第13話 順調と思いきや
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領地の視察を終えてから二日後、王都に戻ったラハルは力になってくれそうな人材を公爵領へ派遣してくれた。
王宮薬師や医師……はさすがに派遣できなかったのでその見習いと、彼女の教育係としてクライスラー伯爵夫人である『イリーナ』を手配してくれた。
どうやら、母のフローラとイリーナは旧知の仲であり、今でこそお互い時間を取ることが難しくなったため、会う機会も減りはしたものの、変わらず親しい間柄のようだ。
そんな彼女が自分の娘の教育係になると聞き、フローラも安心して任せられるとラハルに感謝した。
手始めに所作や作法がどのくらい身に付いているのかをイリーナに見せることになり、その結果、特に教えることは無いと判断されたので、週に一度、数時間のおさらいのみになった。
――お母様もイリーナ先生も驚いていたわね。
それも当然のことだ。
妃として相応しい品格を備えるための教育を施すはずが、それが必要ないほどに彼女は完璧だったのだから。
イリーナは彼女を見て終始驚きのあまり言葉を失っていたが、フローラに至ってはさすが自慢の私の娘と大いに喜び、空いた時間を二人でお茶をするのに充てるようだ。
そのおかげで今も割と自由に動いていられる。
薬師見習いを引き連れて薬草の栽培に適した地域を探していた。
「イシュタル様、ここ辺りの土が良さそうです」
「それでは、ここ周辺を薬草の栽培地としましょう。医療施設も近いと勝手が良いと思うのだけれど……」
「魔物が薬草の匂いにつられて寄って来ますので得策では無いでしょう」
「それなら防壁が必要になりそうね。ここの近くが無理なら、建設予定の公衆浴場付近にしましょうか」
「そこであれば清潔な水の確保も容易ですし、患者の療養にも期待できます」
「では、そのように進める方向で」
薬草の栽培地と医療施設の建設予定地に大方の目途がついたところで彼らと別れ、カナデとともに孤児院へと向かう。
カナデはここに来てから、イシュタルの護衛兼武術指南役を買ってくれていた。
そのおかげもあって、普通なら領軍の護衛をぞろぞろと引き連れなければいけないところを、実力派の彼女一人ですむのだからフットワークも軽くなるし、周囲への威圧感も無くてありがたい。
孤児院の敷地にイシュタルが足を踏み入れると、庭で遊んでいた子供たちが彼女に気付いて駆け寄ってくる。
子供たちが口々に彼女に話しかけるのを、嫌な顔一つせず相手をしてあげる。
一人娘のイシュタルは兄弟姉妹に憧れを抱いていたこともあり、自分よりも年下の子供の世話を焼くのが好きなのだ。
外から聞こえる子供たちの声が大きくなったことに気付いて院長が奥から姿を現した。
「イシュタルお嬢様、ようこそ、おいでくださりました」
「先触れも無く、急に来てごめんなさい」
院長にこれから行う領地改革についての話をする。
その中には孤児院に関係することもあり、生活環境の改善や孤児たちへの教育を考えていることを伝えた。
それに先立って何人かを公爵家で引き取りたいと言うと、院長はすぐに子供たちを集める。
先の会話の中で院長には子供たちの中から選ぶような口振りをしたが、実は既に誰にするか決めてある。
前世で起こった領内の反乱の折、中核を担った四人がこの孤児院の孤児なのだ。
反乱を主導し、自分を死に追いやった。それはつまり、それだけ優秀だと言える。
最初は怖かった。未来で自分を殺すかも知れない相手に接するのは。
だが、それはまだ訪れていない先のこと。
実際に接した彼らは本当に無邪気な可愛い子供たちだった。
自分が殺される未来を回避し、生きるために彼らを引き入れる……何とも打算的だと否定的な考えがよぎるが、同時に思うこともあった。
――亡くなった両親の代わりにはなれなくても、新しい家族になってあげることはできる。少しでも寂しさを埋めてあげられるような家族に……
「マルクス、マリエッタ、アリエッタ、カペラ……4人は明日から公爵邸で過ごしてもらいます。迎えに来ますので準備をしておいてください」
4人をはじめ子供たちは、まだ状況を受け止めきれていないようで呆然としており、院長だけが頭を下げてイシュタルの背を見送った。
次の場所に向かう道中でカナデがイシュタルに疑問を投げかける。
「どうして、今すぐ引き取らなかったの? 」
「……私の都合でみんなから引き離すのですから、これぐらいは配慮してあげませんと」
「そっか……それもそうだね」
イシュタルの答えを聞いたカナデの顔が少し曇る。
思えば、彼女は急にこの地に来ていたのだ。
以前いた場所には親や友人がいただろうし、もしかしたら恋人もいたかもしれない。
自分のことについてあまり多くを語ろうとしないため余計な詮索は避けてきたが、彼女の様子を見て聞かずにはいられなかった。
「やっぱり、大切な人を残してきたのですか? ……こ、恋人とか?」
何故か緊張して声が上ずってしまう。
ちょっと恥ずかしかったが、「いないよ」と静かに答えたカナデの顔を見て、そんな気持ちは霧散する。彼女は悲しいような、寂しいような、そんな色を滲ませて微笑んでいた。
二人の間に少し気まずい空気が流れたまま、次の目的地である斡旋所に到着する。
この時の私に言ってやりたい「気を落ち着けて冷静になれ」と。
私はカナデとの気まずい空気から早く逃げたい気持ちでいっぱいだった。
それだけに当初の目的を見失って軽率な行動に出てしまった。
彼女はある男性に声をかけた。
前世で世話になり、自分のことを色々気遣ってくれた人物、アイザックに。
「初めまして、アイザックさん。私はイシュタル。ゴーデンバーグ公爵の娘です」
「ほう……?そんなお嬢様が俺に何の用だ?」
「あなた方を公爵家で召し抱えたいと思いまして」
アイザックは顎に手を当て、少し考えた後に顔を上げて彼女を見た。
「断る!」
きっぱりとそう返されたイシュタルは予想外の答えに頭の中が真っ白になった。
登場人物が増えてきました……




