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第一話

 どの男性もそうだとは申しませんが、女性に純粋さとか透明さを過剰に求める方がいます。


 内面の可愛らしさと言いましょうか、そういった面に惹かれるという方をよくお見かけするのです。


 もちろん、心の美しい方が男女問わず多くいらっしゃることは間違いありませんし、そういった方を好むこと自体を否定するつもりはありません……。


 しかし覚えておいて下さい。中には演技をする方もいるということを。


 前述したように純真無垢な所に惹かれる男性が多いことを知っていて敢えてそんな自分を演出している女性がいることを。


 何を隠そう私の妹のエレナがそうでした――。


「あーん、転んでしまいましたわぁ」

「えーん、間違えちゃいましたぁ」

「わたくし、迷子になってしまいますぅ」


 エレナが外にいるときは大体こんな感じです。

 彼女はふわふわとした感じでどこか頼りない印象を周囲に与えています。

 男性はそんな彼女が放っておけないとして、常に身の回りで何かと世話を焼いていました。もちろん、使用人もいるのですが……。

 

「アリシア姉様、見ましたか? ヨシュア様のあの間抜けな顔を。傑作ですよねぇ。ちょっと甘えたら、『俺が守ってやる』なんて義務感に浸っちゃって」


 屋敷で二人きりになると、エレナは私に男性が如何に馬鹿な生き物なのかと得意気に説明します。

 弱い女性の方が男性の「守ってやる感」をかき立てられてモテるだの。自分に酔ってる男性は行動を操るのが楽だの。

 そんな講義を毎回するのです……。


 まぁ、多少の鬱陶しさはありましたが、何も言いませんでした。

 彼女はその持ち前の演技力で父に溺愛されていましたから、私の言うことなど聞かないですし、何なら見下していましたから。

 

「まっ、姉様は不器用な方ですものね。可愛く生きるなんて無理なのは分かっています。ですから、わたくしが貰ってあげますよ。ヨシュア様を――」


 ですが、流石にこれは堪えました。

 あの子は数ある求婚をすべて断り――わざわざ、私の婚約者のヨシュア様を奪ったのです。


 あの日、私はヨシュア様と彼にもたれて腕を組んでいるエレナに呼び出されました。


「アリシア、お前は強い女だ。恐らく自分一人でも何でも出来るし、素晴らしい人だと思う」


「ヨシュア様……?」


「だが、このエレナは俺がいなきゃ駄目なんだ。だから、俺はエレナを守りながら添い遂げたいと誓った。悪いが婚約破棄させてもらう!」


 ビシッと格好を付けているヨシュア様の顔は何度も見たことがあるパターンでした。

 なんせ、妹のエレナに近付く男性は皆さんがあのように義務感に酔ったような顔をするからです。

 

「ヨシュア様、聞いてください。妹のエレナは守ってあげたいとか、そんなタイプの子ではありません。彼女はそうやって男性を――」

「ふぇぇぇぇん! ヨシュア様ぁ! アリシア姉様が、怖いですぅ!」

「アリシア! 君は裏で妹をこっそり虐めていたようだな! 俺はお前のような裏表のある人間は大嫌いなんだ! だから、エレナみたいな純粋な子が婚約者に相応しいと思った!」


 私が堪らなくなり、妹の本性を話そうとすると……ヨシュアはエレナに泣きつかれて怒鳴りました。

 どうやら、私がそうやって反論することも見通して根回ししていたみたいです。

  

 ……裏表がある人間が嫌いですか。

 そんな人間が隣にいるにも関わらず、彼はエレナの頭を撫でて幸せそうな顔をしていました――。


 

 ◆ ◆ ◆



 まさか妹のエレナに婚約者を奪われるなんて思いもよらなかった事です。

 何故なら、彼女に求婚する男性は沢山いましたから。

 持ち前の可愛らしい容姿と普段の立ち居振る舞い――エレナを是非自分の妻にという男性は多く、父もどの縁談にするのかと上機嫌そうに彼女を急かしていました。


 ですから、分かりません。わざわざ私の婚約者であるヨシュア様を奪おうとした訳が。


「何故、このような事を? エレナ、あなたにはヨシュア様でなくても沢山の縁談がありましたのに」


「勿体ないと思ったからですわ。ヨシュア様、侯爵家の跡取りになったと聞きましたし。将来の侯爵家を担う殿方の妻にアリシア姉様では不釣り合いですもの」


「そ、そんな理由で……?」


 不敵に笑うエレナは私にヨシュア様は勿体ないという理由で奪ったと答えました。

 確かに彼は侯爵家の嫡男でゆくゆくは家を継ぐとのことですが、その妻に私が似合わないなんて酷いことを言いますね……。


「アリシア姉様は、アリシア姉様に相応しい方の妻になるべきだとわたくしなりに気を利かせたつもりでしたのに。どうやら、不評みたいですわね」


「あなたという子は!」


「恨むならわたくしではなくて、間抜けな顔を晒したヨシュア様を恨むべきでは? あの方、簡単でしたわぁ。ちょっと甘えたら、コロッと靡いて……拍子抜けしちゃいましたの」


