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第4話 ここがやり直しの第一歩……のはずなのに

 専属侍女サラの献身の甲斐もあって見事に整えられたイシュタルはロバートと一緒に王城に向かう馬車の中にいた。

 対面に座るロバートが何か喋っているが、ここでも彼女は父の言葉を聞き流し、他の事を考えている。

 何度も言うようだが、彼女にとっては耳タコなのだ。

 4回にわたり歩んだ生と何ら変わらないが、唯一違ったと言えるのは馬車に乗り込む前にイシュタルの姿を見たロバートだろうか。

 娘が予想もしていなかった華やかさとは程遠いドレスを身に纏って現れれば、驚愕してもおかしくはないだろうし、これまでと違う光景がそこにあったとしても不思議ではないだろう。


 これから登城するというのにも関わらず、そんな娘の姿を見れば何かを言わずにいられないのは当然のことであり、イシュタルの身の回りは専属侍女であるサラが整えているとなれば、横に控える彼女に対して詰め寄りたくもなる。

 その気配を察してイシュタルがサラとロバートの間に両手を広げて立ち塞がって彼女を擁護する。「これは私が選びました」と。

 大人しい娘がこれまで見たことのない強い瞳で自分にそう言えば、ロバートもそれ以上は何も言えなかった。

 着替える時間も無かったため、ロバートは渋々ながらこのまま登城することにした。


 ――これまでとは違う装いなのだから、初めて見る反応なのも当然よね。


 過去と違うものを選んだのは彼女だ。つまりは未来を変えたということと同義だろう。

 とはいえ、その後の展開が同じものだったことには少々落胆していた。

 この程度では大きな流れが変わることは無いと実感した彼女は、ラハルとの婚約が結ばれた後に巻き起こる問題への対応策を考えていると、ふと違った視点からの考えが湧いてきた。


 ――ラハル様の婚約者だから色々と問題に巻き込まれるなら、婚約者ではなく婚約者候補の一人だったら問題無いのでは?


 頭の中に閃いたその考えをさも名案だと言わんばかりにうんうんと頷く。

 傍から見ると、何の一人芝居だと思いたくなるような絵面だったが、彼女は真剣そのものだった。自分の未来がかかっていることなのだから真剣なのは当然なのだが。


 ――ラハル様と私の婚約は政略目的で、特別、私に固執しているわけではないでしょうから、きっと私の言葉を聞き入れて下さるわ!


 いったいこの根拠の無い自信はどこから湧くのか……それはわからないが、きっとうまくいくと意気込んでいた。

 目的地に着いたイシュタルは父とともに貴賓室へと通された。

 見るからに格式の高い調度品で設えられた内装は、眩暈を覚えるほどにキラキラしている。

 その室内のちょうど中央ぐらいには、これまたがっしりとした作りのまさしく重厚という言葉がしっくりくる長テーブルが置かれ、上座側には王と王子であるラハルが席の後ろに立って二人を待っていた。

 さすがの王もイシュタルの出で立ちを見て「それで来るとは思わなかった」という言葉が聞こえてきそうな表情をしたが、すぐに落ち着き払って二人を歓迎し席に着くよう促した。


 ――ふふ、反応は上々ね。これで少しは破天荒な娘という印象を与えられたかしら。


 イシュタルは王の反応を見て自分の計画どおりに進んでいると感じていた。

 ただ、腑に落ちないのは王の隣にいるラハルも驚いた顔はしていたものの、王のそれとは少し異なるものであり、しかも、今は彼女に対して何かとてもむず痒くなるような視線を向けている。


 ――なに?何なの!?そのまるで小動物にでも向けるような穏やかな顔は……


 イシュタルに向けられたラハルの顔からは何か愛しい者でも見るような印象を覚える。

 彼女はなぜ自分がそんな顔を向けられているのか、心当たりが全くないため困惑していた。

 イシュタルが一人、ラハルからの熱視線を感じている最中、いつの間にか二人の婚約についての話に入っていた。


 「それは願ってもいない話です。イーシュ、お前もそうだろう?」


 完全に上の空だったイシュタルは急に父から返事を求められ、思わず「はい」と答えそうになるが、すんでのところでその言葉を飲み込んだ。

 そして、事前に用意していた言葉を並べる。


 「私としても身に余る光栄です。しかし、この場で『はい』と答えるわけにはまいりません」


 彼女の言葉に王とロバートが怪訝な顔を向けた。

 ロバートは狼狽しながらも努めて冷静に彼女を窘める。


 「何を言っているんだ?殿下との婚約だぞ?」

 「だからこそです」

 「だから何を――」


 ロバートの言葉を王が遮った。

 自分の息子との婚約を受けることに消極的な彼女に対し、怒りや落胆などの色は一切なくただただ穏やかな瞳で見据える。


 「ゴーデンバーグ公爵令嬢、そなたは我が息子と年が同じで家は公爵位、婚約者として最適だと思っている」

 「陛下の仰ることに異を唱えるつもりは毛頭ございません。ただ、今はまだわかっていないだけで、私などよりももっと適した令嬢が現れるかも知れません。そうなった時に私と殿下の婚約は足枷となることも考えられます」


 イシュタルは目をスッと閉じて短く息を吸った。

 先に述べたのはこじつけもいいところの暴論……

 陛下の不興を買えばただでは済まないかも知れない。

 でも、それでも言うんだ。

 言わなければ何も変わらない。

 きっと大丈夫だから……


 意を決したイシュタルが目を開いた。


 「殿下の婚約者を私に決めてしまうと、王家が不利益を被る可能性がありますので、婚約者()()としてはどうでしょうか?」


 婚約者では一人に決めなければならないが、婚約者候補であればそうではない。

 これまで殿下は政略相手の私にも誠実に接して下さっていた。

 それは裏を返せば私という足枷で自由を奪われていたとも言える。

 その枷が無ければ、もしかしたら本当に愛する人と一緒になれるかもしれない。

 ラハル様には本当に良くして頂いた。

 だから、この生では恩を返したい……自由に生きてほしい。


 この婚約者候補の話は、彼女自身の長生きしたいという思いもあるが、同時にラハルへの思いも本物なのだ。

 それまで一切口を開くことなく、眼前のやり取りに対して聞き役に徹していたラハルが唐突に言葉を発した。


 「あなたの言いたいことはわかりました」


 ラハルの言葉を聞いてイシュタルは表情を明るくする。

 殿下ならわかってくださると思っていたと――

 だけど、彼女の新たな人生計画とそんなささやかな願いはラハルの手によって粉砕される。

 おもむろに席を立った彼は彼女へと近づいていき、その右手を取った。


 「でも、その申し出は許容できません。あなたには私の婚約者になってもらいます」

 「えっ……?」

 「これだけ()()()んですから、二度と手放しませんよ」

 「それは、どういう――」


 ラハルが言葉を封じるようにイシュタルの手の甲に口づけを落とす。

 思いがけない衝撃で思考が停止し、顔を真っ赤にしたイシュタルは何が何だかわからない状態に陥った。

 そうして、彼女の新たなる人生計画は出だしから暗礁に乗り上げてしまったのだった。

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