経歴書に、神ってのせれます?
たぶん俺はブラック会社に退職届をだしたあとに神になったのかも知れない。
「回復魔法あんじゃん!」
男の神官が謎の言葉を歌うように唱えると、俺の体の傷はきれいさっぱり消え去った。
石の台座から起き上がると、青い空、見慣れた遺跡、神殿の中が見える。どうやらダンジョンからは戻ってきたようだ。
リーナが俺に巻いた包帯と服についた血の跡だけが、さっきまでどんだけ大怪我していたかを物語っていた。どうでもいいけど、たぶん傍からみたら、俺の格好はスゲーやばい中二病のコスプレにしか見えない。
「ごめんなさーいっ!ごめんなさーーいっっ!!」
リーナは半泣きになりながら、その言葉を繰り返す。さっきから胸が頭に当たっているだか、めちゃくちゃやわらかい。いやちがう。騙されるな俺。
「離れろ。人殺し」
できるだけ瞳に憎しみを込める。
一度やらかした相手は、ビビらせないと、またやらかす。これは教育的指導だ。
リーナの大きな瞳から、大粒の涙が滝のように流れ出す。
なんでヤラれた俺のほうが罪悪感に苛まれないといけないんだ。
「……リーナ、悪くないもん!神様のバカ!」
まるで漫画のワンシーンのようにリーナは走り去ってしまった。
ため息とともに男神官が口を開ける。
「神。貴方が悪いんですよ。勝手に楽園を抜け出して……殺されても仕方のない行いです」
「は?何言って……」
呆れ果てている俺に男神官は話つづけた。
「神は、楽園に住む者と言ったでしょう?」
確かに、それは聞いた覚えはある。
「神は、決して人間界に行ってはなりません」
「俺、神やめたから。オッケーだろ!」
「神をやめることなど、出来ません!!!」
こんなに怒っている男神官の顔を見たのははじめてだ。いままでは会話をしていても、決して視線を合わせてくれなかったのに。
「神は、辞められない?」
「はい」
ここまでキッパリと真顔で言われるとニガ笑いもできない。
「貴方は、楽園で暮らすのです」
一生、死ぬまで、こんなツマラナイ場所で?
チラつく映像は、きっとまた前世の苦い記憶だろう。
「違う……」
「どんなブラック会社でも………
退職する権利は全社員にあるゔぅ!!!!!」
俺は猛ダッシュで、地下ダンジョンに入る場所に向かった。
走りながら、楽園に住めるならブラック会社ならぬ神会社じゃないか?とも思ったが、まあ、辞めるんだからどっちでも構わないか。
楽園を一直線に走り地下ダンジョン一階に降りる階段入口についた。
入口から差し込む微かな光と階段の壁だけを頼りに階段を降りていく。
ガサゴソと不気味な音がする度に背筋が凍りつく。
ここは、こんなに恐ろしい場所だったか?
「アカシ、モッテナイ」
妙な声が聴こえて、俺は振り返った。
その後の記憶はもうない。
「神よ。お戯れは、ほどほどになさってください」
「………わかりました。反省します。逃げません。おねがいします。開けてください」
たぶん、俺は今どこかに閉じ込められている。
目が覚めたとき既に、両手両足は壁の様なものに阻まれ動かすことができなかった。
唯一、顔の半分に隙間から入った外の光がかかっている。そこから、男神官の能面のような顔が時々覗きこんでくる。
おとなしい優等生の返事をしないと、男神官に隙間を全て閉じられてしまう恐れがある。
「神としての威厳を決してお忘れなきよう」
石の蓋が大きな音を立てて開かれる。入れられていたのは石の棺。死んでもいないのに、これは酷い扱いだ。労基があったら訴えてやる。
男神官はその細い体のどこにその力があるのか、俺を抱き上げ、石の台座の上に乗せた。
「先程はリーナがついていたから、他の魔獣が襲って来なかっただけです。もうニ度とこのようなことは、なさらないでください」
そのリーナに殺されそうになったのにな、とツッコミ入れそうになったが、神官の必死な顔に思い留まる。
こいつ、眉間に皺寄せててもイケメンなのな。
片膝を立ち、両手を俺の手に重ねる姿は、鎧を着ていたら、まるで、アニメで見た君主に誓いを立てる中世の騎士のようだ。
「鍵は返して頂きました。楽園について知りたければ、神殿の書物をお読みなさい」
耳元に神官の低い声が響く。
「次にダンジョンで貴方を見つけても、足の治療は止めておきましょう。動けなければ、逃げようがありませんからね」
ゾワッと全身に鳥肌がたつ。
微笑む男は、目が笑ってはいなかった。マジだ。マジな忠告だ。
「我が愛しの神に、栄光あれ」
誰だ、神の手にチュウしていいなんて言ったんだ。
退職理由の9割は人間関係だというのは、本当だと思う。教育的指導をしたはずの可愛い部下は去り、必要ない相手の忠誠心だけが集まってしまった。
ああ、早く神から転職したい。