表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻り令嬢の奮闘記~どうせ、死ぬんだから好きにやらせてもらいます~  作者: 夏風
第2章 領地は順調 病も防いだ じゃあ次は
21/67

第21話 魔石って便利ね

波乱の10歳から飛んで2年が経過します。

 慌ただしく毎日を過ごし、気付けばラハルとの婚約から2年の月日が経過していた。

 前世でフローラとサラの命を奪い、多くの領民を苦しめた病は、アシェリーたちから融通してもらった薬のおかげで大きな被害が出ることもなく終息する。

 その薬の元となる薬草の栽培量を増やすことに成功し、薬の安定供給と新薬の研究・開発、方々へ売り込み流通を確保したことで改革に費やした資金の一部を取り戻していた。


 そして、今は水路の開通と公衆浴場施設の完成記念式典が開かれていた。

 既に堅苦しい挨拶などは終わり、会場に用意された数多くの料理にみんな舌鼓を打っている。

 立食形式の今回は簡単に食べられる物を主軸に据えた。もちろん、イシュタルが作った物も並んでいる。

 彼女が手掛けたのは噛むと中からジューシーな肉の脂が溢れ出るメンチカツとホクホクのジャガイモが美味しいコロッケだ。

 これらの料理はカナデから聞いた油で揚げる調理法を参考に作った物で、初めに挑戦した頃は温度調節が難しく、焦げて真っ黒になったり、中まで火が通っていなかったりと試行錯誤を繰り返してやっと、納得できる物ができるようになった。

 それもあって、自分の料理をみんなが美味しそうに頬張る姿を見ると、何だか心が温かく幸せな気分になる。


「イシュタル様、このメンチカツというのは、肉の旨味で口の中が幸せになります」

「こっちのコロッケというのも罪深い味です――むぐっ!」


 両手に揚げ物を持って口の中いっぱいに頬張っていたマリエッタが、コロッケを喉に詰まらせたようだ。

 苦し気な声と表情の彼女の背中をアリエッタが慌てて叩く。そこへマルクスがスッと水を差し出した。

 彼から差し出された水を飲み干し、マリエッタが難局を乗り越えたかのような安堵の溜息を吐く。


「全く……あまり義姉さんに迷惑をかけるな」

「はーい。マルクス様、申し訳ありません」


 マリエッタはすぐにまたコロッケを口の中に放り込む。

 その様子にマルクスが目を眇めた。


「マリ……本当にわかっているのか?」

「わひゃってまふよぉ」

「説得力ないぞ」


 喉に詰まらせて苦しい思いをしたばかりにも関わらず、揚げ物に齧りつく彼女にマルクスが呆れたようすで頭を振る。

 そんな彼らに背を向けてゴソゴソと何かを取り出したイシュタルが不敵に笑う。


「ふふふ……マリ、それらのポテンシャルはまだまだそんなもんじゃないわよ!」


 イシュタルが二つの保存瓶を自慢気に突き出した。

 一つには黒い液体が入っており、もう一つには乳白色の半固体状のものが入っている。

 それが何かわからない三人は首を傾げた。


「この黒いのは野菜や果実の旨味を凝縮させた濃縮ソースで、こっちの白いのは卵とか油とかを混ぜてできるマヨネーズ! この二つをつけて食べればもっと幸せになれるわ」


 アリエッタとマリエッタが彼女の言に従い、それぞれの揚げ物に付けて一口食べると、目を輝かせて美味しさをアピールする。


「すごいです! それだけでも美味しいものでしたが、アクセントが付いて更に美味しく感じます」

「素晴らしいです。一生、イシュタル様に付いて行きます」

「大袈裟ね。マルクスも、はい、あーんして」

「っ! 義姉さん!?」


 マリエッタの言葉に眉尻を下げて苦笑していたイシュタルは、料理になかなか手を付けようとしないマルクスの口元にマヨネーズを付けたメンチカツを近づける。

 恥ずかしさから躊躇っていた彼も引かない義姉に観念して口を開けると、彼女の手ずからそれを食べた。


「どう? 美味しいでしょ?」


 マルクスはしきりに頷きこそしたが、メンチカツの熱さと恥ずかしさで正直のところ、あまり味はわからない。わからないが、義姉の笑顔を見てふと、幸せの味とはきっとこのことなんだろう――と思っていると、周囲が自分に向ける生温かい視線に気付いて彼は耳の先まで真っ赤に染まった。

