恋の相談は徒労に終わる⑤
壮太の恋を応援する振りをして、自分の恋を実らせようとしている月乃は抱いている罪悪感を隠すようにドリアを食べ始めた。
「早速だけど月乃さんは壮太に彼女が出来ないのは何でだと思う?」
武司の質問にスプーンを置いた。口の中のものを飲み込んでハッキリと断言する。
「周りの女子に見る目がないだけです」
口の周りを紙ナプキンで拭きピンク色の唇を清潔に整える。
「私は天野くんの良いところ、たくさん知ってます。遊んでる人がいてもちゃんと掃除をしてる。サボってる人がいても真面目に授業を受けてる。ゴミはゴミ箱に捨てる、学食のおばさんに『頂きます』や『ごちそうさま』の当たり前の挨拶がちゃんと言えるし、それから……」
月乃は指を折り壮太の良いと思うところを語った。一つ語る毎に口調は熱を帯びる。月乃が熱く語っているとテーブルの下で脚を蹴られた。我に帰った月乃の目の前にニヤニヤと笑う鏡花と武司。
「いやぁ……面と向かって言われると恥ずかしいな」
鼻頭をボリボリと照れた様子で掻く壮太。口走り過ぎたのだと気がつくと月乃の頭はボンと爆発した。
「わ、わ、私……ジュース取ってきますー!」
逃げるように飛び出した月乃の背中を見送ると壮太の前にグラスが置かれた。
「俺、コーラ」
「私、オレンジジュース」
人のことを親友だと言っていた口で、人をパシリにしようとする薄情な奴に冷ややかな視線を送った。「自分で行けよ?」
「いいじゃねぇか。相談に乗ってやったんだし」
嫌みを込め大袈裟にため息をつくとしぶしぶ立ちあがり月乃の後を追った。
ドリンクバーのコーナーは壮太たちの座ってる席からは壁の死角になっていて見えない。それが月乃の油断を誘ったのか壮太が着くと一気飲みしていた。中身はウーロン茶っぽい。二人の間に気不味い空気が流れる。
「…………見た?」
「良い飲みっぷりだったよ!」
恥ずかしい姿を見られた月乃は壁に頭を預けた。もう生きていけないと悶える月乃はそっとしておいた方が良いだろうと空っぽのコップにジュースを注いでいく。
「……嘘は言ってないから」
震える声が背後から聞こえた。今にも消えてしまいそうな声なのに他の客の喧騒を押し退け壮太の耳に届く。
「さっきは誉めてくれてありがと。誉められるのは久しぶりだからちょっと照れ臭かったけど……嬉しかった」
「もう、一個だけ……」
月乃は壁に頭をつけたまま、ぎゅっと拳を握った。ついさっき勇気をだすと決めたばかりなのに、下を向く視界の中で情けないくらい膝が震えている。
「私、知ってます……。天野くんが優しいってこと。去年の雪の日、傘を貸してくれた。下心もなく自分が濡れることも厭わず――」
その時の光景が脳裏を掠める。
――大粒の雪が降る日、一人フラフラと河川敷を歩く豊城月乃を見かけた。その姿が痛々しく消えてしまいそうで堪らず傘を貸した覚えがある。
「あれはそんな大袈裟なもんじゃないでしょ?」
「天野くんにとっては大したことじゃないかもしれないけど私にとっては大したことだから!」
もう心臓が限界だった。これ以上ここにいたら……天野くんの側にいたら心臓が破裂してしまうとドリンクを補充することなく忍者のように消え入れ替わるように武司がきた。
「おいおい壮太くんや、月乃さんに何をしたんだ?」
「特に……何もしてないけど?」
「ウソつけ。『天野くんに辱しめられた』って泣きながら帰ったぞ?」
「待て待て待て待て! 誤解だ! 俺は何もしてないぞ!」
「知ってる。冗談だ!」
冗談が冗談になってない。店中の男性から『あんな可愛い子、泣かせやがって』という殺意と女性客からは『公共の場でサイテー』という殺意と侮蔑の視線が突き刺さってくる。
「月乃さん急に帰ったけど気を悪くしないでやってくれ。男性と話すのが苦手なだけなんだ」
「まあ腹立てるようなことじゃないから別にいいけど……」
「けど?」
「豊城さんって男慣れしてそうだったからちょっと意外だなって」
「惚れたか?」
「まさか! 可愛いとは思うけど……。俺は身の丈にあった恋しかする気ないぞ」
次から次へと湧いてくるコーラを眺める武司の顔はひきつっていた。諦めがいいと言えば良いのか何事に置いても必要以上に望まないのが壮太だ。勉強も運動も恋も高望みをしない……いや、意識してか無意識にかまでは分からないがしようとしない。これは一朝一夕でどうにかなるものではないと諦めるしかなかった。