10. ウイルス型ケイオス最終掃討作戦
出港式を終え、位置はノトスとシーナの国境、北端の島。地球の地図でいえば、ロシアの北端の島に向けて航行していた。
作戦前に、衛星からケイオスの分布を索敵した際、最もこの位置にケイオスが繁殖していることが判明している。
<ウイルス型が土地浸潤型に移行した場合、最も繁殖している区域に凝集する可能性が高い。つまり、この島に発生すると見ています>
オルカのブリッジ内の参謀席に座りつつ、イツキが思念伝達を用いてケイト、ナノ、ハルカ、ヤナギ、ツバキ、ノウェム、ノインに説明していた。
<ということは、この島もしくは、この空域が戦闘地点になるってことね>
ケイトがイツキに返す。
<そのとおりです。データによれば、今ケイオスの形態はほとんどがコアを縮小させてウイルス型に移行しています。ケイオスはコアの増殖まで長い時間がかかるので、コアの数を減らすことが重要であることがわかっています>
<つまり、おおきなケイオス1体を倒すよりも、細かなケイオスを複数体倒した方がケイオスにとっては辛くなるってこと?>
ナノが確かめるように問いかける。
<ええ。なので、ウイルス型にほとんどのケイオスが移行したのはある意味チャンスともいえる。ここでウイルス型を一斉にたたき、最後に凝集して移行した土地浸潤型を叩くことができれば…>
<…ケイオスに大打撃を与えることができる>
イツキの言葉を次ぐようにファーヴェルのコクピット内でハルカが続けた。
<そういうわけです。実行部隊の人数自体少ないですが、ここで戦果を得られれば目標に大きく近づきます。がんばりましょう>
イツキの言葉に対して、家族3人がうなずいた。ただし、内心で。
ワタセ家4人の様子を見てヤナギが口を開く。
「ところで、イツキ殿。作戦とその意義についてはわかったのですが、なぜわざわざ思念伝達で会話されているのですか?別に通信機でも構わないでしょうに」
その言葉に対して憮然とした表情のイツキの眉がぴくり、と動いた。
<…あまり、今話したくないんですよ。いちいち口調を考えながら話すのは面倒くさいのでやりたくないんです>
現在、精神束縛の影響によって、口調を変えないと話すことができない。
作戦前に何とかならないかと思考錯誤したのだが、干渉が少ないと脳波の変化が起きないために体内のウイルス型を駆除しきれない。感応能力を使う、というのも増殖を抑えられるが一定量体内にケイオスが残ってしまう。以上の理由から、結局エイジス諸島連合皇国として名乗りを上げたときの状態を再現することとなったのだ。
経験済みのことであるとはいえ、出航式で、らしくないことを話しただけでだいぶ疲れたのだ。作戦の前にそんな負担は背負いたくない。
そんな思いからイツキが思念伝達で返答する中、こっそりとノウェムとツバキが話し込む。
「たぶん、ヤナギはわかっていて突いていると思うのです…」
「アナンさんからもからかわれてたから。やけに今日は無口だね、と」
ヤナギもツバキもノウェムも、変に黙っていたりする方が不自然だから少しでも話せばいいのに、ということなのだが、ワタセ家の面々としてはそういう気分にはならないようだった。
フェアリス達の様子をイツキは無視して、モニター上の時計表示を見る。
各地のフェアリスが担当区域の住民を精神凍結させて間もなく1時間が経過しようとしていた。
今、この世界で活動している人間はワタセ家の4人だけだ。
<なんだか、懐かしいね。こうして家族4人だけっていうのも>
水平線と空を果てしなく覆う雲を眺めながらハルカが感慨深く呟く。
<確かに、最初にケートスの上を旅していた時を思い出すわね。あの時は、ケートスの上だなんてことすら知らなかったけど>
ケイトが心の中で苦笑するように話す。
<最初はヤナギやウコン、サコンたちに会う前は私達4人とノインとノウェムだけだったんだよね。その後トレーラーに乗りつつ、おにいのB3だけでケイオスの相手をしてて>
旅の最初のことを思い出しながらナノが振り返る。
その後、フェアリスと協力してケートスを奪還して、エイジスと名乗りを上げた。そこからさらにサザン貴族院と裏で合意、ファリア大陸でのケイオスとの戦い、ノトス・サザン合衆国の混乱と同盟の締結、フェアリスの存在と人類が転移されたことの暴露、シーナとの衝突と和解、ウイルス型ケイオスの発生、各国との合意…。
オービスに転移されて、活動をして1年にも満たないはずなのに、様々な出来事があった。
<本当に、遠いところまで来ましたね>
イツキの言葉に3人も、フェアリスたちも沈黙する。
遠いというのは単純な距離や時間の話を指しているのではない。
ケイオスをこの惑星から駆逐するという目標を家族4人で掲げて歩んできた、重ねた道のりの長さだ。
歩み始めたときと今見る世界の景色は明らかに違う。
4人が最初に抱えた思いと今の思いも。
