表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の続き─極北大学陸上競技部の軌跡─  作者: 灰猫
【第五章】それぞれの秋
34/51

三十三.天を翔けるが如く


 時刻は十四時ちょうど。号砲と共に、十二人の選手たちが一斉に大地を蹴って駆け出し、出雲駅伝の選手選考会がはじまった。


 号砲の直後、囃子のように鳴り響く声援の中を、宣言通りに飛び出した久蓮の声が朗々と切り裂いた。


「ついてこれる奴だけ、ついてきな!」


 息をのむ者、気圧される者、面白がる者。久蓮の言葉は、まごうことなき勝負の火種となった。

 選手たちは、一つの集団で走っている。ちらりと後ろを流し見た久蓮を倣えば、真平と翔太は最後尾につけていた。


 走り続けていると、早くも極教大の唐崎と小隈が遅れはじめた。五千メートルを十三分台ペースといえば、ついていけるのは即ち全国トップレベルだ。

 久蓮が再び後ろへ視線を送り、わずかに首を振った。「まだ耐えろ」という翔太へのメッセージだと気づいて、蒼は確信した。間違いない、この展開は翔太に勝ち目を作るためのものだ。


「随分と、余裕ですねっ!」


 あっというまに一キロ地点を通過した。後方にばかり意識を向ける久蓮に、那須がそんな声をかけた。


「そ? いつも通りだよ。キミは一杯いっぱいに見えるよ、那須」

「……、まだまだ!」


 意気込んだ那須に口角を上げた久蓮が、こちらを見て悪戯っぽく歯を見せた。瞬間、蒼は確信の雷に打たれた。


 来る……!


 一回目の勝負所。久蓮は揺さぶりをかけて選手をふるい落とし、第二集団を作ろうとしている。

 ちらりと後ろの二人にアイコンタクトをして、久蓮はぐわりとペースを動かした。一定ペースでさえギリギリの者も多いのに、アップダウンに差し掛かった途端の揺さぶりは効果抜群、一瞬で集団は縦に伸びた。

 悔しげな声を残して遅れはじめた帝北大 塩原、北市の二人は、久蓮が翔太についていけと指示した『第二集団』だ。


「さっすがやな、久蓮クン。『計画通り!』ってやつなんやろ?」

「さあ? どうだろうね」

「ほんま、よく言うわ~。ま、ええわ。お楽しみの時間やな」


 蒼の意識に、悠の声が弾んだ。


 一周目も残すところあと半分となったころ、ふと慣れ親しみつつある感覚が蒼を襲った。瞳に映した久蓮の身体から、ゆらりと青銀が顔を覗かせる。


「う、わ……」

「これが『無敗の帝王』⁉」

「ちょ、そのあだ名あんまり好きじゃないんだけど」


 長嶺の言葉に唇を尖らせながらも、どんどんと気配を強くしていく久蓮から(ほとばし)るオーラは強烈だ。「脚は?」なんて懸念は、一瞬で消え去った。


「最っ高や……っ!」


 鋭い眼光を覗かせた悠が、闘志を剥き出しにしている。純度の高い色彩(いろ)が立ち上り、目映い光景を造り出していた。

 飛び散る汗をそのままに、蒼もその景色に脚を踏み入れた。固いアスファルトの感触が、足を伝って脳天まで響き渡ってくる。きらきらと陽光を反射する汗粒も、この光景を彩るハーモニーのように感じた。


「じゃ、オレ行くわ」


 久蓮がぽつりと言ったのは、当初の宣言通り二周目に差し掛かるときだ。タイムを読み上げる瑠衣の声に口角を上げると、近所のコンビニでも行くのかと錯覚しそうな気軽さでそう言った。

 ぴったり宣言通りの八分十五秒で一周目を終えた久蓮は、あっさりギアを切り替えた。蒼が見惚れた一瞬に、その背は小さくなる。先ほどやや蒼たちから離れた長嶺と那須の驚きの声が、微かに鼓膜を揺らした。


