人生は選択の積み重ね~占い結果は大誤算編~
この作品の中に出てくる占いにはオリジナル要素が多く混じっており、実際の占いや占い師さんの考え方と違う点があると思われます。
あくまで、フィクションとしてお読みください。よろしくお願いいたします。
小寄りの中規模の国であるフォーチュ国は、昔から占いが生活の中で活用されてきた、変わった国である。
国民は幼い頃から占いに親しみ、庶民も王侯貴族もそれぞれ占いの技術を持っていた。
どの家庭においても、子どもたちに読み書き計算を覚える前に、占いを教える。
また、初等教育で基本的な占いを覚え、自分の未来を客観的に観ることを教えていた。
『人生という道は、自分の選択の結果によって造られる。占いは様々な方向性を示すものであり、妄信的に信じる物ではない。』という信条のもと、フォーチュ国民は占いと共存しているのである。
(なんで就職が決まらないんだろうなぁ)
占いの館の待合室で、リャールは溜め息をついた。
リャールは下流貴族の三男で、今年高等学校を卒業する予定である。
だが、なぜか就職が決まらない。学業成績も優秀であり、剣術の腕もある。容姿も地味目だが、他者に不快感を与えるようなものではない。
下流貴族の三男など、ほぼ平民である。親の持つ爵位がなければ、中流貴族に婿入りするか、騎士となり一代限りの爵位を賜るか、文官として出世するしか、貴族として残れない。
最初に志望した王立騎士団では、面接官に「その筋肉は騎士向きではない」と言われた。
次に志望した文官の面接では「来年以降なら採用枠があるから、来年頑張ってね」と言われ、最近受けた大手商会では「向いてない」とはっきり言われてしまう。
(適職について占って、その通りに行動してるのに、うまく行かない!!)
自分の占いの腕は普通くらいで、当たるときもあれば当たらないこともある。そう考えて、王都で有名な占いの館に行ったのだが、当然予約がいっぱいで入れなかった。
そこで耳にしたのが、城下町にある庶民向けの占いの館の噂。どうやら、相性占いがよく当たるらしい。
(試しに、行ってみるか)
そうしてたどり着いた占いの館『マッスール』。得意な占い方法や分野が書かれた看板が待合室に置かれているので、そこから選んで受付をするようだ。
待合室の横にあるいくつかのドアの向こうに占い師が待機している方式らしい。
平日で時間が早いからか、リャールの他には誰もいない。本当に人気の占い師がいるのかと疑ってしまうくらいに、占いの館は閑散としていた。
「えーと、相性占いは……」
占い師は十名ほどいるようだ。休日にしかいない占い師もいるようだが、相性占いが得意な人は常時いるらしい。
占う方法は『手相』『占星術』『易』『人相』『カード』などの定番もあれば、『花』『亀甲』『釜』『砂』『鳥』『紅茶』『前世』『色』『果物』『動物』『筋肉』『霊感』『次元』……など変わったものも多い。一人で複数の占いが出来る占い師が多く、『占星術』と『カード』の組み合わせがよくあるようだ。
ちなみに、リャールは『カード』と『手相』で占うことが多い。『占い学』の授業では及第点が取れていればよいと、占いの腕はあまり磨いていなかった。困った時は占いに頼るが、その占いの勉強は必要最低限という、矛盾に本人は気付いていない。
(……誰が一番当たるんだ?)
