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第六話(エレナ視点)

 アリシア姉様は真面目で気立ても良く、お優しい方ですが、妹のわたくしから見てどうにも危なっかしい方でした。


 もう覚えているかどうかも怪しいですが、幼少期なんてわたくしを虐める子を公爵家の娘だと知りながら蹴飛ばしたり、王宮では溺れている王子様を何も考えずに川に飛び込んで助けたり――見返りを求めずに、何の計算もせずに正しいと思ったことを行う、昔からそんな方なのです。


 わたくしは幼少の頃から周囲の人間の悪意に人一倍敏感だったのか、人を簡単に信じられない人間でした。

 

 だからこそ、アリシア姉様が危うく見えていたのです。

 この方はいつかと言わず、近いうちに悪い男性に騙されたり、嫌な女に嵌められたりしないか、それが心配でならなくなりました。


 わたくしが出来る限り、姉様を守ろう。

 彼女に擦り寄る男がいれば口説き落として適当に捨て去り、彼女を悪く言う女がいれば共に悪口に花を咲かせて地獄に落とす。

 頭はあまり良さそうに見せてはなりませんね。警戒されますから。

 

 その日からわたくしは自分を偽ることを徹底しました。姉様の露払いをするために……。


 決して姉様に悟らせてはなりません。お優しい、アリシア姉様はわたくしがそんなことをしていると知ればきっと悲しみますし、何よりもわたくしが勝手にやってることなので彼女の気を煩わせたくありませんから――。


 ◆ ◆ ◆



「アリシア姉様は真面目すぎてつまらない方ですから、今日のパーティーでも殿方は一人も側に寄りませんでしたね」


「エレナ……、あなたの周りは賑やかで楽しそうですね。きっと縁談も多いのでしょう。誰とも婚約しないのは私の順番を待っているからですか?」


 はぁ、パーティーは疲れます。

 姉様は気付いていませんが、彼女は男たちからそれなりに注目を浴びています。

 大人しくて、口下手ですが、それが淑やかに見て取れて顔も薄化粧が逆に栄えるくらいに整っていますので、彼女に声をかけようと近付こうとする男は最近特に多いのです。


 まぁ、声をかける前にわたくしがそれを察知して先手を打つのですが……。

 


「今日もお疲れでしたねぇ。エレナお嬢様」


「楽しそうな顔しないでもらえますか? ビンセント」


 さすがに一人じゃ情報も集められないし、姉様を守ることも難しいから、わたくしは信用のおける二人にだけ秘密を打ち明けています。


 一人は執事でわたくしの世話係の一人でもあるビンセント。

 元々は王宮で王族の護衛をしていたのですが、足を怪我してからは引退。

 諜報みたいなこともしていたらしく、情報収集もお手のもの。


「エレナ様~~! またまた、縁談が来ていますよ~~! さっきまでアリシア様が好きみたいなオーラを出していましたのに、薄情ですね~~!」


「シーラは少しは小さな声で話す努力をしてください」


 そしてもう一人の世話係でメイドのシーラ。

 秘密は守ってくれるし、言われたことはキチンとこなすから、信用はしているけど声が大きいことがたまにキズです。


「でも~~! 私たちの警戒をすり抜けて~~! チャルスキー侯爵家の嫡男であるヨシュア様がアリシア様に求婚されたみたいですよ~~!」


「「――っ!?」」


 あら、いつかはこうなる日が来るかと思っていましたが、遂に現れましたか。

 アリシア姉様に求婚される身の程知らずが――。

 いえ、身の程知らずかどうか判断するのは少しだけ探りを入れてからにしましょう――。

 

 ◆ ◆ ◆


 アリシア姉様に求婚したというのはチャルスキー侯爵家の嫡男、ヨシュア。

 侯爵家の跡取りが姉様に縁談を持ちかけたということで、お父様も舞い上がっていますわね。

 乗り気になるのは無理ありません。姉様への縁談話はわたくしが未然に防いでいたのですから、これが初めてのことなのです。


「エレナ、ようやく私にも縁談が来ました。あなたが気を遣って自らの縁談を受けずにいたかどうかは、分かりませんが……」


「良かったではありませんか。わざわざ数ある女性の中からアリシア姉様を選ばれるなんて、ヨシュア様は奇特な方です」


「そうかもしれませんね。……だからこそ、この縁談は大事にしようと思います」


「…………」


 そんな顔をされないでくださいな、アリシア姉様。

 何だか、わたくしが今まで色々と工作していたことが途轍もなく大きなお世話だった気がしてきました。

 アリシア姉様の幸せが遠ざかるのなら、余計なことはしない方が良いのでしょうか。


 チャルスキー侯爵家は名門ですし、そこの跡取りと結婚となれば姉様の一生も安泰――。


「エレナはどのような方と結婚したいと思っているのですか?」


「……別に姉様には関係ないでしょう。まぁ、わたくしの言うことを何でも聞いて、絶対的な権力を持っており、個人の能力もわたくしが求める水準に達していれば、考えてあげてもよろしいですかね」


「あなたは相変わらずですね。それがエレナの理想なら口出しはしませんが……」


 アリシア姉様、またそのように悲しそうな顔を。

 ご心配されなくても、エレナは好きに生きております。あなたが幸せなれるのなら、わたくしは幸せを感じることが出来ますので。


 そろそろ、潮時かもしれませんね。


 ヨシュア・チャルスキーにアリシア姉様を任せられるのなら――。




「ヨシュア・チャルスキー様についての調査報告~~♪」


「エレナお嬢様の命じられたとおり、いつも以上に徹底して調べて参りました。その結果――」


「ヨシュア様は~~! 控えめに言って、ゴミクズレベルの殿方で~~す!」


「――っ!?」


 いつものようにだらしない笑顔を浮かべながらシーラはヨシュアへの評価を下します。

 どうやら、潮時はまだ先のようです。ヨシュア・チャルスキーはアリシア姉様に相応しくない――そう結論付けられたとき、わたくしは拳を強く握り締めました。


「シーラ、君の言い回しは下品ですね。お嬢様が引いていらっしゃる。一から説明しましょう」


 ビンセントは書類を片手にヨシュア・チャルスキーについての調査報告を開始しました。

 曰く、王立学園でトップの成績を取るために成績優秀者の妨害を町のゴロツキに金を握らせて行わせたことから始まって、気に入らない者たちへの嫌がらせは日常茶飯事に行っているみたいです。


 なるほど、このあたりの交友関係は万が一逆恨みをされたときを想定して封じておくことも含めて押さえておかなくてはなりませんね……。


「さらに、マーシャル子爵家の次女、エルノブケル男爵家の三女は彼の子を出産したのでは、という疑いがあります。決定的な証拠は見つかりませんでしたが、両家はヨシュアの手の者に脅されているみたいです」


 へぇ、そんな悪事も働いているのですか。

 そして、素知らぬ顔でわたくしの姉様に近付いている、と。

 ふふふふ、良い度胸ではありませんか。ヨシュア・チャルスキー……、あなたは地獄落ち確定です。


「どうします? お嬢様。既に縁談はまとまり、アリシアお嬢様はヨシュア様の婚約者となられておりますが」


「関係ありません。そんな軽薄な男、わたくしが落とせぬはずがありませんから。せいぜい、良い夢を見せて差し上げますわ」


 それが悪夢と気付いたときは、もう遅いですが――。

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