第63話 前世との因縁に終止符を
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イシュタルがここに入れられてから、丸一日が経った。
思えば、拠点から領邸を目指していた道中に襲撃され、たった数時間でここに到着したことを考えると、この館のある場所は公爵領内か領境から然程離れていない場所なのだろう。
通常であれば、敵地からはさっさと離れるのが定石なのだが、未だに動く気配がない。
ここまでセオリーから逸脱されると、逆に敵の思考が全く読めなくて不安になる。
ただ、それももうすぐの辛抱だ。
既にラハルの気配を強く感じるようになっているから。
朝食と一緒に着替えが差し入れられた。
食事だけでなく、服まであるとは思わなくて呆気に取られてしまう。
しかも、何故かサイズがピッタリなのだ。
ドレスでは無く、それまでに着ていたような、動きやすいパンツスタイルだったのがありがたい。
もうすぐ勝負の時がやってくるのだから。
朝食と着替えを終え、しばらく時間を潰した後、イシュタルは静かに立ち上がると、手を前にかざした。
「さて、始めますか。おいで、ライセン!」
時は来たれり。
イシュタルが刀の名を呼ぶと、俄かに彼女の手の中にその姿を現した。
鞘から刀身を抜き放ち、右脇に構えて集中すると、鉄格子を右上から左下へ斜めに斬り払い、更に返す刀で今度は左から右へ水平に斬り払った。
両端の支えを失った鉄格子が音を立てて地面に落ちる。
「……ちょっと急いだ方がいいかな」
思っていた以上に物音が鳴り響いてしまったので、見張りがやって来るのを警戒し、要所要所で物陰に身を潜めながら上を目指す。
一度くらいは敵との接触があるかも――と、イシュタルは思っていたが、それは結局、一度も無いままに終わった。
地下から上がり、一階の適当な部屋に身を隠す。
すると、部屋に誰かが入ってきた。
イシュタルは物陰で息を潜めながら、相手の様子を探る。
どうやら、イシュタルに食事などを運んでくれていた給仕のようだ。
「お嬢様……いえ、イシュタル殿下、こちらにいらっしゃいますね?」
イシュタルは驚愕した。
様子を見ていた相手から聞こえてきたのは、とても聞き慣れた声だったからだ。
俄かにイシュタルは物陰から出て行くと、声の主の方へと近づいていく。
「アリ、あなただったのね」
「はい。貴方様の専属侍女の一人、アリエッタです」
被っていたフードを取ると、見慣れた顔が現れた。
給仕の正体はイシュタルの専属侍女であるアリエッタだったのだ。
道理で差し入れられた服のサイズがピッタリだったはずである。
常にイシュタルの専属侍女兼護衛として付き従う姉妹は、この作戦のために征伐隊に参加せず、別行動を取っていた。
謀叛者たちと繋がりのある者たちに目星を付けて動向を探り、気付かれないようにイシュタルを連行した者たちを追跡した。
ここに入ったのを見るや、アリエッタは内部に潜入し、マリエッタは状況の詳細をラハルへと報告する。
そして、時が来れば、姉妹は合流してイシュタルの護衛に入る。
この国の病巣を根絶やしにし、かつ、彼女の安全を守るために、全てはラハルが命じたことだ。
イシュタルは押収されていた自分の装備をアリエッタから受け取ると、素早く状態の確認を済ませる。
ただ、今はハルバードも二振りの斧も使う予定は無い。
室内で長物は取り回しが困難だし、手加減をする必要も無ければ、出し惜しみすることも無い。
「殿下、マリの報せ通りなら、まもなくラハル殿下たちが到着します。準備はよろしいですか?」
「ええ、いつでも行けるわ」
ここから裏口までは、最短経路で突っ切るのみ。
立ちはだかる障害は全て薙ぎ払う。
「では、参りましょう」
アリエッタが静かに扉を開けて廊下を確認し、誰の姿も無い事を認めると、二人は一気に裏口へと走り出した。
俄かに外が騒がしくなる。
どうやら、ラハルたち本隊が到着したようだ。
途中、何度か敵と出くわすが、本来いるはずではないイシュタルの姿に動揺して呆気なく、討ち取られていく。
アリエッタはどこに隠し持っているのか疑問に思うほど多種多様な暗器を巧みに使い、相手は声を発する間も無い。