迷った時は受付に聞くのがいいだろうと、リャールは「迷った時は受付頼み」と貼られたカウンターに向かうことにした。
ちなみに、自分でこっそり占った結果は「爺運良し」である。受付にいるのは小動物系の可愛い少女なのでどうにもならない。
「あの、『相性占い』をお願いしたいんですが」
リャールの呼び掛けに顔を上げた受付の少女は、自身の右胸を指差しながら笑顔で応えた。
「はぁい!目の左下に黒子のあるお客様は、黄色のドアがいいと思います!」
受付の少女の右胸には『得意な占い:人相』と書かれている、受付でも占いで案内をしてくれるとは、なかなかサービスがよい。
(黄色のドアの占い師……どんな占いなんだろう)
「あの、占い師に……お爺さんっています?」
リャールが『爺運良し』の占い結果が気になって聞いてみると、受付ちゃんはにこやかに緑のドアを勧める。
「お爺さんの占い師でしたら『筋肉占い』です!緑の」
「黄色のドアで!!!」
受付ちゃんの言葉を遮りながら、リャールは規定の料金を前払いする。
「黄色ですね!では、占い時間用の砂時計をお渡しします。部屋に入ったら占い師に渡してください。終わったら受付に返してくださいね!」
(……危なかった!!)
『筋肉占い』というよく分からない占いを断固拒否し、『人相占い』『手相』『カード』という札の掛かった黄色の扉をリャールは開いた。
「ようこそ。本日は何を占いましょうか」
部屋の中にいたのは、肩の上で真っ直ぐな黒髪を切り揃えた、神秘的な雰囲気の女性だった。
これは当たりそうだと、リャールは期待に胸を踊らせて、砂時計を占い師に渡す。
「あの、実は就職に困っていて……面接官に向いてない言われてしまうんです」
「そうなのね」
「どうしたら、就職できますかね」
「まず、あなたの『人相』から観ると、大勢と仕事することには向いていないわ」
(騎士団も文官も商会も、確かに大勢だ!)
「利き手と逆の手を見せて。……右ね。……学問や技術を極めることが向いているわ」
(……あ、だから文官の面接官は「来年なら」って言ったのかも、……そういえば俺、仕事の相性を占ってもらいに来たんだっけ)
占い師に言われたことを自分なりに解釈しながら、リャールは質問を続ける。占いたいことを、自分がはっきり意識しておかなければ結果がぶれてしまう。
「じゃあ、俺に向いてる職業ってなんですか?」
占い師はカードを取り出すと、手早くテーブルに山をいくつか作る。
「こちらから、どこでもいいので三枚引いて、表を向けてね」
リャールはその中から適当に選んで、カードを表向けた。猫が魚釣りをしているカードと、三匹の猫が本を読んでいるカード、猫が貴婦人の膝で寝ているカードが出た。
(俺の知ってるカードと違うな)
リャールの
「あら、あなたに向いている職業は『女王様の忠実な下僕』と『主夫』と『占い師』だわ」
「は?」
「女王様の忠実な下僕と主夫と占い師」
「ええぇぇぇ!なんか、占い師以外おかしいと思うんだけど!?
なんか俺の未来が奥さんに尻に敷かれてる様子しか浮かばないんだけど!?
唯一まともそうなの占い師だけど、俺そこまで占い当たらないしっ」
「あら、そうなの?じゃあ今の占いが向いてないんじゃないかしら。私も、昔は色々な占いを試してたわ。『枝毛占い』とか『蜘蛛占い』とか『揚げ物占い』とか」
「じゃあ、俺にはどんな占いが向いてるのか教えてくださいよ」
占い師の過去の占いについてとても気になったが、それよりも自分に向いている占いを聞くことにする。
砂時計を確認すると、もうあと少ししか時間がない。このままでは、せっかく来たのに何も収穫がないまま帰る羽目になる。せめて自分に向いた占いくらいは知って帰りたい。
占い師は頷き、もう一度リャールの右手を観ると、驚いたように声を上げた。
「『筋肉占い』だわ!!!」
(ん?)
なんだか、聞き覚えのある占いの名前を聞いた気がする。
「今はまだ才能が開花していないけれど、あなたに向いているのは『筋肉占い』よ!これを極めれば、この国の頂点に立つことも可能、と私の占いに出ているわ!『数字占い』もまあまあ相性いいけれど、あなたは筋肉との相性が最高なの!
『己の肉体を限界まで鍛え上げ、占う相手から受けたイメージを全身に行き渡らせ、筋肉の震えから『運命』を正確に読み取る過酷な占い』として、占い師の世界では有名なものよ!!」
(説明されてもよく分からないんだけど!!)
