第9話 とりかかる前に詰めとかないと
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公爵邸に着いた翌日、イシュタルは今後の相談をするため、カナデを伴ってフローラの私室を訪ねていた。
内装は落ち着いたもので整えられ、気品を感じさせる部屋だ。
二人はフローラからソファに腰掛けるよう促され、彼女は二人の対面に座る。
「それじゃ、何から始めましょうか?」
フローラの表情が母親から公爵夫人へと変わる。
昨日の晩餐の席で、「明日、領地運営に関することで相談したい」とイシュタルは伝えてあった。
領地運営のこととなれば、いくら相手が娘でも甘い顔をするわけにはいかない。
フローラはイシュタルの言葉に耳を傾けた。
近年の天候から来年に起こることが考えられる流行り病。
生活環境改善の必要性。
領土北方から報告の上がっている魔物対策。
雇用の拡大と領内の区画整備。
特産品や食料自給率の向上。
どの内容もフローラを驚かせるものばかりだった。
自分の娘がしばらく見ない間にここまで成長していたことに感激したが、そればかりではいられない。彼女の話はあくまで必要性を訴えただけで、具体的な対応策については触れられていないからだ。
しかし、イシュタルのどこか自信ありげな表情を見て、これで終わりではないという確信を得ていた。
今度はどんな風に自分を驚かせてくれるのだろうかと、早く娘の答えを聞きたかったが、逸る気持ちを抑え、努めて冷静に彼女に問いかけた。
「予想される病には過去に北の森で発見報告のあった薬草が有効だとわかっています。これを持ち帰って栽培できれば対処できると考えます。ただ――」
「魔物が問題ね」
「はい。そのとおりです」
最近では北の森でも魔物の被害報告が上がってきている。
そのため、北部は領民が近寄らない状態が続いており、荒れ放題の状態になっているのだ。
しかし、これは既にわかっていること。当然、その対策も考えてある。
「領軍強化は間に合いませんので、傭兵もしくは冒険者に依頼を出す方向で考えています」
彼女の言葉にフローラがわずかに眉を寄せた。
その反応は当然のことだとイシュタルも思っていた。
ゴーデンバーグ公爵領はエデルラント国内でも要地にあたることから、独自に軍を持つことが王家から許可されている。
他の貴族も領地に私兵を持っている者がほとんどだが、規模が格段に違うのだ。
領軍は公爵家に忠誠を誓い、原則王家の命令ではなく公爵の命令で動く。
そのため、方々から叛意を疑われたりするが、裏を返せば、それだけ王家とゴーデンバーグ公爵家の結束は固いものだと言える。
それに王宮内で謀反が起きた時に匿うことも囮になることもできる。
それだけ十分な兵力を有していながら、他の力を頼ることを提案されたことに関して、思うところはあるが、フローラ自身、領内に残っている領軍の質は低いことはわかっていた。
そのため、北部へ送る戦力としては心許ないことから、娘の提案に賛成したいのは山々だが、金銭面や領軍との不和などの諸問題から首を縦に振れない。
その心中を察してかイシュタルが続ける。
「お母様のご懸念はもっともです。雇うにしろ依頼を出すにしろ金銭がかかります。それは決して安くありません。それに領軍のプライドもあります。それを無視して事を進めては、要らぬ事態を招くでしょう」
「そこまで考えているなら、対策もあるわけね?」
「はい。なので、これに関しての判断の一切を私に委ねて頂きたいのです」
フローラは娘の提案に目を見張る。
手紙では勉強したいなんて言っておきながら、随分と大きく出たものだと思いながらも、「これも勉強かしら」と彼女は呟いた。
「わかったわ。でも、すぐに了承するわけにはいかない。とりあえず話を続けましょう。」
母の言葉にイシュタルは無言で頷いた。
その風格にフローラが身震いする。
彼女には自分の娘がとても10歳の幼い少女には思えなかった。
実際、肉体年齢はともかく4回もやり直しているから、精神年齢はそうと言えるか怪しいが。
「衛生環境を整えることで、病の抑制や疲労回復に効果があると情報を得られました」
「へえ……それはどこから?」
「隣にいるカナデさんからです」
「えっ?私?」
不意に自分の名前が出たことに驚いた彼女を気に留めることなく話を続ける。
「カナデさんのいたところでは、ほぼ毎日入浴し、ケガ人や病人は清潔な環境下に置かれていたそうです。不衛生な場所では傷も病も治りが悪いだけでなく、他の病を併発して死に至ることが多いそうです」
「なるほどね。でも、どうするの?」
「領主権限で事業を公示して工夫を募り、公衆浴場を建設するのです。初期投資は莫大ですが、長い目で見れば、労働力の安定化や生産性の向上から税収の増加が見込めます。それに物珍しさ目当てに領民の流入もあり得ます」
「工夫の確保は難しくないかしら?」
「自分の仕事を既に持っている方々には難しいでしょう。よって、貧民層の領民を主体に雇用します。衣食住を保障して雇えば希望者も増えるでしょう。ただ、そのためには――」
そこまで言ってフローラに止められた。
イシュタルの心の中に不安が立ち込める。
やはり、ダメなのだろうか。
所詮は机上の空論。物知らぬ娘の絵空事と断じられてしまうのか。
どんなに頑張っても未来は変えられないのか。
そんな考えから震えの治まらないイシュタルの手をカナデが優しく握り、視線で励ましてくれた。「大丈夫」と。
「そのためには投資費用を確保する必要があるわね。必要が無くなった物を換金してしまいましょう」
目を閉じたままふぅと息を吐いたフローラの口から語られた言葉に驚いて彼女は呆然とする。
娘の呆気にとられた顔を見て「何を呆けているの?」と、困ったようにフローラは笑った。
「イーシュ、私はあなたに賭けてみようと思う。私の愛しい娘、あなたの成長が嬉しいわ。」
母の言葉にイシュタルの目から思わず大粒の涙が溢れ出す。フローラは泣きながら自分に礼を言う娘をその胸に抱きしめた。