ただ、さすがに裏口ぐらいは固めるらしく、扉の前には5人が警備に当たっている。
二人は様子を窺い、タイミングを見計らって一気に斬り込んだ。
瞬く間にそれぞれが二人ずつを始末するが、あと一人残っている――と思った瞬間、裏口の扉が破壊され、同時に残っていた一人も地面に倒れ伏していた。
「マリ!」
「イシュタル様ぁ、会いたかったですぅ。姉さんもタイミングバッチリですねぇ」
「マリ、あなたも完璧よ。さすが私の妹だわ」
扉を破壊して中へと入ってきたのは、侍女姉妹の妹マリエッタだった。
乱入して即座に、イシュタルの胸に縋りついて顔を摺り寄せている彼女に姉のアリエッタは、少々呆れ顔をしながらも称賛の言葉をかける。
三人は裏口から館の外へと出る。
この時、イシュタルは外がやけに騒がしい事に気付いた。
騒ぎの元の方へイシュタルが顔を向けると、大切な人の姿が目に飛び込んできた。
「ラハル様!」
ラハルの姿を見つけたイシュタルは、思わず彼の名を叫んでいた。
その声に気付いたラハルは部下に指揮を任せると、彼女の方へ走り出す。
「イル!」
「ラハル様!」
二人はお互いの無事を確かめ合うように、きつく抱きしめ合った。
「お義姉様……良かった」
イシュタルの無事な姿にエリーゼとマルクスも安堵の息を漏らした。
国王アレクシスは反乱分子の備えに策があるとは告げたが、そこまで追い込むための具体的な陣頭指揮はラハルに一任していた。
ムドウ征伐から息を吐く暇も無く、返す刀で今度は反逆者征伐へと向かう。
次代を担う者の才覚の見極めと成長を促していると言ったところだろうか。
ともかく、王家に弓引く者どもには追い込みをかけてある。
都合の良いことに、癒着している教会内の腐敗した者どもも誘い出すことに成功していた。
彼らは自分たちの思い通りにならないカトレアの排除と併せ、王権強奪後の関係性強化のため、今回の暴挙に組みしている。
イシュタルの誘拐は教会側の手の者による犯行だったが、その手際の稚拙さを見ても、時間稼ぎ程度しか期待されていなかったのだろう。蜥蜴の尻尾切りと見られなくもない。
呆気ない程、簡単に館は制圧されたが、予想していた通り、重要人物の姿はなかった。
捕縛された捨て駒の面々は、イシュタルの姿に気付いて喚き散らす。
「くそっ、やはり、魔女だ! 鉄格子を切断するなんて」
「あんたらもこの女と一緒にいると、破滅するぞ!」
「ふざけたこと言わないでよ!」
聞くに堪えない罵詈雑言を吐く者たちを黙らせたのは、意志の強さを感じさせる女性の声だった。
声のした方を見ると、カトレアの姿があった。
カトレアは肩を怒らせながら、イシュタルに向かって喚いていた男たちの前まで来ると、一番やかましかった男の頬を殴りつけた。平手ではない。拳でだ。
しかし、カトレアの怒りは収まらない。
「誰が魔女ですって!? イシュタル様はとても画期的な発明で、国に大きな貢献をしているのよ! しかも、公爵領は様々な事業で発展しているわ。特に公衆浴場なんて最高よ!」
男の顔を拳で殴ったかと思えば、興奮して声を張り上げるカトレアの聖女とはあまりにかけ離れたその意外な行動に、周囲の人間が呆気に取られる。
「とにかく! 彼女が魔女だなんてあり得ないわ! あるとしたら聖女よ!」
カトレアの締めの言葉で沈黙が横たわったのも束の間、周囲にいた兵たちから喝采の嵐が巻き起こる。
突然の事にカトレアは驚きのあまり、顔を何度も右へ左へ忙しなく向ける。
「カトレア様……」
イシュタルは感極まって瞳を潤ませていた。
カトレアとは時折、顔を合わせる程度で目立った交流は無い。
それにも関わらず、自分が手掛けたことを称賛してくれる。あまつさえ『聖女』とまで。
「イル、嬉しいね」
「ラハル様……はい。私、とても嬉しいです」
イシュタルは自分の歩いてきた道を強く認められたことの嬉しさを噛みしめ、その横でラハルも彼女が称賛されていることを、自分の事のように喜んだ。
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