第39話 聖女様ってなんかイメージと違う
三章開幕です!
イシュタルはフローラと従者兼護衛役のアリエッタとマリエッタとともに、教会を訪れていた。
先日、アカデミーの実技の最中に発生した事故で、生徒の一人が利き腕に切断を余儀なくされるほどの大怪我を負ってしまう。
イシュタルはそれを見過ごすことができず、ラハルたちから止められていた治癒魔法を使い、生徒の腕を治癒する。
それによって生徒は腕を失うことを避けられ、事故の要因となった生徒も軽い処罰で済んだ。
ラハルは苦笑いしながらも、彼女を責めることはせず、周りには口外しないように厳命した……はずだったのだが――
――人の口に戸は立てられぬ、ということね。
教会からの召喚状には、イシュタルが使ったという治癒魔法について、聞き取りを行いたい旨の内容が書かれていた。
あの時のことが、どこからか教会の耳に入ったということを示している。
教会内の一室でイシュタルは自身の行動を思い返すと、小さく溜息を吐いた。
そんな娘の様子を心配したフローラが彼女の手を握る。
「イーシュ、大丈夫よ。何も心配することないわ」
「お母様……」
イシュタルは別にやましいことがあるわけでも、聞かれて困ることがあるわけでもない。
ただ、他の事が気がかりだった。
――私がここに来ていることを知ったら……
扉の外から足早に近づいてくる足音が聞こえてくる。それと併せて、誰かにまくしたてる少女の声も聞こえてきた。
「私以外に聖女の可能性があるってどういうことなのよ!? 何で、まず私に言わないのよ!? しかも、その女が公爵令嬢ってどういうわけよ!?」
それを聞くために私を呼んでいるのに、無茶なことを言っているなぁと、イシュタルは思いながら、その聞き覚えのある声に眉根を寄せる。
――やっぱり、来たか。
イシュタルがそう思った瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
扉の先にいたのは聖女『カトレア』だった。
あまりに勢いよく扉を開けたものだから、反動で一度扉が閉まってしまい、締まらない登場になったことは見なかったことにしよう。
「それで、何であなたなんかが聖女って話が出てるわけ?」
イシュタルたちの対面に座ったカトレアは開口一番、疑問をぶつけてくる。
その不満を隠そうともしない態度にフローラをはじめ、三人の口元が引き攣っているが、過去に何度か顔を合わせているイシュタルは慣れていた。
イシュタルの何が気に入らないのかはわからないが、カトレアはちょくちょく彼女に噛み付いてきた。
領地の教会や孤児院で好き勝手しているだの、令嬢にも関わらず武芸に勤しみ魔物と戦うなんてあり得ないだの、一番酷かったのは、イシュタルから何か不思議な力を感じるから生意気だというものだった。
「聖女カトレア、聞き取りは私の方で行いますので、どうかお静かに」
「何よ? ウーゴ司教、私が邪魔だって言うの?」
「何もそうは言っておりません。ただ、その私に任せて頂ければと……」
――これ、長くなりそうだなぁ……
カトレアとウーゴのやり取りに、イシュタルは遠くを見るような目をしてそう思っていた。
結局、その後、カトレアが途中途中で話の腰を折るので、簡単な聞き取りに小一時間を要することになった。
ウーゴが申し訳なさそうに頭を下げる。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「いえ、お気になさらず。そちらも大変でしょうから」
「そう言って頂けると恐縮です」
彼の謝罪にフローラが大人の対応を見せる。
実際、ウーゴが普段から苦労している様子は、この僅かな時間の中でも容易に想像できた。実に居た堪れない。
「本日はご足労頂きましてありがとうございました」
「それでは――」
「ちょっと待ちなさい」
聞き取りも終わったので退席しようとすると、カトレアに止められた。
相変わらずイシュタルに不満そうな目を向けている。
「イシュタル嬢、あなたには確かに聖女としての力が備わっているようね。でも、勘違いしないで。聖女はわ・た・しなのよ」
「はい。存じております」
「それなら、この力の事をこれ以上、吹聴することはやめなさい。教会にあるからこそ、正しく使われるのだから」
「それは教会の権威に踏み込むな、ということですか?」
イシュタルの言葉に場の空気が凍りつく。
おおらかで場を荒立てることのない娘から、そんな言葉が飛び出すとは思ってもいなかったフローラは、娘の顔を驚愕の表情で見る。
やってしまった――当のイシュタルは心の中でそう思っていた。
どう声をかけていいかわからないウーゴが、イシュタルとカトレアを交互に見る。
「あはっ。権威? そんなの私にはどうだっていいわ」
ややあって短く笑ったカトレアから予想外の答えが返ってきた。
「質の差はあるけど、教会になら治癒魔法を使える者が、私以外にも何人かいるわ。でも、あなたは一人しかいないでしょ。あなたが治癒魔法を使えるって周りに知られて殺到されたら、あなたの身が持たないでしょう」
「確かにそうですが――」
――ん? あれ、これってもしかして、私の事を心配しているの?
「まったく、一人ではできることには限界があるのだから、少しは身の程を弁えなさい。私からは以上よ」
「はい。それでは失礼します。聖女カトレア様」
「何よ? まだ何かあるの――」
「心配して下さり、ありがとうございます」
「なっ……そ、そんなわけないでしょ! 変なこと言わないで!」
「ふふふ、それでは」
イシュタルから予想もしていなかった感謝を伝えられ、カトレアは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
何だかその姿が可愛らしくて思えて、イシュタルは思わず笑みを溢した。
帰りの馬車の中では当然、カトレアの話題になる。
「何だか、私の知る聖女様とは大違いだったわ」
「そうよね。お母様は公務中の彼女の姿しか知らないものね」
「しかし、驚きました。正直なところ随分、口が悪いなと」
「ええ、ええ。まったくです」
「そうね。でも――」
イシュタルは別れる直前のカトレアの姿を思い返す。
「素直に言えないだけなのよ。きっとね」
そう言って穏やかにイシュタルは笑った。
邸の前に到着し、イシュタルが馬車から降りると、懐かしい声が聞こえてきた。
「こっちに来るのは初めてだから、探すのに苦労したよ」
イシュタルがハッとして声のした方に目を向けると、そこには数年前に旅に出ると言って別れたカナデの姿があった。
「カナデ!」
「ただいま。イーシュ」
「おかえりなさい。カナデ」
喜びのあまり、イシュタルは彼女に抱きつけば、カナデもそれを優しく受け止めるのだった。




