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まずは声をかけよう⑤

会計を済ませた月乃は店の前で壮太を待っている。髪の毛や服を整え落ち着きなくソワソワする姿はデートを待つ女性そのもの。早く来て欲しいという想いとこの待つ時間を楽しみたいという想いが混ざりムズムズと背中がむず痒くなり笑みが零れる。

店の中に目を向ければ壮太がスタッフルームから出てくるところだった。

緊急が高まる――。

壮太が店長に挨拶を終えるとカウントダウンが始まった。壮太の足音が近づき心臓が跳ねる。

「遅くなってごめん」

「う、ううん! いいの。私も今来たとこですから」

「いや、嘘だよね? ずっと紅茶飲んでたよね?」

「はうぅ……。そう、でした。ごめんなさい、脳内シュミレートが口に出ました……」

壮太と肩を並べて薄暮の街を歩きだした。

人々が道路を行き交う、サラリーマン、学生、主婦――。疲れた顔をしている者、楽しそうに笑う者と街は家路につく人の喧騒で満ちている。

街の喧騒はトラックのエンジン音のようにうるさいはずなのに月乃の耳には一切届かない。沈黙と焼けるように熱い心臓の音。何か話題をと思考を巡らせるも何を考え話せばいいか分からない。心臓が働き過ぎなくらい動いているにも関わらず脳が考えるのは壮太のことばかりだ。

「ば、バイト……長いの?」

サラリーマンの話し声に書き消されてしまいそうなくらい弱々しい声。壮太がかろうじて聞き取る。

「四月の終わりくらいからだから2ヶ月くらいかな。豊城さんはバイトしているの?」

「ううん。兄さんに禁止されてますから」

「親じゃなくて、兄さんに?」

「私のお父さんもお母さんも海外にいることの方が多いから。兄さんが親代わりみたいなところがあるの」

「豊城さんの家ってもしかしてお金持ち?」

海外で働いているから金持ちと考えるのは安直過ぎだと壮太も思っている。けれど、それと同時に¨清楚な雰囲気はお嬢様が持っている¨という先入観もあり確かめずにらいられなかった。

「違いますよ。 両親の仕事はジャーナリストなんです、海外担当の」

並んで改札を抜けホームに立つ。

「寂しくないの?」

「寂しい……ですよ。早く……こんな生活から抜け出したいです」

壮太の目には月乃が震えて見える。電車の揺れのせいなどではなく――。

「お兄さんと上手くいってないの?」

口に出して壮太は後悔した。月乃とは親しいわけじゃないのに身内のことに踏み込み過ぎた質問だった。

「ごめん。無神経な質問だった」

「あ、天野くんは悪くないよ! 私が変なこと言ったせいですし……」

重い空気が沈黙となり二人の間に流れる。電車の外の景色が絶え間なく流れ月乃の家の最寄り駅に停車した。街は幾分か長閑になり夜が深くなっている。窓から零れる灯り、街灯だけが闇を払い二人の道を照らし、その中を進んでいく。

「あっ! ここまでで大丈夫です! そこが私の家ですので」

月乃が交差点の角の家を指した。もちろん月乃が自己申告したように¨豪邸¨ではなく普通の家。本当にお嬢様ではないようだ。

¨豊城¨と書かれた門を開け月乃が中に入りふりかえる。

「天野くん、今日は送ってくれてありがとうございます」

「ううん。いーよ! それより、その……家で辛いことがあるなら鏡花にでも話し聞いてもらえばいいんじゃないかな? 余計なお節介かもしれないけど」

「そんなことないですよ。どうしてもって時は鏡ちゃんに聞いてもらうようにしますね」

「それじゃまた! 明日学校で」

壮太は来た道を引き返し駅へ向かった。その背中が見えなくなるまで手を振った月乃は息を吐いて心を殺した。ここから先は心など必要ないものだ。心を持って兄と会えば傷つかないといけなくなるから。

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