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第3話 まずは方針を決めないとね

 家族との朝食の後、自室へと戻ったイシュタルは机に向かっていた。

 これまでの生を振り返ってこれから先の人生に大きな影響を与えそうなことを思い出して書き留めることにした。


 まずはラハル様との婚約。

 これまでを考えると、正式に婚約すると命を狙われるし、解消するにしても下手をすると状況が悪くなる。

 だけど、ラハル様は寛容だからそれとなく過ごしていれば問題ないし、うまくすれば婚約解消の時に私の立場を擁護してもらえるかもしれない。

 領地の近くを根城にしている魔族は、領軍の強化を図ることを考えよう。

 前の生で特に友好的だった傭兵団長にまた助力を願えないかしら……

 ただ、目下の問題は来年の流行り病――お母様とサラが命を落としてしまう。

 今回はそんな未来を認めない。

 幸い、三回目の生で得た知識でその病気に効き目がありそうな薬草はわかっている。

 お母様、サラ……絶対に二人を助けてみせる!


 イシュタルは記憶の中から引っ張り出した重要な出来事を書き留めた後、今度は対策を考え始める。


 やっぱり領地のことを優先するべきよね。薬草の栽培も領軍強化も時間がかかることだし、ラハル様との婚約はひとまず置いておこう。

 薬草の群生地はわかっているけど、とても数が足りないから領内で栽培して薬の生産体制を整えたいところね。

 そのためには水路を整備して水質も改善できるようにしなくちゃいけない。

 かなり大規模な工事だから人を集めないとだし、そうなってくると外から工夫が沢山来るわけだから、居住区画の整備もしないといけない。


 ちょっと考えただけでもやることは山積していることがわかった。

 彼女は困っていた。

 これまでの生で正直、ここまで本格的に領の改革を考えたことは無かったため、何から手を付ければいいのか見当もつかない。

 そんな状態の彼女が頭を抱えて唸っていると、登城の支度を整えるためにサラが部屋を訪れる。

 サラは彼女の様子の悪い姿を見て一瞬、ぎょっとして目を瞠るが、すぐにいつもの顔に戻ってイシュタルに近づいて声をかける。


 「お嬢様」

 「わっ!……サラか~、もうノックぐらいしてよ~」

 「しました。しかし、お返事が無かったので確認の為にも入らせて頂きました」


 集中していたこともあってノックにさえ気付かなかったイシュタルは、突然、声をかけられた形になり、驚いて身を起こしたかと思えば、サラの姿を認めたことで脱力のあまり机に力無く突っ伏した。

 頭を抱えて唸っている彼女を見て体調が悪いのかと心配したが、今のいつもと変わらない彼女の反応を見て、サラはほっと胸を撫で下ろした。

 サラは気を引き締め直して時間が来たことを彼女に告げる。


 「お嬢様。お時間になりましたので支度をさせて頂きます」


 そのことに対してイシュタルに否やはない。

 積極的には関わり合いたくないことでも避けることのできないものはある。

 イシュタルの姿はサラの見事な手腕により、素晴らしく整えられた。

 そこに数ある中から登城するのに合わせて選ばれたドレスが運ばれてくる。

 青と白の色彩が映える明るい色のドレスは彼女が過去4回、すべての生で婚約者となるラハルと顔合わせの際に着ていたものだ。


 ――そういえば、どの生でもこのドレスだったわね……


 サラの審美眼は確かなものがあり、ドレスやアクセサリー、髪型などそれらの調和を整える技術も相まって、イシュタルは彼女にいつも任せてばかりだった。


 ――やっぱり、これまでとは違う人生を歩むためにはこういった所から始めていかないと……まさしく、千里の道も一歩からだわ!


 受け身なばかりではこれまでと何も変わらないと思い立った彼女はサラに自分でドレスを選ぶと伝える。


 「サラ。今日は大切な日だから、私が自分で選ぶわ」


 『大切な日』……私にとって過去の生と違う道を歩み始めるための初陣とも言える今日この日。

 それを飾るのはこんなふわふわしたような甘い印象のドレスではない。もっと、重厚な……覚悟の重さを現したような、そんなドレスが相応しいはず。


 と彼女はそんな風に思っているのだが、そんな重苦しい見た目では、まるで自分を色んな意味で『重い女』と言っているようなものだろう。そもそも、着飾って女性を映えさせるために作られるドレスにそんな物々しいデザインのものがあるのかどうかさえ疑わしい。

 だが、結論から言うとあった。

 重苦しいわけでも物々しいというわけでもないが、少なくとも華美という点からはかけ離れたドレス。

 深い鉄紺色を基調に胸周りはわずかに明るめの色調と金糸が飛沫のように散りばめられ、スカートは銀糸による刺繍で立体感が演出されている。


 「これにするわ」


 イシュタルはこのドレスを見つけた瞬間にこれしかないという思いを抱いた。

 彼女が選んだドレスを見てサラはわずかに表情を曇らせたが、すぐに自分ができる最高の仕事を全うするために思案を巡らせる。


 「では、お嬢様。ドレスに合う形に致しますので、鏡台の前にお座りください」


 彼女の愛らしさと気品とは不釣り合いなこのドレス、それらを繋ぎ合わせて唯一たる形へと仕上げるためにサラは全力を傾けるのであった。


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