出会いは膝枕から始まる・前半
背中がむず痒い。チクチクする。
寝起き頭のぼんやり意識は背中の違和感などなんのその。条件反射に頼りつつ瞼を開けた。
だが意識なき動作には問題があったのか。視界はすりガラスの様だった。
霞む視界は白色の中に赤い2つの点を見つける。意識の覚醒と共に少しずつ鮮明に、輪郭が現れる。
見えたのはじいっ、と見つめる紅い瞳。陶器のような白い肌と、整いきった顔立ちはまるで人形のようだ。
「起きた?」
人形のような少女は、ただ一言呟くように問いかけた。
「う、うわ……!」
月並みな悲鳴を上げてゴロゴロと転がる。渋い味が口いっぱいに広がった。
胸をギュッと抑える。心臓は年甲斐もなく元気に跳ね回っていた。もう少しで40になるとは思えない暴れっぷりである。
少女は不思議そうに首を傾げた。
「あ、いや、申し訳ない」
事情は分からないが、失礼なことをしたのは理解できる。軽く頭を下げ、芝生を見てようやく自分が外に居るのに気がついた。
はて、昨日はどうしていたのだろう。
思い出そうにも、どうにも記憶がない。タイムカードを刺したのは覚えているが、さては相当に酔っ払っていたらしい。
「いいよ、人助けですから」
誇らしげに少女は言った。その姿は得意になった子供そのもので、初めのどこか神秘的ですらあった、人形の面影はない。
「あー、えっと」
ようやく調子が出てきて、周囲を伺う余裕が蘇った。
森の中である。どこかしらの自然公園にでも迷い込んでしまったのだろうか。血の気がさっと引いた。
地球上にはもう自然は存在しない。
あらゆる災害を防ぎ、大気のコントロールすら可能にした人類にはもはや必要のないものだ。価値を失った環境への配慮は忘れられ、森はビルに、海は鋼の大地へと変えられた。
だが失ったが故に、再び価値が生まれた。今では自然といえば、一部の大富豪が娯楽目的で私有する自然公園だけだ(それを自然と呼ぶかは甚だ疑問だが)。
それらは非常に厳しい警備体制が引かれていて、侵入者が肥料にされたという噂がまことしやかに囁かれていた。
「き、君は……」
そこで少女の身分に思いを馳せ、だがしかし聞く気にはなれなかった。
「具合、悪そうだね」
少女が手を取った。常ならば絹のごとき滑らかさに驚いていただろうが、今は我が身が心配だった。
「私の家で休んでいきなよ」
多分、ついていってもいい結果にはならないだろうなあと思いつつも。逃げることも出来ず、視線を左右に迷わせながらついていった。
「あ」
少女はうっかりといった調子で、足を止め振り向いた。
「わたし、セシリア。君は?」
「私は」
悩む。名前を名乗ったらもう後戻りできまい。だがそれも最早時間の問題かと考え直す。
「私は鈴音純と申します。ええと、しがないサラリーマンでして」
なんとも中途半端な自己紹介だった。少女は「サラリーマン?」と疑問符を飛ばし呟くも、気にしないことにしたのか続けてこう言った。
「私は暗黒騎士。でも勇者目指してます」




