勇気を出して
夕焼けを背負い自分の影を追いかけて、ただ静かに歩く。月乃が進む方向は駅と違う。ただ月乃の雰囲気はいつもと違いピリピリとしていて「道が違う」と言い出せるような雰囲気でもない。
二人が着いたのは小さな公園。
「どうしてこんなところに?」
「ごめんなさい。誰にも聞かれたくない話しだったので……」
真っ直ぐベンチに向かい鞄をのせた。壮太にも鞄を置くように頼むと公園の中央へ進んだ。小さなブランコと滑り台があるだけの寂しい公園の中央で二人が向かい合う。
「誰にも聞かれたくない話しってなに?」
「……天野くん知ってる? 体育祭のダンスの言い伝え」
「ああ、¨一緒に踊ると生涯を添い遂げられる¨ってヤツ? 知ってるよ」
学校のなかでは有名な話しだから壮太も知っていると予想していた。だけど、万が一壮太が知らないと次のアプローチが変わってくる。
「そう。知っていてくれて良かったです。なら女の子からダンスに誘う意味を理解されてますよね?」
壮太が頷くのを確認すると月乃は大きく息を吐いた。ここが正念場。ヘタレの月乃が人生で一番の勇気を振り絞るところ。
月乃の手が動いた。空に浮かぶ夕日に橋を架けるように伸ばされた手が壮太の手を求める。
「お祭りは終わっちゃいましたけど……私と踊ってもらえませんか?」
その言葉が何を意味するかは壮太にも伝わった。
「伝わりましたか? 私の気持ち……」
壮太は差し出された手と月乃の顔を交互に見比べた。月乃は口を横一文字に結んで泣き出しそうな顔をしている。学校のアイドル的な存在である月乃から告白されるとは信じられないが、不安と恐怖に勇気一つで立ち向かう姿は嘘や冗談とはとても思えない。
壮太は一歩前に出ると月乃の手を取った。硝子細工のような指は力加減を間違えれば壊れてしまいそうで怖い。
壮太が礼をすると月乃はポケットに忍ばせたスマホで音楽を鳴らし、体を揺らす。
「あの、天野。気持ちを伝えておいてこんな事言うのは変ですが……返事はいりませんから。私はヘタレなので答えを聞くのが怖いんです」
壮太の視界のなかで月乃がリズミカルに揺れる。
「分かった。気持ち伝えてくれてありがとう。嬉しいよ」
「……一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「益川さんとお付き合いは……?」
「丁重にお断りしたよ。中途半端な気持ちで付き合うのは失礼かと思って」
「そう、ですか」
その瞬間、月乃は¨壮太が自分にどう返事をするつもり¨だったのかを悟った。壮太から恋愛対象として目を向けられた覚えは一度もないのだ。おそらくはと覚悟をして告白したのにこうして現実を突き付けられると胸が締めつけられるように苦しい。アレだけ赤く染まっていた世界も一気に黒くなってしまった。
やがて曲が終わり繋いでいた手を放す。沈黙を保ったまま二人は帰路に着いた。
走行音が響く電車の車内、月乃はドアのガラスに反射する姿を見る。自分の横に立つ愛おしい人。告白した方も気まずいが、振った方も気まずいだろう。それでも¨危ないから¨と送ってくれる優しい人。告白して振られて終わりだと思っていたけど、そうじゃなかった。振られてもこの気持ちに何ら変化はなかった。
家に着いた月乃は鞄を投げ捨てるように置くとスマホを取り出した。幾度かのコール音の後、鏡花の声が聞こえてくる。
『どーだったツーちゃん?』
「見事に玉砕しました。ショックで泣きそうです」
『そっか。残念だったね』
「なので、これからも協力して下さい」
『えっ? でも……』
「天野くん、益川さんとのお付き合いも断ったそす。それに一回振られたら諦めないといけないってルールはないですよ?」
『そうだね。リョーカイ!』
「ありがとうございます。しばらくはゴタゴタすると思うので落ち着いたら宜しくお願いします」
そう言って電話を切った月乃は顔を上げた。告白すると同時に決めたことがもう一つある。
壮太に振られるより辛いことがそうそうあるものじゃない。そう考えれば兄にだって逆らえる。兄の部屋に忍び込むと月乃の恥ずかしい写真の詰まったSDカードをとって家を出た。向かう先は国家権力の集う場所。
これからきっと大変なことになる。けど、振られて終わりじゃないように後にも残るものがあるから――。だから、一歩踏み出すのを恐れてはいけない。
今の現状は月乃が踏み出すのを躊躇い続けた結果なのだから。
――もう躊躇うのは止めます
きっと躊躇うのを止めた先に見えるのは今までとは全く違う景色のはずだから。




