第45話 南方情勢
会議室へとイシュタルとラハルが足を踏み入れると、既にアルメリアとミランダも含めた全員が集まっていた。
室内は緊張からか、重たい空気が漂っている。
その雰囲気に背中を冷たいものが伝っていく感覚を覚えた。
扉が閉められ、しんと静まり返った室内に、他に余計な人物がいないことを確認するかのように、全員の顔を見回した国王アレクシスの硬い声が響く。
「南部の友好国メルフスタンで、内乱が起きたとの報せが入った」
彼の言葉にその場に居合わせた全員の顔に、動揺の色が浮かぶ。
イシュタルは次に出てくるであろう国王の言葉を、固唾を飲んで待ち構える。
隣を見上げれば、ラハルもまた驚愕を滲ませた表情で王の言葉を待っているようだった。
「報告の真偽は判明しないところはあるが、アルメリアの事件でミランダに嫌疑がかかったことが影響しているようだ」
イシュタルは王の言葉で得心がいった。
何故、内乱など起こったのかと思ったが、確かに元とはいえ、自国の姫君が証拠も無いのに疑われれば、反感を覚えるのも当然だろう。
ただ、それでも疑問はある。
友好国とはいえ、エデルラントとメルフスタンは地理的に離れた場所にある。
そこに噂が届いてから拡散し、内乱へと発展するまでの時間があまりに短いのだ。
――陛下は先程、『真偽不明』と、仰っていた。だけど、正しいにしろ、間違いにしろ、背後で糸を引いている存在がいるのは明白だわ。
アレクシスの言葉が終わってからややあって、ラハルが口を開く。
「内乱が事実なら扇動した者が、虚偽であるなら情報操作した者がいるということですね。しかも、正妃陛下暗殺とミランダ様に罪をなすりつけようとした者が、関わっている可能性が非常に高い」
「その通りだ」
またしても室内に重苦しい沈黙が横たわる。
しかし、それは事の重大さを全員が認識しているためでもある。
うまくすれば、黒幕の尻尾を掴めるかもしれないが、下手をすると、メルフスタンが敵対国になりかねない。いや、もっと悪い事に滅亡するかもしれない。なぜなら――
「私も発言させてください。この情勢、あまり猶予がありません。このままでは混乱に乗じ、ヌフダントなどの国が攻め込む可能性があります」
そう言葉にしたのは、バーバラの子供で第二王子のヨハンだ。
彼が言ったようにメルフスタンは決して強国ではない。しかも、周りをヌフダントをはじめとする敵対国に囲まれているため、内乱の火種は大小の如何関係なく、ごく短期間で滅亡に繋がる危険性を孕んでいた。
ヨハンの次にラハルが許可をアレクシスに願い出る。
「火急の時ではありますが、ある事の許可を頂きたいのですが」
「何だ?」
「“欺瞞の計”のことを、私の婚約者であり、王太子妃になるイシュタルに教えてもよろしいでしょうか?」
突然、自分の名前を出されたイシュタルは、驚きで目を瞬かせると、ラハルから順番に全員の顔を見渡した。彼らの顔は一様にラハルに向けられ、複雑な表情をしている。
「……知らない方が良いということもあるのだぞ?」
「彼女は聡明です。自分の力だけで、いずれ真実に辿り着くでしょう。それに今後を考えれば、その方が身動きがとりやすくなります。」
「わかった。許可しよう」
「ありがとうございます」
王からの許可を頂戴したラハルが、イシュタルへと向き直ると、真っ直ぐに見つめてくる。
周囲の視線が自分たちに集まっていることを感じ、恥ずかしさで視線を外したくなるが、それではいけないと自分を奮い立たせ、イシュタルも真っ直ぐにラハルの目を見つめ返す。
「イル、今まで黙っていてすまなかった。だけど、どうか落ち着いて聞いてほしい」
「はい」
ラハルから語られたのは、正妃と側妃の間で偽りの対立している構図を作っていたことだ。
実際に貴族の間では派閥が分かれ、毛色の似た者たちが寄り集まっている。ちなみにイシュタルの生家であるゴーデンバーグ公爵家は、正妃派に属している。アルメリアの実子であるラハルとイシュタルが婚約しているのだから、当然と言えば当然なのだが。
これは将来、国を乱す不忠者を炙り出し、一網打尽にするため、考えられた策なのだが、話を聞き終わったイシュタルの反応は、ラハルが想像していた以上に薄いものだった。
「あっ、はい。お話はわかりました」
「えっ……それだけ?」
呆気に取られたラハルが思わずイシュタルに聞き返す。周りも彼女の反応は予想外だったようで、呆然とした様子でイシュタルを見ている。
「前々から何となく気付いていました。陛下方が揃って私とお茶の席に着いた時や、王城内でお会いした時も特に敵意は感じられませんでしたし」
あと、これは言えないが、前世のどの記憶でも、側妃様たちから無下に扱われたことはない。それらを鑑みても、表向きは対立を装っていても、協力関係にあるのではないかと、考えていたのだ。
イシュタルの返答を聞いたアルメリアが、堪えきれなくなったように笑い出す。
「フローラは本当に素晴らしい娘に恵まれたわね」
口元を隠すために開いていた扇を閉じると、アルメリアは慈愛に満ちた目をイシュタルに向ける。
「イシュタルさん、あなたのように聡明な子がラハルの婚約者になってくれて嬉しいわ。本当にありがとう」
「そんな滅相もありません」
アルメリアの言葉にイシュタルは恐れ多いとばかりに動揺を露わにする。
「これからは私も“イル”と呼ばせてもらおうかしら」
「母上、その呼び方は私だけのものです」
「あら、つれないわねぇ。では、フローラと同じように“イーシュ”で我慢するわ」
話題はいつの間にかイシュタルの愛称に変わっていた。
居た堪れない心地の彼女は何とか話題を南部情勢に戻そうと試みる。
「わ、私のことはともかく、今は南部の情勢です。迅速に手を打たなければ」
「陛下、差し出がましいことは重々承知しておりますが、私の願いを聞いて頂けませんか?」
イシュタルに続いて発言したのは、第二側妃のミランダだった。
その顔は沈痛な面持ちをしていた。
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