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夢の続き─極北大学陸上競技部の軌跡─  作者: 灰猫
【序 章】プロローグ
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零.始まりの季節

 『走る』という行為は、ごく単純な運動だ。けれど、単純だからこそ極限まで突きつめることは難しい。頼れるものは己のみ……そんな孤独のなかを、その身ひとつで限界の先へ挑む。そうして『その先』に辿り着いた者は、孤高の煌めきを纏うのだ。だからこそ、その煌めきに魅了され、その景色を望む者は後を絶たない。

 青年もまた、走りに囚われ煌めきを追いかけた一人だった。


 大学生活の思い出は、いつもあの日まで遡る。何度繰り返してもかならず、雪が深々と降りつもる真っ白なあの日まで──。



 二月。如月(きさらぎ) (あお)は、ひとり北海道 札幌市を訪れていた。〈北国〉という呼び名にふさわしい白銀の大学通りを、軽い足取りで進む。

 奥へ伸びる大通りを振り返ると、白レンガ造りの校舎から、二次試験を終えた受験生たちが歩いてくる。上を向く者、地を見る者。三月に控えた合格発表を待たずして、すでに彼らの表情は悲喜こもごもだ。

 人混みの中、蒼は小さく笑みを浮かべる。これはいけるとこぼした自信は、厚手のマフラーに遮られて誰の耳にも届かなかった。


 北海道 札幌市に敷地をおく極北大学は、帝国時代から連綿と続く国立大学であり、文理共に多くの学部を有する総合大学だ。愛称は〈極大〉。一学年につき千五百人ほどの学生が在籍し、蒼のように地方からやってくる者も少なくない。日本有数の敷地を誇る構内は総面積六百五十平方キロメートルと、東京二十三区がすっぽり入るほどの広さだ。


 いま蒼は、極北大学のメインストリートを歩いていた。数多の学生たちを見守ってきたこの道は、〈メンスト〉と呼ばれ親しまれている。春を告げる桜、初夏を彩る爽やかな白樺、そして秋には黄金(こがね)に輝くイチョウに彩られ、冬はこうして静謐な雪景色と、四季折々に見せる豊かな表情はフォトスポットとしても人気が高い。

 列をなして帰っていく受験生たちの雑踏に紛れながら、蒼も駅を目指していた。

 二ヶ月後のキャンパスライフに想いを馳せて息を吸い込むと、新鮮な空気と一緒に希望が飛びこんで胸を満たした。


 びゅう。

 舞い落ちる雪を従えて、一陣の風が車道のわきから頬を掠めた。若き男性ランナーだ。深みのある鉄紺色のウインドブレーカーを纏い、カラスのように艶のある髪が揺れる。なんの変哲もないジョギングのはずが、やけに目を惹いた。


 天から下がる糸に引かれて美しく伸びたその背筋。両脚は音もなく地面をとらえてしなやかに弾み、凍りついた悪路をわずかなノイズもなく駆ける。せわしい時の流れから切り離された流麗な芸術がそこに在った。


 ランナーは不意にスピードを上げ、電光のごとく真っ白な世界を駆けぬける。彼のオーラにあてられて雪の粒は真珠に変わり、茶色く濁った歩道の雪も目が眩むほど青銀に光り輝いた。


 ああ、綺麗だ。

 額に手をかざして追い続けた背中は、やがて鈍色の道のむこうに姿を消し、後を追うように薄くなっていく光の筋がゆらりと手招きをした。

 誘われるまま、蒼の胸に『あの時』かき消したはずの焔が灯る。それはじりじりと熱く、蒼を再び走りの世界へと駆り立てた。


 違う、蒼はもう走らないと決めたはず。誰も自分のことを知らない北の土地に救いを求め、走りと無関係の日常を望んでここへきたはずだ。

 今のは粉雪が見せた幻だ。

 必死で自分にそう言い聞かせてホームへ続く通路を足早に通りぬける。あふれ出る渇望に蓋をして、まっさらな『日常』を掴むために。



 今年度インターハイ陸上五千メートルの覇者・如月蒼は、確定していたスポーツ推薦を蹴り、突如陸上界から姿を消した。『あれ』から四か月。もうあんな思いはしたくないと願い新天地を目指した彼は、こうして北海道にやってきた。

 そんな彼があるランナーと出会ったのは、深々と雪が降りつもる真っ白な日のことだった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 駅伝経験者です なかなか面白い展開ですね
[良い点] あらすじが格好良い……! 改稿前が「格好良さで行間を読ませる」だとすれば、今のものは「丁寧な描写で世界を忠実に描き格好良さを表す」というような感じに思えました。どちらも好きですが、情景を…
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