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第56話 既視感

お待たせしました!

本編最終章を開始です。

今日から5話分は毎日更新します。

 南部の一件があってから、国内の不穏分子は不気味なほどに沈黙を守っている。

 それというのも、直接的な関与を証明することこそできはしなかったが、アルメリアにあの花が渡る遠因となったハルブリッド侯爵に対し、小さく無い処分が下されたからだ。

 しかし、処分期間が明けて沈黙は守りつつも、必要最低限の接触は怠らず、バーバラやミランダに直接ではなく、その子女と会っているようだ。

 特にヨハンへの接触が目立つ。優れた才覚を持つ彼は特に心配する必要など無いが、天真爛漫で純粋なラーシャは少し心配である。

 事あるごとに内容を元気に教えてくれるのだが、元気すぎて外に声が漏れてしまっているのではないかと、ひやひやしてしまう。


 ちなみに彼らに接触しているのは、ハルブリッド侯爵とドレオード侯爵だ。また、面と向かっての接触はほとんど無いが、書状や両侯爵との関係があるフォードラン辺境伯、かつて生徒会長を務めたエリオットの生家でもある。

 ハルブリッド家の令嬢であるミリアムとドレオード家の令息であるラディアスは、わかりやすいくらいイシュタルに対して敵意を剥き出しだったが、エリオットはそんな態度を微塵も見せたことはなかった。

 イシュタルの生家であるゴーデンバーグ家は、ハルブリッド家とドレオード家に政治的に対立しているため、少なくとも彼女に反感を抱くのはわかるのだが、もう少し抑えることはできなかったのだろうかと思ってしまう。

 あれでは政権の対立構図を知らない人たちの目には、理由も無く一方的に目の敵にしていると取られ、立場が悪くなるだけなのだけど、過ぎたことを言っても仕方ないので、これ以上は考えないことにした。


