まずは声をかけよう③
喫茶『宝亀』――。
壮太が勤めるこの喫茶店は店主の西田が、定年退職後に退職金を叩いて開いた小さな店。落ち着いた雰囲気の店は若者より年配の客が好む傾向にあり提供される品も流行りのものでなくオーソドックスなものばかりだ。
ドアについたベルが来客を知らせる。
「いらっしゃい……ませ」
新しく来店した客に壮太は顔をしかめた。来るなと言ったのに来た武司。隣に彼女を侍らせ「来てやったぞ」などと呑気に笑っている。
「来るなって言ったけど?」
「おいおい! 俺らは客だぞ?」
横柄な態度の客に壮太は苛立ちを募らせた。このまま追い返してやりたいとこだが一応客で今は宝亀の店員だ。笑顔を作り接客にあたる。
「いらっしゃいませ。二名様、お席へご案内致します」
「ん? 二名? 」
武司と鏡花が揃って振り返った。そこにいるはずの主役が姿を現していない。
「いや、三人だから! 三人で来たから 」
鏡花がキレのある動きでUターンしていなくなった人を捉えに行った。残された武司を席へ案内する。
「ご注文は?」
「ブレンドと一杯とレモンティーを二杯、それとサンドイッチを三人分」
「ホント誰と来たんだよ……」
「月乃さんだよ、豊城月乃」
丁度、扉が開き鏡花が月乃を連行してきた。陶器のように白く滑かな肌の腕を鏡花に引っ張られ月乃が座らせられる。この光景はどこはかとなく犯罪臭がする。
「やめてやれよ。嫌がってるじゃねーか……」
「いいのいいの! ツーちゃん、どMだから」
「ちょーー! 天野くんの前で変なこと言わないで!」
「えっ……と、Mなの?」
「そっ! どMなうえ、ど淫乱」
「違うから! Mでも淫乱でもないから! 鏡ちゃん嘘を言わないで!」
月乃の¨信じて¨と訴える瞳が壮太に向けられる。¨純粋¨を詰め込んだ黒い瞳は見てみたいだけで吸い込まれそうに深い。
「あんまり苛めてやるなよ? 豊城さんはお前と違って清廉潔白純真無垢の大和撫子なんだから」
「いいの! ちょっとしたお仕置きだから。それにほら喜んでる」
鏡花に言われて壮太が顔を動かせば、月乃はだらしなく口を緩めていた。
「ち、違うからねっ! Mとか淫乱とか言われて喜んでいるわけじゃないからねっ!」
「う、うん……まぁ、ごゆっくり」
月乃がどMでど淫乱なのかどうかは気になるところ。けど今はまだ勤務中でいつまでも話しているわけにもいかない。壮太は伝票を残し武司たちのもとを離れた。