「まさかあなたが『筋肉占い』の後継者だったなんて!……だからオーナーが定休日だったのに、今日店を開けたのね!!」
(今日、定休日だったのか!?だから俺以外に誰もいなかったのか!!)
「きっとあなたがこの店に来たのは『運命』なのね!就職先を探していたあなたがこの店に来たのは、オーナーの後継者になるためだったのよ!」
(そんな『運命』はいらん!!やっぱり最初の店で占ってもらおう!)
砂はもうほとんど落ちてしまった。今なら自然に帰れるだろう。
「じゃあ、時間になったようなので帰ります!」
(オーナーとやらにこの占い師が連絡をとる前に、さっさと帰ろう。そんで一年間就職浪人して、文官になろう!)
ドアを開けて部屋を出ると、やはり待合室には誰もいなかった。ほっとしながら、受付に向かう。
(良かった、砂時計を置いてさっさと帰ろう)
リャールは過去を振り返るたびに、この時全力疾走をしなかったことを後悔することになる。
受付に砂時計を置いた瞬間、ぽんと肩に手を置かれ、リャールは硬直した。
先ほどの占い師との会話から、自分と接触しようとする者など一人しか思い当たらない。
(死ぬ気で逃げれば、なんとか振りきれるだろうか)
だが、とリャールは思い直す。
(たかが『筋肉占い』とかいう変な占いをしてる爺さんだろう!逃げたりする必要はない、はずだ!)
しかし、リャールには振り向く勇気はなかった。顔はいつでも準備万端に、出口を凝視している。ああ、早くあの扉を開けて帰ってしまいたいと念じるが、扉まで瞬間移動などできる訳はなく硬直したままである。
「やあ、リャール・ダイスくん!就職先に困っているそうだね!君の面接は合格だよ!!
全体的に筋肉量とか、下腿三頭筋と脊柱起立筋辺りの感覚がちょーっと鈍いけれど大丈夫!君には才能がある!
これから、この爺と一緒にみっちり鍛えていこうなぁ!」
目の前には、鍛え上げられた肉体を持った人物がいた。
老人とは決して言えないであろう、艶のある褐色の肌を輝かせ、はち切れんばかりのキレッキレの筋肉と丈の短いパンツを身に纏った、おじさん寄りのお爺さんの笑顔があった。
リャールは振り返っていなかった。回り込まれ、顔を覗き込まれてしまっていた。
さらに、正面に立たれてしまった。
(逃げられない!!)
「君の保護者の方も就職を心配していただろう!先ほど師匠として、ご挨拶してきたから安心してくれたまえ!!」
(なんでこの爺さん、俺の名前と家知ってんだ!?ってか勝手に親に挨拶とか、なに考えてんだ!)
「いや、俺は文官になりますんで」
(無視してさっさと帰ろう!)
「大丈夫!『筋肉占い師』は王室御用達で『名誉文官』として公務員扱いになるから、安心しなさい!!既に王からの許可もとってあるぞ!!」
(俺がここに来て、まだ一時間も経ってないけど!?仕事早すぎないか!?)
このマッチョ爺さんは本気で自分を弟子にする気なのだと、リャールは気付き始めていた。ここで拒否しなくては、本当に弟子にされてしまう。
「『筋肉占い』なんて、俺は絶対やりたくない!」
「何を言うんだ!君には才能がある!この国で一番の占い師になれる力がある!
君がここに来たのは、君の意志だ!君には来ないという選択肢もあった。
だが、君は君の筋肉を動かし、ここまで来たのだよ。
これを『運命』と呼ばず何と呼ぶ?
君の名前や家を知ることだって、この爺の『筋肉占い』で一瞬だったのだよ!」
流れるように目の前で決められるポージングに目を奪われる。見たくもないのに視界に入ってくる恐怖に、リャールは叫ぶ。
「『運命』なんて存在しない!占いはただの統計学だ!!『妄信的に信じる物ではない』って『占い学』の教科書にだって書いてある!」
「そうだとも、占いは統計学だ!つまり、学べば学ぶほど精度が上がる!!
