第2話 これまではどんなだったかしら
家族とともに朝食のテーブルについた。
父であるロバートが何か話しているが、イシュタルは朝食を食べながら聞き流して別の事を考えていた。
数年前の内容とは言え、さすがに5回目ともなれば全部は覚えていなくても要点ぐらいは覚えている。
――『午後から王子に挨拶をするため登城するぞ』
ロバートの話を要約するとこんな感じになる。
すでに何度も聞いて話の終着点がわかっている彼女は、時折自分に振られる言葉に対して「はい」だの「そうですね」だのを返しておけば、問題ないことはわかりきっているため、適当に相槌をしながら以前のことを思い出していた。
一回目の生は、ラハルの婚約者として励んだ日々だった。
10歳の時に婚約を結び、同い年であるラハルと穏やかな日々を重ねていく。
共にアカデミーに入学し、婚約者としてゆくゆくは王となる彼の恥とならないように、そして、支えられるように努力を欠かさず、その間もラハルは婚約者であるイシュタルのことを気遣い、優しく接してくれた。
彼女を蹴落としてラハルの婚約者の座を狙う令嬢からのやっかみや嫌がらせもあったが、公爵令嬢という立場もあり、表立ってケンカを売ってくる者は少なく、無事にアカデミーを次席で卒業した翌年、婚姻発表の祝賀会で毒入りワインを飲んで死んでしまう。
そして、気付いたら寝室のベッドの上で10歳に戻っていた。
混乱して何が何だかわからず、悪い夢でも見ていたのだろうとそう思っていた。
しかし、朝食の席での話やラハルとの婚約、アカデミーでの生活を経て、悪い夢だと思っていたことが次第に本当にあったことで、自分は過去に戻ってきたのだと実感するようになっていた。
それからはもうダメだった。
自分が最後には殺される光景がフラッシュバックしてしまう。
アカデミーで過ごす間に可能な限り、有力者とラハルが関係を持てるように働きかけ、国同士の関係や交易での優位性を保てるような方策を一緒に考えた。
そうして、彼が国主たるに十分と判断して婚約解消をもちかける。
彼ははじめこそ渋っていたが、彼女が本気だと知ると婚約解消に同意した。
しかし、父に反対されると思って、秘密裏にことを進めたのがまずかった。
激怒した父に勘当されて路頭に迷っていた時、暴漢に襲われてそのまま拉致された後、日毎、凌辱され続けて衰弱死してしまう。
それが二回目の生だった。
もう三回目にもなると、ベッドの上で目覚めた時には繰り返しだとわかっている。
それでも何か変わらないかと足掻いてみても、登城する運命は変わらない。
しかし、ラハルと顔を合わせた瞬間、彼女の目の前は真っ暗になって気を失ってしまった。
目を覚ますとそこには見慣れた自室の天井があり、外を見れば日は既に落ちかけ暗くなりつつあった。
ラハル様の目の前であんな粗相をしたのだから、もしかしたら婚約の話はなかったことになっているかもしれない――そんな淡い期待を抱き、自分の体を案ずる父におずおずと聞いてみた。
そして、彼女のそんな期待は粉々に砕け散ることになる。
――『ああ。喜べ!殿下は寛大な方でな。気にしないで婚約を結んでほしいと仰っていたぞ』
イシュタルはガラガラと足元が崩れ落ち、そのまま奈落の底へと落ちていくような感覚に陥った。
その後は何に対しても無気力でどう日々を過ごしていたかよく覚えていない。
気付いた頃には領地へと送られ、そこで自室に引き篭もるようになった。
翌年に母と専属侍女が流行り病で亡くなってしまう。
その後も部屋で本ばかり読んで過ごす毎日を送るが、母を病で亡くしたことから薬学などの本を読み漁るようになった。
だが、数年後、状況は更に悪化する。
父が病に伏してしまう。
ラハルの婚約者でありながら、アカデミーにも通わず表にも出てこない彼女のために東奔西走してきたが、過労がたたり、ついに倒れてしまった。
その後はあっという間だった。
敵対派閥の手によってゴーデンバーグ家は陥れられ、所領削減、爵位降格と没落の一途を辿り、ついには防衛手段も無くなり、魔物に蹂躙されて殺されてしまう。
四回目の生は肌で感じた魔物の脅威に対抗する術を模索した。
ひとまず、婚約を受けてほどほどに接し、アカデミーにも最低限だけ通いながら、領地で対策を練る。
領軍には期待できなかったため、初めは冒険者を雇って対処を依頼していたが、魔族が確認されたことから傭兵を雇ってあたることとなった。
初めの頃は良かった。
領軍と傭兵もお互いに歩み寄り、イシュタル自身も領民を守るために武芸の手ほどきを受けていた。
しかし、彼女が15歳になってデビュタントを終えた辺りから雲行きが怪しくなる。
それまでは協力して討伐や防衛にあたっていた両者がいがみ合うようになり、領内の治安が悪化してしまう。
そして、彼女が17歳のある日に決定的なことが起こる。
傭兵が領軍の一人を殺してしまったのだ。
こうなってはもうかばうことはできない。
傭兵との契約を解除して二度と領内に立ち入らないよう誓約させたが、イシュタルに対する領民の不信感は拭い切れなかった。
それでも、対策強化は進めなければならない。
領軍強化のために徴兵や増税をせざるを得なかったが、これが領民の反感を煽り、暴動から反乱へと発展し、私は領民を虐げたと断罪、処刑されてしまう。
――……改めて思い出してみても、碌な人生じゃないわね。
イシュタルはかつて自分が歩んだ人生を思い出し、心の中で自嘲した。
過去4回の生は全て18歳でその生涯を閉じている。
やり直しの機会があるだけ恵まれているが、贅沢は言わないからもう少し先まで生きてみたいというのが彼女の本音だった。
「――なので、イーシュ。一緒に城へ行くぞ」
「わかりました。お父様」
気付けばいつの間にかロバートの話は終わっていた。
過去の生で一から十まで聞いていた時は、本題に入るまでが長すぎて飽きが来ていたが、今回は過去の生を振り返っていたため、思いの外、短かったように感じていた。