連絡先を手に入れよう⑦
映画が終わり電車までの待ち時間を潰すためゲームセンターによっていた。適当にふらついていると武司がお金を機械に投入した。景品は携帯式の音楽プレイヤー。
「今使ってるヤツ、最近調子悪くってさ」
武司がぼやきながらボタンを操作するのを見ている月乃に鏡花がそっと耳打ちする。
「その様子だと連絡先交換できたみたいね」
「ううん、まだ聞けてないです」
「まだ聞いてないの? ってか、なら何でそんな嬉しそうなの? 」
「実は、ですね……。キス、しちゃったんです」
「うっそぉ!!」
月乃のトンデモ発言に鏡花が大声をあげて驚いた。壮太たちを含めゲームセンターの客の視線が鏡花に注がれる。
「どうした? 大声だして」
武司がプレイを止め心配そうに鏡花を見る。
「ごめん。何でもないから大丈夫」
鏡花は武司に平気だと伝えるため笑顔を作ると周りの客にも会釈をして謝った。注がれていた視線から解放された鏡花は月乃の手を引きクレーンゲームの影に引き込むと詰め寄った。
「く・わ・し・く! 教えて! 」
あの超奥手で超ヘタレの月乃がキスをしたと言い出したのだ。何としても聞き出さないといけないという使命感が鏡花を突き動かした。
「あのね、蒸し暑い日は炭酸がおいしいよねって話をしてたんです」
「うん。それで」
「そしたら天野くんが飲む? って飲みかけのコーラを差し出してきてくれたんです」
「うん。うん。それから」
「私、すっごく恥ずかしかったですけど、丁度暗くなったから勢いに任せて――」
スカートの前で手を擦り合わせた月乃は顔を赤らめモジモジしているが、鏡花の中では一抹の疑念が芽生えていた。
「ツーちゃん……まさかとは思うけど、キスって間接キスのこと?」
「うん。初めてのキスはレモン味って本当、だったんですね」
月乃は遠い目をして唇に人差し指を添えた。その時のコーラの味を思いだし、すっかり自分の世界へ入ってしまっている月乃を見て鏡花は思った。現実へ引戻し、現実を教えないといけないと。
「ツーちゃん。よーーーーーーーーーく聞きなさい! 」
「そんなに溜めて、なに?」
「間接キスはキスじゃないの! 間接キスをしたからといってキスしたことにはなりません!」
「またまたぁー。間接¨キス¨ですよ? キスって名前が付いてるじゃないですか!」
「たらば蟹も蟹ってついてるけど蟹じゃないでしょ!」
「じゃ、じゃあキスって何をしたらキスなの?」
「相手の体に唇をつけてたらキスになるの。全く間接キスで喜ぶの小学生だけだよ」
せっかくの思い出を低レベルと言われ月乃が拗ねた。腕を組み口を尖らせる。
「小学生並みの身長のくせに……」
ボソリと呟いた月乃の言葉に鏡花は怒りを覚えた。月乃の手を掴むと冷たい笑顔を浮かべ歩き出す。
「さぁ、ツーちゃん。今すぐ連絡先聞こーね? チビの私が壮太のとこまで連れてってあげるから」
「……怒ってる? っていうかちょっと待って下さい。心の準備がまだ」
「つべこべ言わない!」
鏡花の歩調が早くなると月乃の歩く速度も必然的に早くなる。こうなった鏡花は止まりそうにない。せめて心の準備が整うまでは壮太に会わないことを願う月乃だが、景品を取った二人はその場から離れず待っていたためあっという間に遭遇した。
「壮太! ツーちゃんがお願いしたいことがあるんだってー」
「待って、私、こういうのホント始めてで……。何て言えばいいか」
「うっさい! グダグダ悩まずストレートに言いなさい」
鏡花が月乃の背中を叩いた。その勢いで前に出た月乃が震える手でスマホを取り出した。
「あの、教えて下さい……メール、アドレス」
「うん。いいよ」
壮太もスマホを取りだすと互いに電話番号とメールアドレスを交換した。その様子を微笑ましく見守っていた武司が時計を見た。
「おっと、もうすぐ電車が来るな。鏡花、帰ろうぜ? 」
「はいはいー」
「二人ともまた学校で! 壮太、ちゃんと月乃さんを家まで送ってやれよ?」
武司と鏡花が一目散に消えた。残された二人が顔を合わせる。
「俺たちも帰ろうか?」
「ハイ!」
月乃のが自宅の門をくぐった。
月乃の手にはゲームセンターからずっと大事そうにスマホが握られている。
「また送って貰っちゃいましたね?」
「夜、女の子一人放り出す訳にもいかないし。全然いいよ。それじゃあ、またね」
「あ、あの!」
帰ろうとする壮太を月乃が引き留めた。壮太が「なに?」と月乃の方を見ると、スマホをつき出した。
「メール、してもいいですか?」
「いいよ。そのために交換したんだし」
壮太に快諾してもらい、心の中でガッツポーズをした。直接顔見て話すのは緊張して上手くいかないけど、メールなら沢山話せると胸を弾ませた。
二階の窓から兄に見られているとも気づかず――。