 私はエレナのあまりの言動に頭に来てしまい彼女を睨みつけると、彼女はヨシュア様を嘲笑い、彼を恨むべきだと主張します。

 まるで、エレナに乗り換えたヨシュア様が全面的に悪いと主張するように。


「まぁ、せいぜいアリシア姉様も自分の身の丈に合った殿方を見つけて下さいな。わたくし、姉様の幸せを心から願っておりますから。怖い顔をしていますと幸せが逃げますわよ」


 勝ち誇ったかのように、エレナは私の元を去ります。

 父は数ある縁談を全て断らなくてはならない事に少し苦言を呈したらしいのですが、私の婚約者を奪った事は結局不問となり、エレナは正式にヨシュア様の婚約者となりました。


 私は何故か侯爵家に嫌われて婚約破棄された女だというレッテルを貼られて、良い縁談などには恵まれない。

 そう思っていたのですが――。


「アリシア、ちょっと来なさい。お前、アルフォンス殿下と何かあったのか?」


「いえ、何もありませんが。去年のパーティーで話したきり、会ってもいません」


 父はこの国の第二王子であるアルフォンス殿下について言及します。

 彼は今年で17歳になるのでしたっけ。そういえば、殿下がまだ小さかった頃、一緒に遊んだ記憶があります。


「いや、殿下はとっくの昔に許嫁がいるものだと思っていたのだが……。お前が婚約破棄されたと聞いて、縁談を持ちかけられているのだ。どういうことなのかさっぱりだよ」


 アルフォンス殿下が私に求婚している?

 父が困惑するのも無理はありません。これはどういうことなのでしょう――。



 ◆ ◆ ◆



 信じられません。あのアルフォンス殿下が私に求婚なさるなんて。

 父も同意見みたいで、私に思い当たる節はないのかと尋ねますが……それが全くないのです。


 ですから、これからアルフォンス殿下と会うことが怖くて仕方ありません。

 勘違いだったと言われそうで……。

 ヨシュア様に裏切られたことも相まって軽く男性不信に陥っているのです。


「おおっ! アリシア! よく来てくれた! 久しぶりだな!」


「アルフォンス殿下、ご無沙汰しております」


 私が殿下との会食に訪れると彼は立ち上がって笑顔を見せました。

 銀髪に紺碧色の綺麗な瞳。相変わらず、女である私が嫉妬してしまいそうな容姿です。

 だからこそ分かりません。この方がこの歳まで婚約者の一人も居なかったことが。


 恐らく妹のエレナどころではないくらい引く手あまただったでしょうに。

 伯爵家の娘に過ぎない私よりも家柄も容姿も良い娘が沢山いる中、私を選んだ理由に心当たりがありません。

 

「あはは、何故僕がいきなり求婚したのか意味が分からないという顔だね。やっぱり忘れちゃったんだ……。まぁ、座ってくれ」


「アルフォンス殿下……?」


 殿下は私が挨拶すると、椅子に腰掛けるように声をかけましたのでそれに従います。

 私が疑問を抱きつつこの場に現れたこともご存じのようですが……どうやら私は何か大事なことを忘れているみたいでした。


「十年前だったかな。僕が城門付近の小川に落ちて溺れかけた事があっただろう? まだ8歳だった君は勇敢にも川に飛び込んで、僕を助けてくれた。世話係がちょうど目を離していた一瞬の出来事だった訳だが」

  

 あー、それならば覚えております。

 ちょうど父の用事で王宮に行ったときに目の前でアルフォンス殿下が川に落ちたのを見て、泳ぎに自信があった私は無我夢中で飛び込んで彼を助けました。

 もっとも、その後……私も無謀なことをするなと父に叱られたのですが……。


「ええ、覚えております。あの頃は私も子供でしたから、危険な事をしたと大人の方に随分と怒られたものです」


「その後のことは?」


「そ、その後ですか?」


「ほら、十年後に結婚しようって約束したじゃないか。君が父親に頭を叩かれて泣いているときに」


 ……全然、覚えていません。

 多分、あまりにも父に頭を叩かれてショックだったのか、泣き喚いていてそれどころではなかったのでしょう。

 もしかしたら、何を言われても「うん」と答えていた状態だったかもしれません。


「覚えて……、いないよね。実はそれが怖くてそれからパーティーの席で君と会っても確かめられなくて……。君が別の人と婚約しちゃったものだからさ。焦ったよ」


 アルフォンス殿下は気まずそうな顔をして、私に結婚の約束を確かめられなかった理由を話します。 

 すみません。忘れてしまったというより、約束をしたという感覚がありません。

 これは、さすがに身を引いた方が――。


「だけど、君が覚えていまいが、覚えていようが関係ないんだ! 僕が君のことを好きだから! 頼む、僕と結婚してくれないか? アリシア!」


 私が口を開く前にアルフォンス殿下が熱烈にプロポーズの言葉を放ちます。

 あまりの迫力が伝わったのか、私は気付けば首を縦に振っていました――。

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