1. ロストという事象
ウイルス型ケイオス掃討作戦終了から数時間後。
来客の対応を終えたケイトがリビングルームに戻ってきた。その手には杖、ディザスター・ロアの素体が握られている。
「たった今、ユエルビアの人達が来てくれて、素体を持ってきてくれたわ。貸してくれてありがとうね、レン君。とても助かったわ。…きっとハルもお礼を言いたかったと思う」
ケイトからはい、と渡され、自分の素体を受け取ると、レンは寂しそうに見つめた。
「……ありがとうございます。あの、イツキさんは?」
「現場からあの子の私物、スマホも戻ってきたから、渡しに行きつつ、いろいろ話をしに行ってる」
「そうです、か…」
ケイトにうなずきつつ、レンが重い空気が漂う室内を見渡す。
ワタセ邸の小さなリビングルームにはチームエウロスの面々、アナンとゲン、そしてフェアリス達が集まっていた。それぞれ険しい表情を浮かべ、誰も話そうとはしない。
まもなく2階でバタン、という扉が閉まる音が響き、階段から降りてくる足音が響いた。
リビングの扉が静かに開き、入ってきたイツキに視線が集中する。視線を受け、言いにくそうにしながらもイツキは口を開いた。
「今、どのくらい覚えているのか確認してきました。地球でのことはほぼ覚えています、こちらに来る前までのことは。年齢、日付、CosMOSをプレイしていたことも覚えています」
ただ、と付け加える。
「惑星オービスに来てからのことは全く覚えていません。ユイさんを始め、皆さんのこと。ノイン、ノウェムを始めとしたフェアリスのことも」
イツキの言葉を受けて、唇をかむ者、ハッとする者、うつむく者、様々な反応が返ってくる。
「なんでそんなに記憶の欠落が。だって、ロストしてからそんなに時間なんて経ってないはずだろ?」
カナタが疑問をぶつけるように言う。
情報を聞いた限りでは1時間も経っていないはずだ。復活するまで時間がかかればかかるほど記憶の欠落は大きくなる。しかし、1時間以内であれば記憶の欠落は軽微、大きくても直近の数日ぐらいで済むはずなのだ。
「ワタセ家のみんなは、特異例なのです…」
ノウェムがナノの腕の中で泣きじゃくりながら話す。
「惑星オービスに転移させた人々が地球での記憶を思い出せないのは、フェアリスがそのように操作したからもありますが、最適化してコンパクトに保存しているからでもあるのです。そうすれば、よほどのことがない限りはロストから復活しても、地球で得てきた常識とか人格までは影響が出ないのです」
ノインの説明に、イリスが補足を付け加える。
「そう、ここで過ごしてきた記憶については私達、区域担当のフェアリスがこまめに最適化をかけている。いわば、ゲームで言うならばきちんとセーブをして保存をかけている状態。だから、ロストしても記憶が失われる量は少なくて済む」
だけど、と続けるとイリスはワタセ家の3人に視線を向けた。
「ワタセ家の皆は違う。そもそも地球での記憶を保持していることが奇跡に近い。でもそれは、最適化をしていないということでもある」
「そうなのです。だから、その記憶の容量は重い状態なのです。最適化をしようにも、地球での知識や記憶を引き出せなくなってしまう。ゆえに、最適化できなかったのです」
「じゃあ、もしロストした時は…」
ユイが言うと、ウコンがうなずいた。
「ロストした場合、記憶が多く失われる。ここでのことだけでなく、下手をしたら地球でのことも。記憶の整合性がとれなくなるまで失われたら、最悪の場合、人格が崩壊する可能性もあって、その影響を残したまま地球に戻ることになるのです」
ここで、ようやくユイたちオービスで長く過ごしてきた側は気付いた。どうして、ワタセ家の皆がロストを避けようとしていたのか、エイジスのフェアリスたちがワタセ家の人たちのロストを防ごうとしていたのかを。