<けど、感慨に浸るのはまだ早いわね。目標を達成したわけじゃないもの>
<そうでしたね>
ケイトが苦笑してつぶやき、イツキも同調するようにうなずいた。
<イツキ、ケイト、なんだか空気がざわついているのです>
ノインが警告するように会話に入り込む。
そのとき、ずっと空を覆っていた白く重い雲から光が差し込み始めた。
その光景を見て、4人とも緊張する。
光が差し込むということは、空に拡散していたウイルス型ケイオスの数が減少しているということであり、土地浸潤型のケイオスへと移行しようとしているということだった。
「各員、戦闘態勢」
ケイトが警告するようにあえて、口を開いて呼びかける。
今回の配置は総司令がイツキ、オルカの指揮がケイト、操船がツバキ、火器制御がヤナギ、通信担当がノウェムとナノ、そして遊撃がハルカとノインだ。
ケイトの号令に緊張感を漂わせながら、ファーヴェルの中でハルカは光が刺しこむ島を見ていた。
雪の積もる島々に一つ、また一つと木々とは違った白い植物が急激に成長していく。
その速度はすさまじく、蔓がたちどころに島全体を覆うと、一つの巨大な蕾をつける。その蕾は百合の花のように巨大で縦長の形をしていた。数キロ離れた遠方から眺めているが、近づけば何十メートルという超巨大植物なはずだ。
<巨大な、土地浸潤型…?>
<いや、あれは…>
土地浸潤型は同一の大きさで個々に小さく花弁にコアがある。記憶にある形態を思い出しながらハルカが呟き、イツキが否定する。
雲が徐々に減り、青空が広がっていく中、陽の光を受けながら巨大な蕾が開いていき、白い百合の花が咲いた。
中央のめしべ、周辺のおしべにあたる所にコアと思しき水晶のような結晶体がついており、光を受けたそれは幻想的ともいえる輝きを放つ。
花弁も単に白いだけではなく、表面が水晶をちりばめたかのように輝いており、花の中央のおしべとめしべに光を集めているかのようだ。
島に咲いた巨大な白い大輪の花。
それはとても綺麗で、現実的ではない美しさであり、ともすれば見とれていただろう。
だが、この場で花を眺めていた人間もフェアリスも、今までの旅路からケイオスが決して綺麗で済むものではないとをよく理解していた。
ゆえに、警戒を解かなかったからでこそ、気づくことができた。
「熱源感知!」
オルカのセンサーに直結していたノウェムが叫ぶ。
「回避!レフトフィン出力最大!シールドを機体全体に!」
ケイトが叫ぶと、オルカが即座に右へ回避しつつ、シールドを展開させ、ファーヴェルも反対方向に飛行する。
そこへ、オルカとファーヴェルがいたところへ、白黄色の巨大なレーザーが走り抜けた。
レーザーはややオルカの左機体シールドを掠め、エネルギー同士の摩擦音と衝撃がはじけるが、回避の判断が素早かったおかげで持ちこたえる。
何があったのか、ファーヴェルが白い百合の花を見ると、花弁の中央の光の輝きが先ほどと比べて減ってはいたものの、徐々に花弁の中央に向けて光が集まっているのがわかった。
<まさか太陽の光を集めてレーザーにしてる…?>
生物がレーザー兵器を再現した、その事実にハルカが呆気にとられて呟く。
<なくはないでしょうね。もともとケイオスはケイ素でできていますから、結晶構造を作るなんて簡単なはず。今回ウイルス型をとって上空に漂って太陽光のエネルギ―を受けたことと、ケートスやプロームの拡散砲という戦闘の記録が組み合わさって、エネルギーをレーザーにして打ち出すという発想ができたのかもしれません>
イツキが分析しながら感心するように思念伝達で述べる。
「イツキ、感心するのはいいのですが、それってまずいのではないのですか?」
ノウェムが焦るように問いかけると、イツキはモニターのオルカの状態に視線を向けた。
<ツバキ、損害は?>
「シールドの臨界点まであと70%といったところ。直撃ではなかったからよかったものの、掠めるだけでも何度も受けれないわ」
イツキの問いかけにツバキが淡々と答えた。
「さらに、反応を確認。飛行型がこちらに向かってきてるのです!」
今度はノインがファーヴェルから通信を飛ばす。
<オルカの存在をかぎつけてすぐに形態を変化させて対応してきましたか。対処能力もここまで上がっているとは…>
イツキが内心でうめく。
<けど、イツ君。やることは変わらないんだよね?>
確認するようにケイトが問いかけた。
レーザー兵器と飛行型のケイオスという障害が増えただけだ。ここで撃破しないことには、また元の通りにウイルス型が蔓延するか、あるいはレーザー兵器を持ったケイオスが各所に発生することになってしまう。
いずれにせよ、ここで討つしか道はない。
<ええ。ここが勝負所です。ケリをつけましょう!>
「「「了解!」」」
それぞれ人とフェアリスが返事をすると、戦闘の幕が切って落とされた。
次の投稿は5/27を予定しています。




