夏休み明けの体育祭とか辛い⑥
ダンスの練習が再開された。一曲目と二曲目の二つのグループに分かれて行われる。月乃が配置につくと三年生が指揮をとり、それに従い振り付けを刻む。
序盤の振り付けは難易度としては中。アップテンポのリズムに合わせ大きく手足を動かす振り付けになっており苦戦する人が出ている。そんな中でも一番早くマスターしたのが月乃だ。月乃の覚えの早さに感心の声が飛び交う。
月乃にとってこれくらいのことを覚えるのにさしたる労力を必要としない。余裕が生まれれば脳が先ほどの長谷川との会話を再生する。
壮太のどこを好きになったのかの答えは『見返りを求めない優しさ』だ。
両親が海外へ行き兄から欲望をぶつけられるようになった。それは学校でも同じで、兄のように直接ぶつけられることはなくても露骨に厭らしい目を向けられて……。
『ねぇ月乃さん。コレあげるから連絡先教えてよ?』
『荷物運ぶの手伝うから土曜日遊ばない?』
『掃除当番大変でしょ? 一緒にやるからご飯食べて帰らない?』
もうウンザリだった。好意を持ってもらえるのは素直に嬉しい。容姿に恵まれた方だという自覚もあるし、人を好きになるのに容姿が無関係だとは言わない。だけど、下心ばかりみせられれば心が参ってしまう。
家にも帰れず、学校にも居たくなくて雪の中に飛び出した。体に積もった雪が溶け体温を奪い、寒さに体を震わせていたとき……出会った。スッと差し出された傘。青い見るからに安物だけど月乃を雪から守るには十分の代物。
『豊城さん? こんなところでどうした?』
『えっと……天野くんですよね? ありがとうございます』
また下心の籠った目で見られると思った。それが嫌でお礼を言う顔もひきつっている。
『傘は明日、学校で返してくれればいいから! じゃあね、風邪引くなよ』
今度は何を要求されるのかと思い憂鬱な気分だったのに、彼は折り畳み式の傘を鞄から取り出すとさっさと帰ろうと歩きだした。
『待って! 傘のお礼……は?』
『いやいや、傘貸したくらいでお金を要求したりしないから。折り畳みもあるし』
そう言うと月乃を残して足早に帰ってしまった。壮太の態度は翌日、傘を返したときも変わらず淡白なもので交わした言葉も最低限。その態度は月乃にとって意外なものであると同時に¨こんな人もいるんだ¨と教えてくれるものでもあった。
壮太みたいな人は他にもいるかもしれない。タイミングが重なっただけなのかもしれない。それでも月乃は壮太を目で追うようになった。
ダンスの練習が終わると各々がペットボトルや汗拭き用のタオルといった荷物を纏め始めた。体操服での登下校は校則違反のため更衣室へ向かう。汗で体に貼り付く体操服は不快だけど、昔のことを思い出していた月乃の気持ちは上々だ。
更衣室への道中、友人知人が「バイバイ!」と声をかけてくれ、笑顔で応えた。その中には男子もたくさんいて半数以上が好意を持ってくれている。
きっと壮太を好きにならなければ、彼らに笑顔で挨拶を返すことはできなかったはずだ。人を好きになることがどういうことで、『好きな人に振り向いてもらいたい』という気持ちも知れた。知れた今だからこそ彼らの気持ちも理解でき、素直に受け取れるようになった。
壮太がいたから今の月乃がある。いつか感謝を伝えたい……それと、この気持ちも。