カナタがイツキに近づくと、その胸ぐらを掴んだ。
「なんで、なんでじゃあ、あんた達は止めなかったんだよ!」
プローム乗りなんてロストする可能性が一番高い役割だ。
「あんたたちの子どもなんだろ!息子なんだろ!なんでそんな前線に立たせるようなことをしたんだよ!」
イツキがうつむいて唇をかみしめる。
カナタの言葉はまさにその通りだ。下手をしたら、それこそ旅の最初で見送った、心が壊れた子どもたちのようになる可能性があったのに、だ。
ケイトも手を握り締め、ナノが涙目になる。
わかってなかったわけじゃない。
予測してなかったわけじゃない。
罪悪感がなかったわけじゃない。
「なんで…!」
「よせ」
叫ぶカナタの手をシュウがつかんだ。
「それでも、この人たちが立ち上がらなかったら、どうなっていた?歩みを止めていたら、俺たちはここにいたか?」
シュウの言葉にカナタが顔を背けた。
思い返せば、そんなことはわかる。
きっとここに全員はいなかったし、争いの渦の中で世界は混沌としていただろうということは。
みんなも戸惑いの表情を浮かべている。
リスクはあった。
それはワタセ家の皆はわかっていた。
フェアリスもきっと止めていた。
それでもだったのだろう。
カナタが唇をかむと手をおろした。
おずおずとユイが口を開く。
「ノウェム、一体何があったのか、聞いても?」
ノウェムがそれを聞いて、涙を拭いた。
「話す、のです。姉さんから教えてもらったことを言わないといけないから」
そう言うと、話を始めた。
帰投途中にハルカとノインに何が起きたのかを。
白い機体が煙をあげながら、島から離れるかのように猛スピードで落下していた。
無事にウイルス型ケイオスから移行した土地浸潤型の亜種を討伐した後、オルカと同じ高度まで飛行していたところ、突然衝撃を受けたと同時に制御を失ったのだ。
「ノイン、ノイン!?」
「あ…が…」
ハルカが焦って呼びかけるが、ノインからは苦しそうな声が返ってくるだけだ。
突然の事態ではあるが、何者かから襲撃を受けたと同時にノインの演算とバランス制御がストップしたために、ファーヴェルが空中で制御できなくなり、落下しているということはわかる。
(落ち着けっ!)
焦ってパニックになりそうになる自分を叱咤させつつハルカは即座に操作を全てマニュアルに切り替えて、機体を制御する。何とか、姿勢を保持しつつ落下スピードがゆっくりになった。
「ノイン、大丈夫?ノイン!」
「は…ル…」
試しにもう一度呼びかけるがノイズがひどく、聞き取れない。
(とりあえず、どこか降りれるところを…!)
ハルカがモニターを見つつ、ポイントを探す。
そこへ、白い機体目掛けて飛来物が迫襲い掛かった。
回避しようもなく、右肩と右脚に被弾、右脚が完全に粉砕され、衝撃でコクピットの内部が揺れる。
「うあっ!」
「…ざ…!」
ハルカがモニターで飛来物の先を見ると、空に浮かんだ黄色い機体が見えた。その機体の手元に飛来物、手斧が二丁収まる。背中にはファーヴェルとは違う飛行機のような形態の飛行ユニットが見えた。
「まさか…ツインハック!?」
驚きながら叫ぶと、緊急通信のスイッチが赤く点灯する。
「久しぶりだね。何か見た目が変わったみたいだけど、ばっちり乗ってる奴が一緒なのは把握してるよ。エイジスのハルカ君」
舌なめずりするような話し方。間違いなく半年近く前に撃破したツインハックの搭乗者のものだ。
「キミが飛べるようになったって聞いたからさ。僕もだいぶ訓練して飛べるようになったんだぁ。ねぇ、せっかく会えたことだしさ、遊ぼうよ」
そう言うと、ツインハックは両手を翻した。
飛んでくる手斧をぎりぎり姿勢を変えるだけで回避しようとするが、頭部のパーツをやや掠めて、バランスが崩れる。