 彼が何か言おうとするが、ソースとマヨネーズの誘惑に魅せられた周りの人々が押し寄せたことで遮られる。

 人の輪の中で困ったような顔で微笑む義姉の姿を見て、マルクスたちは顔を見合わせて笑顔を浮かべた。



 浴場開設最初の利用者はこの工事に最も尽力してくれた工夫の人たちだ。

 彼らは恐縮して辞退の言葉を口にしていたが、イシュタルに押し切られる形で、今はお湯に浸かってまったりとしている。

 鉱山近くの高い山から流れる水を街区まで引き、水車を使って汲み上げ、水と土の魔石による濾過装置を通った水は、火の魔石で一定温度に保たれている炉で温められてから送られる仕組みになっている。

 しかも、山の恵みを多く含んだ天然水はミネラルが豊富で、疲労回復だけではなく、肌や美容に大変効果が高い。


 ――領民は納税分に比例した利用料金免除を適用しよう。気軽に使ってもらわなければ意味が無いし。最初は完全に赤字経営だけど、そのうち噂が広まって利用客が集まるはず。そうすれば、開設費用などを取り返すのも難しいことじゃない。


 水を供給する水車を見ながらそんなことを考えていたら、顔がだらしなく崩れそうになりかけた時、名前を呼ばれて驚きで体が跳ねた。


「イーシュ、何をしているんだい?」

「ラハル様」


 名前を呼ばれたイシュタルが視線を向けた先にはラハルがいた。

 彼はとても男らしくなった。

 身長は伸び、元から端正だった顔立ちは雄々しさを感じさせ、体付きは筋肉が付いて逞しさを増している。

 最近では任される公務の幅が広がり、日々の忙しさが増していることをロバートの手紙から知らされていた。


「君の手掛けていた事業がやっと実を結んだんだね?」

「いえ、これはほんの一部です。まだまだこれからです」

「どういう仕組み何だい?」

「水車で組み上げた水を魔石で濾過し、炉で温めてから――って、ラハル様?」


 公衆浴場の要点を説明していたイシュタルは、自分のことばかりを見ているラハルに気付いて怪訝そうな目をして彼を見遣る。


「すまない。私の婚約者があまりに可愛すぎて」

「なっ!」


 ――何ですか! 興味があるようでしたから、説明していたのに……もう!


 イシュタルは顔を紅潮させて憤慨する。

 しかし、淑女として怒りを表に出すことはしない。それに顔を赤くしている理由は怒りからだけではない。

 ラハルに『可愛い』と言われて不覚にも動揺した結果だった。

 彼女は大きく息を吸い込んでから静かに細く吐き出せば、それとともに顔の熱が引き、心の騒めきが静まる。

 イシュタルはラハルの目を見て言葉を紡ぐ。


「ラハル様、このような場でお戯れはお控えください。それに私との婚約はあくまで政治的なもの、ラハル様が望めば、私はいつでも身を引く所存です」


 もうあなたを縛りたくない――その思いを口にすることはできないが、イシュタルはこれまで婚約という鎖でずっと縛ってきたラハルの自由を、幸せを願っていた。


「なかなか()()()な」


 ラハルが眉尻を下げて苦笑する。


 ――難しい……そうよね。令嬢除けの私がいなくなれば、また群がられる日々だろうし、都合よく愛する人が見つかるわけもない。……それに見つかっていればラハル様から婚約解消の話が出ているはずだし。


