った小さな革袋を取り出す。幸い、前の街で演った時の報酬が僅かだが残っている。
「じゃあ水とお茶十本ずつ」
男に銅貨を二十枚、何回かに分けて差し出す。
「へ、へいっ」
受け取った男は色めき立つが、すぐに困った顔。
「で、ですが、持ち帰り用の袋なんかはないんですよウチ」
「いいのいいの。そのままちょうだい」
リーンは手を出す。男は不思議そうな顔で瓶をまず一本渡す。
「だ、大丈夫ですかい? 二十本ですぜ――?」
「うん」
リーンはポーチに一本目の瓶を入れる。不思議なことにどう考えても瓶の方が大きいのにするん、とポーチに入った。
「はい、次」
唖然とした表情の男が渡す。リーンはポーチに入れる。
「あ、あんた……それ、もしかして?」
男はどんどんと瓶を渡していく。
やがて二十本全てが小さなポーチに収まった。
「すげぇ。俺、初めて見たよ」
感心した声をリーンのポーチに向ける男。
「ふふふ。じゃ、ありがとうね」
ひらひらと手を振り、リーンは水売りの屋台を後にした。
リーンが会議室に戻ると、室温は相変わらず高く、両者の言い合いも収まっていなかった。
「はーい、皆さん。ちょっと休憩にしませんか」
皆が一斉にリーンを見た。
「あ、ああ……いいな。そうしようか」
ファンテが同調して椅子から立ち上がる。
「では……」
リーンはたすきに掛けたポーチに手を突っ込む。
「お、どうやら大量に仕入れてきたな」
「ふふん、まあね」
リーンは笑い、さっきしまい込んだ瓶を一本ずつ取り出しながらテーブルの真ん中に置いて行く。小さなポーチから次々と出てくる瓶にどよめく一同。彼らはリーンの手元を食い入るように見つめた。
「あ、あなた……それ」
「まさか――」
「魔法の鞄か!」
――見せびらかしたいんだよなぁ、多分。
ファンテは苦笑する。
前回の公演で劇場主から貰った報酬がとんでもなく良かった。リーンはそれで兼ねてから欲しかったという魔法の鞄を買ったのだった。鞄の中には魔力によって何層にも折り畳まれた空間が閉じこめてあり、小さな見た目からは想像もつかないほど大量の荷物を収納でき、且つ重さも感じない。因みに、前の街で手に入れたギターもこのポーチに入っている。
手に入れればとてつもなく便利な鞄。
欠点があるとすればただ一つ。
恐ろしく高額なこと。
モーファンスで貰ったギャラの殆どが吹き飛んだ。
「き、君のような若者が……魔法の鞄とはな」
ガッシュは水の入った瓶を受け取り、コルクを抜いて中味を飲んだ。
「まあちょっと臨時収入がありまして」
にこにこと嬉しそうなリーン。他の人にも愛想良く冷えた瓶を渡していく。
「さあどうぞ、召し上がれ」
全員に飲み物を渡し終わり、リーンは自分もお茶を飲んだ。
「で、まだやってるんですか? 歌がどうしたって奴」
冷たい飲み物で落ち着いた一同にリーンが微笑む。全員が飲み終わった瓶をまたポーチにしまい、テーブルの中央に立ち双方を見渡した。
「いや、それは――だな」
男の一人が口ごもる。絶妙のタイミングで休憩を取ったことにより毒気を抜かれたようだ。
「『歌』は得体の知れないものなんかじゃないですよ。ねぇ?」
ファンテが頷きを返す。
「だいたい、どんな歌を聞いたんですか?」
と、全員がガッシュを見た。
「組合長の歌だよ」と男の声。
――へえ。
「ガッシュさん歌上手いんですね」
人に聞かせるくらいだ。腕に覚えありとリーンは見た。
「う、うむ」
「歌ってみてもらえません? 私、興味ある」
ガッシュは迷った表情を一瞬見せ、やがて覚悟を決めたように咳払い一つ。
席に座ったまま歌い始める。
途端、室内に流れる異様な不協和音。
「う」
「むぐ」
「きゃああ」
――あー、これは……。
なるほど。
「ガッシュさん……」
ファンテの驚いたような声。
「こ、個性的な歌声ですね」
リーンの苦笑。
彼女は眉をひそめ、顎に手を添えて考え込む。
――えーと。今のは『カントリー・ロード』だった……よね?
リーンが元いた世界では有名な楽曲の一つだ。
ただ、自信がない。音程の外れ方が凄まじかった。
「うん。分かりました」
リーンは立ち上がり、胸に手を当て目を閉じる。
軽く息を吸って歌い出す。
教科書的に正確で、誰が聞いてもそうだと分かる『カントリー・ロード』。久々にこの曲を歌ったリーンは知らず楽しくなり、そのまま最後まで歌い切る。それは、普段から彼女の歌を聞き慣れているファンテでさえ感心するような、素晴らしい歌唱だった。
――天使に、歌声があるとすれば。
ファンテは軽く妄想した。あるとすれば、ちょうどこんな感じか、と。
――いいじゃないか。
内心安堵するファンテ。リーンの喉の調子は良いようだ。
「て感じです」
歌い終わってリーンが目を開けると。
場の空気が――一変していた。