「はははっ。ホンマ、痛快すぎるやろ!」


 呼吸を乱しながらもからからと笑う悠を見やると、視線が絡んで、背筋に電流が走った。


「ほな、戦ろか~」

「はい」


 久蓮は先を行き、帝北の二人はやや遅れている。ここからは、蒼と悠との一騎討ちだ。好戦的に見開かれた鋭い視線に、期待が込み上げる。


「やるやん、蒼クン! キミ、駅伝のときより力付けとるやんけ!」

「あなたこそ、さすがにここまでとは思いませんでしたよ!」


 一周目の久蓮を倣って揺さぶりをかけても、ペースを乱高下させてみても引き離せない。「小手先の技は通用せんで」と言われているかのようだ。

 レースも残すところあと一.五キロとなるころには、蒼はこの薄氷を踏むような攻防が、楽しくて仕方がなくなっていた。


「ごっつええ顔するやん! 皇クンが『久蓮クンの秘蔵っ子』な~んて評するワケやわ」

「あなたこそ、鏡見てから言ってくださいよ!」

「わはは、仕方ないやろ~? こんなん、楽しまな!」


 緩く会話をしながらも、激しい鍔迫り合いが繰り返されている。涼しい顔の悠だが、その額にはしとどに汗をかいていた。


 ラスト一キロ。蒼は下り坂を利用して、一段飛ばしでギアを入れ替えた。努めて腰を高く保ち、重心を前に倒して転がり降りるように坂を下る。息をのんだ悠の気配が後ろに離れるのを感覚だけで捉えて、視線はコースの先、ただ前へ──。


 不思議な感覚だった。確かにキツいのに、逸る心に呼応して身体は前へ前へと()いていく。本能の叫ぶままにその感覚に身を委ね、蒼は残りの一キロを走り切った。

 ゴールラインを割り、その場に倒れ込むのをなんとかこらえる。


「如月くん、十六分四十二秒! この一周八分二十七秒。お疲れ様!」

「お疲れ、蒼。ナイスラン」


 瑠衣がタイムを伝えてくれ、久蓮がタオルとスポーツドリンクを差し出してくれた。そのまま部員たちに囲まれた蒼は、労いの言葉でもみくちゃにされた。


「久蓮さん……脚!」


 ハッとした蒼が久蓮の膝に視線を投げると、大袈裟なほどに氷が巻き付いていた。彼の背後で手を振っている見学勢が、寄って(たか)ってゴールした久蓮を氷漬けにしたらしい。彼らの勢いに狼狽える久蓮の姿を想像して、蒼は笑いが込み上げた。


「桃谷くん!」


 瑠衣が声を上げたのは、蒼の次、悠がゴールしてしばらくしたときのこと。驚いてコースの先を見つめた蒼の視界に飛び込んできたのは、長嶺と那須を猛然と追いかける、己の同期の姿だった。


 翔太は、二人にはあと一歩及ばなかったものの、堂々の六位だ。文句無しの正選手。次いで晃、真平とゴールし、選手団八人が決定した。合宿にて全国トップのレベルを肌で感じた蒼だからこそ、思う。


北海道学連選抜(このチーム)出雲駅伝(本番)でも、強豪校相手に互角以上に戦えるんじゃないか……?」


──────

【レース結果】

一着 篠崎久蓮(極北四) 十六分十二秒(ラップ:八分十五秒─七分五十七秒)

二着 如月蒼(極北一) 十六分四十二秒(ラップ:八分十五秒─八分二十七秒)

三着 宮田悠(極教四) 十六分四十九秒(ラップ:八分十五秒─八分三十四秒)

四着 長嶺歩夢(帝北二) 十六分五十二秒(ラップ:八分十九秒─八分三十三秒)

五着 那須伊織(帝北一) 十六分五十三秒(ラップ:八分十九秒─八分三十四秒)

六着 桃谷翔太(極北一) 十六分五十三秒(ラップ:八分二十三秒─八分二十九秒)

七着 宮田晃(極教一) 十七分〇秒(ラップ:八分二十三秒─八分三十七秒)

八着 岩本真平(極北二) 十七分三秒(ラップ:八分二十三秒─八分四十秒)

九着 北市陞(帝北三) 十七分五秒(ラップ:八分二十三秒─八分四十五秒)

十着 塩原健翔(帝北一) 十七分十一秒(ラップ:八分二十四秒─八分五十秒)

十一着 唐崎琢磨(極教三) 十七分三十七秒(ラップ:八分三十五秒─九分二秒)

十二着 小隈健太(極教四) 十七分四十秒(ラップ:八分三十六秒─九分四秒)

※六着までが正選手、八着までの二人が補欠。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