「せっかく餌を近くの島に集中させて張り込んでたんだ。それもきちんとキミたちの作戦を考慮して待ってたんだよ。こんだけ待ったんだから、少しは楽しませてよ!」
ツインハックの搭乗者が愉悦に浸るなか、ハルカは必死でどうするかを考えていた。
(ノインの状態が不安定な中、この場は不利だ!せめて、何処か身を隠せるところを)
モニターの先にはユエルビアの陸地、針葉樹林が広がる森林があった。
「ごめん、ノイン、揺れる。もう少しだけ頑張って!」
ツインハックが追撃するように二つの手斧を投げた。
手斧が旋回しファーヴェルに迫る。一つを回避したものの、もう一つが機体の腹部を掠めた。
完全にバランスを崩したファーヴェルが針葉樹林の中へと墜落し、周囲に盛大に雪煙が舞った。
「ふん」
あっけなくやられた白い機体。それを見て、つまらなさそうにツインハックのコクピット内でカレンは鼻を鳴らした。
ファーヴェルが墜落した地点。ファーヴェルのコクピット内は最低限の設備だけ電源をつけて、他はカットオフしていた。
「ノイン、聞こえてる?」
ハルカの言葉に答えるように、ノインが映るモニターだけが僅かに点いた。
「だ…い…じょうぶ、なのです。何かに、攻撃を受けて、しびれ、てたのです」
途切れ途切れにノインが話す。大丈夫と言いつつも、そのようには見えない。
「とりあえず、うまくいったかな、やられたフリ」
ハルカがふう、とため息をつきながら言う。
普通に着陸して生身で逃げたのでは悟られてしまうと思って、あえて一撃くらって墜落したのだ。激突する前に、枝にぶつかって勢いを殺しつつ、最後にスラスターを一瞬ふかせて雪煙で見えないようにも工夫した。
「ハル…頭から血が…」
ノインが心配そうに言う。ハルカが頭に手を当てるとぬるっとした感触がした。墜落したときの衝撃で打ち付けたのだろう。
「大丈夫、少しくらっとするけどまだ身体は動くから。緊急信号は?」
ハルカが誤魔化すように言うと、ノインの表情が曇った。
「何やら阻害されてるのです」
「そっか…思念伝達は?」
「さっき…墜落する寸前に一瞬助けを呼んだのですが、その後は全く響いてる感じがしないのです。さっきの呼びかけ…にしても付近にフェアリスがいなければ気づかないはずなのです」
ざざっとノイズを走らせながらノインが説明する。
フェアリスの挙動を妨害し、通信も妨害する技術。シーナに干渉していたという謎の勢力の話がよぎるが、確信はもてない。
いずれにせよいい状態じゃないのは確かだった。
思案しているところへ、ぎぎっとプロームが軋む音が聞こえた。
「まさ…か…」
ハルカが一瞬青ざめると、いきなりプロームの復元状態が解除され、身体が外へと投げ出された。
わずかな浮遊感の後、地面に体が打ち付けられ、顔に雪の冷たい感触を感じた。
「やっぱり、やられたフリ、か。捜索していて良かった」
視線をむけると、手斧を腰にさげ、にやにやと笑う女性の姿がみえた。この人物が、ツインハックの搭乗者なのだろう。確か、カエデ達に教えられた名前は…。
「カレン…」
ハルカが呻くように言うと、カレンがサディスティックな笑みを深めた。
「なんだ、キミも僕のことを知っていたのかぁ。片思いじゃなくて良かった」
その時、離れたところにいる男性複数人の声がハルカの耳に入る。
「このフェアリスがそうなのか?」
「飛行型ユニットの演算を担当していたそうだ」
男性が話している方に視線を向けると、そこには倒れ込むノインの姿があった。その身体はモニターにいた時と同じようにノイズが走って揺らいでいる。
「なら、連れて行け。尋問してノウハウを引き出せば、我らの有利はさらに揺らがないものとなる」
その言葉にハルカがはっと目を開く。ノインの元へ駆け出し、男性達の前に滑り込むとノインの身体を抱え込むように触れ、自分の中へ取り込ませた。
「こ、このクソガキ!」