 俯き気味にしていたイシュタルの頬にラハルの手が触れる。

 ハッとして顔を上げると、思いがけず視線が交錯して胸がドキリと跳ねる。


「こんなにも思っているのに伝わらないなんて……」


 彼の悲しそうな、寂しそうな表情を見て、胸が高鳴るような感覚が一瞬で冷めたイシュタルの心が痛む。

 彼女はラハルにこんな顔をしてほしいわけではない。

 だが、現にそんな顔をさせている原因は自分にある。

 そのことが堪えた。


「うーん……やっぱり、他と一緒じゃ特別ってわからないかな。今度から君のことは“イル”って呼ぶことにするよ」

「えっ?」

「そうすれば、私がどれだけ君のことを大切に思っているかわかってくれるかな? ねえ、()()?」


 さっきまでの表情から一転して悪戯っぽい笑みを浮かべるラハルを見て、自分が揶揄われたと感じたイシュタルがそっぽを向く。

 ラハルは彼女の髪を手に取ると、口付けを落とした。

 それに吃驚しながらも、イシュタルは不服そうな顔をする。


「お嬢様、この度はおめでとうございます」

「ルカディエル様! わざわざお越しくださったのですね」

「ええ、式典には間に合いませんでしたが、開設初日はこの目で見たいと思いまして」


 不意に声をかけられた先を見れば、そこにはルカディエルがいた。

 施設の開設予定日をイシュタルから聞いていたルカディエルは、行商の日程を調節して立ち寄れるように予定を組んでいた。

 新しい事業が始まることは、彼にとってもビジネスチャンスを意味する。

 商売人の彼がこの機会を見逃すはずがなかった。


「実に素晴らしいですね。これなら外からの利用客も見込めるのでは?」

「はい。ゆくゆくはそうなればと思っています」

「では、この石鹸などはどうですか? とても香りの良いものですよ?」

「わあ、良い物ですね。いくつか頂いても?」

「どうぞどうぞ。私も道すがら方々に触れ回りますので、今後ともぜひ、ご贔屓に」


 早くも浴場を中心にした商売話にイシュタルとルカディエルは花を咲かせる。

 談笑する二人の様子を面白く無く思ったラハルが話の間に割って入った。


「失礼。イル、彼は?」

「ご紹介が遅れて申し訳ありません。彼は行商人のルカディエル・ド・ショーエン様です。ルカディエル様、こちらはエデルラント国の第一王子であらせられるラハル・エデルラント殿下です」

「ルカディエルです。王子殿下にお会いできて光栄です。以後、お見知りおきを」

「ラハルだ」


 イシュタルから紹介されたルカディエルが恭しく頭を下げる。

 それに対してラハルは短く言葉を切った。

 随分、声音も固く感じる。人当たりの良い彼にしてはとても珍しい。

 普段からは考えられない態度の彼にイシュタルが困惑気味な視線を向ける。それと同時に彼女の腰にラハルの手が回され、強く彼の体へと抱き寄せられた。


「イル、“私の婚約者の”が抜けているよ」


 そのままイシュタルのこめかみにラハルがキスをする。

 唐突な彼の行動に人前ということも手伝って、恥ずかしさのあまり彼女からはうまく言葉が出てこない。


「あ、あの……ラ、ラハル様?」

「それでは、他にも見に行くところがあるから、これで失礼するよ」

「はい。またの機会を楽しみにしております」


 ラハルは平静を装っていたルカディエルがわずかに片眉を上げるのを見逃さなかった。

 彼からはイシュタルに対する何か邪なものを感じていたラハルは、半ば強引に彼女を連れてその場を後にした。

 丁寧に頭を下げながらも、ラハルの背を見るルカディエルの目には憎悪の色が滲んでいた。

こちらももう少しで1章が終わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