君は、まだ感じたことがないだろう!自分に合った占いから得られる『運命』を読み解く感覚を!!世界の裏側を覗いているような高揚感を!!!」
「怖ぇよ!そんなの!!『運命』なんて、ただの偶然だ!」
「偶然を『運命』にするのは人間の力だ。君は人の迷いを手助けできる力を持っている。誰かを『幸せ』にすることができる。その才能を伸ばしてやれるのは、この爺だけだぞ!」
「自分の未来は、自分の力で掴むものだ!!他人に促された『運命』なんて間違ってる!!」
互いに言いたいことを言い、にらみ合いを続けること数分。決着は、意外なところで着いた。
カラーン
「ちょっと、ここに『就職先が決まっていない、結婚適齢期のそこそこ優秀なお買得青年』いるって占いに出たんだけど、いる~?」
(!?)
店に入ってきたのは、派手なドレスを着た勝ち気そうな顔立ちの若い女性で、持ち物から察するに身分は高そうである。女性は受付の前にいる二人に目を留めると、リャールに近付いてくる。
「あら、あなたいいじゃない。鍛え甲斐がありそうだわぁ、うちにいらっしゃい」
にこり、と至近距離で微笑まれ、リャールはたじろいだ。
「あ、えっと……俺、ですか?」
「ええ、あなた。うちに就職しなさい」
(この人、すっげぇ美人なんだけどっ!!……なんか、恐い!)
逆らうことを許してくれなさそうな、歳上美人の気迫に圧倒されているリャールの前に、美しい筋肉が立ち塞がる。
美しさの質が違うので比べてはいけないのだが、いきなり目の前が筋肉の壁になるのは出来れば止めていただきたいとリャールは思った。
「駄目だ。彼はこの爺の弟子になるんだからな!」
「マッスール伯、邪魔をしないで!
あなただって私の事情を知っているでしょう。私には配偶者が必要なの!私にとって都合のいい、役に立つ人材が欲しいの。
……まさか、私の獲物を横取りする気なの?」
「ようやく見つけた『筋肉占い』の後継者なのだよ。彼は才能がある!彼がこの占いを極めれば、この爺すら超える占い師になれるはずだ!」
「確かにあなたの占いは当たるわ。でも、決めるのは……彼よ」
女性はリャールを爺から引き離し、彼の地味寄りの普通の顔に手を添えて、支配者の顔で問い掛ける。
「さあ、選びなさい。あなた自身が、あなたの『運命』を」
(誰か、誰か助けてくれ――)
前門の虎、後門の狼。
正面の支配者系女性、背後の筋肉爺さん。
いつのまにやら、リャールの運命は二択に絞られてしまっていた。さっきまで熱く爺さんに、自分の運命は自分で切り拓くみたいなことを言っていたが、無理そうである。
リャールは、適職を知ることができたし、就職先候補も見つかった。
そういう意味では『爺運良し』は、確かに間違いではなかったかもしれない。何が正解になるのかは、きっと人生の終わりぎりぎりまで分からないのだろうが。
「俺、は」
だが、一つ確かなことは、占いを信じて行動するのも、占いを信じないのも自分の選択であり、自分で決めたことなら人に文句は言えないのだ。
「今すぐには決められないので、一旦持ち帰って検討させてください!!!」
リャールは、一時退却を選択した。
彼の選択が、凶と出るか吉と出るかは、……まだわからない。
なんで、こんなに字数書いちゃったんだろうと思うレベルで、字数が増えた作品になりました。
占い大好きです!色々なものをさらっと勉強しましたが、難しいですね。何事にも、才能と努力の両方が必要だと思います。
お読みいただき、ありがとうございました!
よろしければ、過去作品も読んで頂けたら嬉しいです(個人的には、古い作品がオススメです)