 そんなある日、王城の会議室に集まるように密命が下った。

 イシュタルはラハルとともに会議室に向かうと、今回は自分たちが最後ではなかった。

 だからといってどうということもないのだが、何となくイシュタルは安堵する。

 二人の後に続いてすぐに他の招集者たちが部屋に入ってくれば、その面々を見て、イシュタルは驚かずにはいられなかった。

 イシュタルの両親であるロバートとフローラの姿があったからだ。


「お父様、お母様」

「おお、イーシュ、少し見ない間にもっと綺麗になったね」

「イーシュ、あなたが幸せそうで母は嬉しいわ」


 両親の言葉に嬉しさと気恥ずかしさで堪らなくなったイシュタルが、顔を赤くして照れ隠しに視線を伏せる。

 アカデミーを卒業してから、本格的に居を王宮に移しはしたものの、実家に顔を出していないわけではない。

 ただ、両親としては嫁いだ娘の事が気掛かりで仕方ないのだろう。

 親にとって子はいつまでも子なのだから。


 親子の掛け合いもそこそこにロバートが、それまでとは違う真剣みのある声で切り出す。


「イシュタル殿下、我々も招集されたことの意味がわかりますかな?」


 殿下――正式な発表はまだでも、王家と公爵家の間で婚姻は結ばれている。

 そのため、現在、イシュタルは王太子妃であり、臣下であるゴーデンバーグ公爵家からすれば、仕えるべき者の一人ということになる。

 そして、そのように自分を呼んだ父の意図を彼女はしっかりと汲み取った。


「筆頭貴族であるゴーデンバーグ公爵とそのご夫人もこの場にいるということは、国内情勢を大きく揺るがすことが始まるのですね」

「その通りです」


 国内情勢を大きく揺るがす――この時にあってそのような話が出るのは、以前あった正妃暗殺未遂事件に関係することだろう。

 つまり、あの事件に決着をつける時が来たというわけだ。

 全員が集まったのを見計らって国王アレクシスから言葉を賜る。


「皆、よく集まってくれた。此度、ついに国内の不穏分子を一掃する手筈が整った。ついてはここに集まった皆に、その中核を担ってもらいたい」


 長かった。実に長い月日だった。

 事件に関与したのは、十中八九、ハルブリッド侯爵だということが分かっていても、証拠という証拠が無く、表立って手出しできずに僅かな制裁を課すことしかできなかった。

 そのため、イシュタルは歯痒さでいっぱいだった。

 アルメリアには公私ともに大変世話になり、今も自分の事を可愛がってくれているからだ。

 イシュタルがそう思うのだから、その子であるラハルは、そして、アルメリアを心から愛している夫のアレクシスの心中は、彼女の比ではないことが想像に難くない。

 しかし、黒幕を野放しにする時間はもう終わりだ。


「それでは、国に蔓延る害虫を駆除するための会議を始める」


 アレクシスの言葉からは、強固な意志がありありと感じ取れる。

 そして、この場に集まった全員も、彼に劣らぬ意志を漲らせていた。



 時は流れてある日の宵が過ぎた頃、王城内のイベントホールでは、国内の有力貴族を招いての夜会が催されていた。

 今回の夜会で王太子ラハルとゴーデンバーグ公爵令嬢イシュタルの婚姻が、正式に発表される。

 ちなみに二人の婚約を発表した夜会は、デビュタントを兼ねたものでありながら、国外の有力者も招待していたのに対し、今回は王太子妃の決定にも関わらず、国外からの参加者はいない。


 これが何を意味するのか。


 それはこの夜会が反勢力を一掃するために催されたものであり、他国の人間を巻き込まないための配慮でもある。

 それと、秩序の乱れは国の恥であるため、それを他国に晒さない意味もある。付け入る隙を与えかねない事柄でもあることだし、国外の人間を参加させない方が都合が良いのだ。


 それはさておき、会は華やかに滞りなく進行する。

 イシュタルは両陛下とともにラハルとファーストダンスを踊り、その後も他の参加者と交じり、彼と続けて踊る。

 この後に婚姻発表が待っているが、二人が続けて踊ったという事実だけでも、その関係を知らしめるのは十分だ。


 そして、その時はやってきた。

 高い場所にいるアレクシスからラハルとイシュタルの婚姻が発表される。

 俄かに歓喜の嵐が巻き起こった。

 それが収まるのを見計らって祝杯が配られる。

 一回目の前世では、この杯を飲み干した後、入っていた毒によってイシュタルは命を落とした。

 様々なことが変わった今世で毒が盛られている可能性は限りなく低いが、念には念を入れてラハルが手を回してあり、彼の手からイシュタルへと祝杯が渡される。


 アレクシスとラハル、アルメリアとイシュタルがそれぞれ目配せをし、アレクシスは全員の手に杯が渡ったのを確認して、自身の手にある杯を高く掲げる。


「この記念すべき日にかんぱ――」


 アレクシスが『乾杯』と発声しようとした瞬間だった。

 ホールの窓を突き破り、異形の怪物三体が侵入してきたのだ。

 想定外の事態に夜会は混乱の極みの中にあり、逃げ惑う人々で駆け付けた警護の騎士たちも思う様に対処に当たれない。


 混沌とした会場の中で冷静に状況を見つめるのは、両陛下をはじめとする王族に連なる面々とイシュタルたちゴーデンバーグ公爵家の者たちだ。

 会場内の人々を冷静に誘導し、騎士たちが敵に当たれるように道を開けさせる。

 だが、イシュタルが目を向けた先では、他の者の避難を優先させたクライスラー夫妻に怪物の爪が襲い掛かろうとしていた。


 ――間に合わない!