「何をしやがる!そのフェアリスを寄越せ!」
ハルカに向けて男性がその体を容赦なく蹴り、殴る。
それを身体を丸めて少年は必死に耐えていく。
どうか、ノインに痛覚が届かないようにと祈りながら。
<ハル、放すのです!このままでは、あなたが危険です!>
ノインが必死でハルカに呼びかける。
男達は焦った様子でハルカに離れろと訴えかけていた。理屈はわからないけれど、人の体に入り込ませた状態だったら、フェアリスを連れて行けないらしい。
なら、答えは一つだ。
「絶対に嫌だ」
断固として拒絶する少年の言葉に男二人が逆上する。
「このガキ、いい気になりやがって!」
さらに暴力が加速する。
腹、顔問わずに男たちが少年を殴りつけていく。
遠くから様子を眺めていたカレンがやれやれとため息をついた。
しょうがないという足取りで近づいていく。
そして、躊躇いもなく、持っていた手斧をうずくまる少年の背中へと振り下ろした。
「あ…」
うずくまっていた少年の口から血がこぼれ、背中からは大量の血が吹き出した。
周囲の木や雪の積もった地面に赤い飛沫が付着する。
<や、いやああああっ!>
ノインがハルカの中で絶叫する。
「カレン!」
突然の凶行に男性がカレンに叱責する。
「どうしてさ? だって、キミ達がやってることだってリンチでしょ? どっちにしろ殺して強奪するなら、こっちの方がスマートだよ」
血で濡れた手斧を振り払いながら、悪びれもなくカレンが言うと、続ける。
「どうせ、ロストしても、戻って来れるんだから」
「ふん」
やや納得しなさそうに男が鼻を鳴らした。
そこへ、空気を振動する音、飛空艇が迫ってきている音が上空から響いた。
『カレン、何をしている!ユエルビアのプローム部隊が近づいているぞ、とっとと撤退しろ!』
カレンの腰のベルトポーチに挟んでいた無線機から別の男性の声が叫ぶ。
「へいへい、了解。リーダー」
つまらなさそうにカレンが言うと、男二人が舌打ちする。
「くそ、このまま引き剥がしても封印処理まで時間がかかる」
「間に合わん、撤退するぞ」
「あいよ。じゃ、むさ苦しいのは嫌だけど乗って」
カレンがやる気のない声で二人に話しかけ、手斧を握ると後ろを振り向く。
「ツイてたね、皇子サマ。じゃ、また次の戦場を楽しみにしてるよ」
カレン達がツインハックに乗って去ったのを見ると、ノインはハルカから離れた。
「ハル…、ハル?」
呼びかけても少年の身体は動かない。
触れようと思っても半透明の身体はすり抜けるばかりだ。すでに呼吸をしてないことと、少年の体が自分から熱を発していないことはフェアリスの感覚器でわかる。
それでもまだ、もしかしたら、と思ってしまう。
ノインが、目に涙を浮かべる。
そして、ぶんぶんと頭を振ると、ぐっと唇をかんで手をハルカの身体へとかざした。
ロストしたのであれば、一刻も猶予はない。
身体が残れば、精神体の離脱は上手くいかず、復活まで時間がかかってしまう。
少年の身体が端から光の粒子へと変わると、空気の元素と混じって溶け込んでいった。
あとは、精神体が向かう場所へ自分も行って、有機体を生成し結びつけないと行けない。
行くべき場所はわかっている。
飛ぼうと思って、ノインは思念を集中させた。
「あっ…!」
飛ぼうとしたところでじじっと、全身にノイズが走り、地面に膝をつく。
先程の墜落する前に受けた攻撃のせいでうまく飛べない。
「早く…帰らないと…」
ノインが、低い声で呻く。
「少しでも早く…」
這うように進む。
「ハルが失われないために…!」
誰か、誰か助けて、と思念を飛ばす。
「姉さん!」
その時、助ける声に応えるかのようにノウェムがノインの前に現れたのだった。
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