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第五話

 ああ、エレナの婚約者を廃嫡まで追い込んでしまいました。

 あの子に仕返しをするつもりは無かったのですが、アルフォンス殿下に黙っている訳にもいかず……。


 どうにもエレナと顔を合わせるのが気まずいです。


「あら、アリシア姉様、随分と顔色がよくありませんのね。どこか体調が悪いのですか?」


「――っ!? え、エレナ、今日は出かけるとお父様から聞いていたのですが」


 窓から外を見ていますと急に背後からエレナに声をかけられて私はびっくりします。

 今朝、父から彼女は大事な用事で出かけると聞いていたのでこんなにも早く帰ってくるとは思わなかったのです。


「大した用事で出かけた訳ではありませんの。ヨシュア様と正式に婚約を解消してきただけですから」


「――っ!? そ、そんなの、あなたが直接行かなくても良いではありませんか」


 平然とした表情でエレナはヨシュア様と婚約を解消した話を私に伝えます。

 まさか、彼と直接会って話し合いなどするとは思いませんでした。

 ヨシュア様の口ぶりから逆恨みするタイプにも見えましたし、そもそもエレナの本性に対して怒っていたのですから。


「まぁ、念のため……ですわ。ヨシュア様がか弱いわたくしに逆恨みされて、面倒を起こさぬように多少強めに脅しをかけておきましたの」


「お、脅しを……?」


「あの方、質の悪い連中と付き合いがあるみたいでして、わたくしがその繋がりを侯爵様に伝えたらどうなるのか、イチから教えて差し上げましたわ」


 ヒラヒラと彼女が懐から取り出したのは、密偵からの調査報告書みたいでした。

 そこにはヨシュア様の交友関係がびっしりと記載されていて、隠し子の存在の仄めかしまで書かれています。


「ですから、先日、申しましたの。外れ男だった、と」


「…………」


 恐ろしい子だと思っていましたが、ここまでするなんて……。

 ヨシュア様もお気の毒です。この子を敵に回したのですから。


「アリシア姉様もお気になさらずに。どちらにしろ、あの男はわたくしから切るつもりでしたから。こちらが有利な条件で」


「しかし、あなたは侯爵夫人になれなかったのですよ。嫌な気持ちはしていないのですか?」


「嫌な気持ち? たかが侯爵家の嫡男との縁談がダメになったくらいで、このわたくしが? ご冗談でしょう。わたくし、王子様の元に嫁ぐことに決めましたので悪しからず。やはり、それくらいでなきゃ、わたくしと釣り合わないと気付きましたの」


「――っ!? エレナ、あなたまさか……」


 ニコリと不敵に笑うエレナの顔は獲物を狙う獣のようにも見えました。

 この子、まさか今度はアルフォンス殿下に――。


 そんなこと大胆なことをするはずがないと言い聞かせていたのですが、嫌な予感は当たるのが世の常。

 エレナはアルフォンス殿下に接触を試みたようでした――。


 ◆ ◆ ◆



 「昨日、君の妹のエレナと会ったよ。君のことで話があるって。どうやったのか、僕の護衛を通じて手紙を送ってきてね」


「えっ……?」


 ヨシュア様と婚約解消をしてから、一週間ほど経ったある日……私はアルフォンス殿下と食事をしていました。

 彼は妹のエレナと会ったという話をします。

 それも、本当にどうやったのか分からない方法でアルフォンス殿下と連絡を取って。


「最初は気持ち悪い演技がかった甘えたような口調で君の悪口を言っていた。真面目すぎるとか、冗談が通じないとか、世間知らずだとか、ね」


 エレナは私の悪口をアルフォンス殿下に吹き込むために殿下に接触したみたいです。

 やはり王子様と結婚したいと口にしたのは、アルフォンス殿下をも奪おうとして……。

 

 私は殿下の話の続きを聞くことが怖くなってきました。


「僕は“そんなことは知っている。だから好きなのだ”と答えたよ。もちろん、それ以外にも魅力は沢山あるけどね」


「アルフォンス殿下……」


「そう答えると彼女は不敵に笑った。王子の婚約者になると嫉妬や羨望から、嫌がらせをされたりするかもしれないし、精神的な重圧に君が耐えられないかもしれないと忠告して……自分を婚約者にすれば、誰もが納得できるように振る舞ってみせると言ってのけた」


 あの子、なんてコトをアルフォンス殿下に……。

 しかし、ヨシュア様のときと違い……そんなにはっきりと私に取って代わろうとするのですね。

 アルフォンス殿下のことは信じていますが、あの子のほうが私よりもきれいですし……。


「こんなことまで君に言うつもりは無かったんだけど、僕は君の家族についてある程度調べているんだ。もちろんエレナのことも……」


「――っ!? で、ではエレナが普段から……」


「ああ、普段から本性を隠して男の気を引こうとしていることも知っている」


 なんということでしょう。アルフォンス殿下がエレナの秘密を既に知っていたなんて……。

 確かによく考えてみれば、王族が婚約者にと考えている人間の身辺調査をしないはずがありませんでした。


「まぁ、そんなことを知らなくても君の代わりなんて誰も居ないから、エレナの言葉などに耳を傾ける気はなかったんだけど……。僕は何を犠牲にしてもアリシアだけは守るつもりだから――」


「エレナが大変失礼なことを。なんとお詫びを申し上げれば良いか」


 アルフォンス殿下の言葉に私は妹の非礼を詫びます。

 あの子はなんと失礼なことを……。殿下を怒らせでもしたら、どうするつもりだったのでしょうか。


「アリシア、安心してくれ。僕は君の妹に憤りなど感じていない。調べる途中で彼女のもう一つの理由を知ってしまっていたから」


「もう一つの理由?」


「……ああ。だからこそ、僕の言葉を聞いた彼女は嬉しそうに笑った。そして“合格”と呟き……、“姉を不幸にしたら許さない”と言葉を残して去って行ったんだ」


「――っ!?」



 ◆ ◆ ◆



「エレナ! あなたは――今まで、私に隠れて何をしていたのですか!? あなた、ずっと私のこと――」


「あら、アルフォンス様ったら。余計なことまで話してしまわれたみたいですわね。何ともお喋りな方です。――ですが、アリシア姉様の質問には答えるつもりはありませんの」


 アルフォンス殿下から聞かされた事実は、彼女が可愛げのある女を演じつつ、私に近付こうとする問題を抱えている男性をずっと追い払っていたということ。

 私の知らないところでも縁談に発展しないように握りつぶすようなことをしていたらしいのです。


「――勝手にわたくしがしたことです。アリシア姉様が気にすることではありませんわ」


「気にするに決まっています!」


「ですが、わたくしが姉様に構うのはこれが最後です。明日から隣国に留学に行ってきますから」


「り、隣国に留学……? な、なぜ、そのようなことを急に……?」


 唐突に留学などと口にする私は驚いてしまいました。

 この家から出ていくなんて、そんなことは聞いていません。


「ふふ、当たり前のことを聞かないでくださいまし。……隣国の王子様と結婚するためですよ。それくらいの殿方でなくては、わたくしと釣り合いませんから。姉様もヨシュア様などではなく、ご自分と釣り合う男性と一緒になれて良かったですわね――」


 そう言って、あの子は爽やかに笑いました。

 

 そして、父には話を通していたらしく、翌日には本当に隣国に旅立ってしまいます。

 何ということでしょうか。私は妹について何一つ知らなかったのです。そう、あの子の本性を――。


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