 イシュタルがそう思った瞬間、割れた窓から飛び込んできたカナデの一太刀で、怪物は倒れ伏し、夫妻は難を逃れた。

 その様子にイシュタルが安堵した瞬間だった。

 背中に鋭い痛みを感じ、咄嗟に数歩を離れてから振り返ると、景色が歪みそこから一人の男が唐突に現れた。

 初めて見るその顔は歪な笑みを浮かべており、不気味さでイシュタルは総毛立つ。


無道(ムドウ)!」


 背後から聞こえてきたカナデの叫び声の直後、彼女が操る四本の短刀が侵入者に向かって行く。

 それを余裕のある動きでかわし、続けて振り下ろされるカナデの一刀を男は後ろに大きく跳んで避けた。

 カナデは刀を構え直し、射殺さんばかりの視線を目の前の男に向ける。対して、彼女から鋭い視線を向けられた男の態度は飄々としている。


「久しぶりだな、鳳 奏」

「やっと会えたわね。刀の錆にしてあげるから覚悟しなさい!」

「さて……君にこちらを構っている暇があるのかな?」

「何を――」


 カナデが『無道』と呼んだ男が、不意にイシュタルを指差す。

 その直後、イシュタルは体中が焼けるような痛みに襲われ、立っていることができずにその場に蹲る。


 ――あれ? すごい既視感が……


 全身を焼く様な熱さに前世の光景が蘇る。

 カナデが自分の身を案じて、「イーシュ!」と叫ぶ声が聞こえたのを最後に、イシュタルの意識は途切れた。



 その隙にムドウは侵入してきた窓から生き残った怪物とともに去って行った。彼女を嘲笑うかのような笑い声を残して。


 カナデは悔しさから苦虫を噛み潰したように顔を歪めるが、すぐに気を取り直してイシュタルへと視線を向ける。

 既にラハルと彼女の両親がイシュタルの元に駆け付けていた。

 遅れてカナデも駆け寄る。


「イル、しっかりしろ!」

「イーシュ、気を強く持て!」

「イーシュ、しっかり、しっかりするのよ」


 イシュタルの身を案じる彼らの悲痛な表情にカナデの胸が痛む。

 自分がもっとしっかり立ち回れば防げたのではないか。

 ムドウの事や目的を話しておけば対策を講じられたのではないか。

 しかし、後悔したところでどうしようもない。

 カナデは額に汗を浮かべ、苦しそうに息をするイシュタルの傍で膝を折ると、ポーチの中からアンプルを取り出した。


「イーシュに射たれた物に心当たりがあります。これを使えば症状を抑えられるかと」


 カナデの言葉を聞いたラハルたちは顔を見合わせると、一様に無言で頷いた。

 イシュタルにアンプルの中身が投与される。

 すると、意識こそ戻らないが、次第に呼吸が落ち着き、表情も和らいでいった。

 イシュタルの容態が落ち着いたことに安堵の息を漏らして気付けば、周囲を警護の騎士たちが取り囲んでいた。


「カナデ・オオトリ、いくつか聞きたいことがある」


 アレクシスの低く重たい言葉が、圧し掛かる様に頭上から降ってきた。

 周りも自分に対して怪訝な表情を向けている。

 カナデは小さく息を吐くと、アレクシスを見上げた。


「承知しました。しかし、まずは彼女を休ませることが先決かと思います。それからお答えする形でよろしいですか?」


 周りが不敬とも取れるカナデの態度を咎めようとするのをアレクシスは手で制止し、彼女の申し出を承諾する。

 カナデが視線をラハルへと送れば、その意を察したラハルは無言で頷き、イシュタルを抱き上げた。



 眠ったままのイシュタルを自室のベッドに寝かせる。

 今はすっかり落ち着いて穏やかな寝息を立てる彼女の前髪をラハルは優しく払い、頬を撫でる。

 その二人の姿を穏やかな顔でカナデは見ていた。

 そして、カナデは口を開いた。


「それでは、お話しします。私が何者なのかを」


 カナデはずっと思っていた。

 いつかは話す時が来るだろうと。

 こんなことが起こってからになってしまったことを、申し訳なく思いながら、ゆっくりと話し始めた。

 自分がこの世界の人間では無い事を。

ご覧いただき、ありがとうございます。

3章終了時に6月初日から連続投稿できるように進めていましたが、見通しが甘く大変申し訳ありません。

5話分の投稿後、再度、お時間を頂くことになるとは思いますが、何卒よろしくお願いします。

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