5. 道をふさぐ影
「あー、もうつまんない、つまんないつまんないっ!」
アダムの林檎のアジトのモニタールームから、カレンが椅子に座りながら駄々っ子のように叫んだ。
ウイルス型ケイオスが発生して1か月以上が経過するというのに、国際情勢にまったく動きがない。いや、なくはないのだが、内容は各国間で情報を共有したとか、各省庁に国民の健康状態の把握と健康診断の協力を呼び掛けたとか、カレンにとっては非常につまらない内容ばかりであった。
「各国で勝手に自滅するって言ってたのに全然そんな気配ないじゃないか、嘘つき!」
「仕方ないな。そもそも協力するも何も、各国直接的な接触もほとんどないから火種が起こりようがない」
モニタールームから叫び声が聞こえて気になって入ってきたヤムナハが苦笑する。
「戦争の原因はたいてい物資や資源の不足によって起こるのだが、各国膨大な土地を所有している上、資源に関してはフェアリスがいるからな。不足することはまずないだろう」
「じゃあ、衝突が起きないってわけ? ますます退屈。意味わかんない」
苛立ちをこらえきれずに、カレンがモニタールームの机を蹴ると、バシン、と画面が揺れた。
「まあ、戦争を起こさず自治に集中するというのは、民衆の主だった関心を国際情勢から内政に引き寄せて内政への不満を高めることになるのだが、そちらも隙がない」
自治に集中するということは、報道や民衆の関心が自国の政策に集中するということであり、責任が自国の為政者に降りかかってくる危険があるのだが、各国大小なりとバッシングはあるものの、今のところおおむね破綻もなく、汚職もなく安定している。
ユエルビアに至っては国際会議前のガイナスの印象が最低であったためか、反対に開き直るかのように政策をすすめ、何か失敗をしたとしても即座に転換をし、確実な成果を出していた。
「まあ、それでも手のうちようはあるが」
呟くと、ヤムナハが口の端を持ち上げた。カレンが椅子を抱えながら振り向くと、猫のように好奇心旺盛な目でヤムナハを見る。
「何?なんか、面白い案があるの?」
「ユエルビアのみ、フェアリスへの悪評が強い、いわば不安定な状態だ。そこへ、いっきに人がロストする事態になれば、修復不可能な大きな穴が開く。さぞかし、混乱のもとになるだろう」
「面白そう、どうするの?」
乗り気な様子でカレンが問いかけると、ヤムナハが得意げに口を開いた――。
エイジス諸島連合皇国、タイタスの行政会館に併設された病院兼研究施設では、ウイルス型ケイオスの研究がミナト主体で進められていた。
「イツキさん、ありがとうございます。本来であればケートスでナノさんの傍にいたいでしょうに」
「いえいえ。ただ、自分がここにいてもどれだけ役に立ててるのかも悩むところですが」
イツキは本来工業技術関係が専門なので、できることは進化形態、変化の予測、他には医師達が研究しやすいよう顕微鏡や検査機器の開発ぐらいだ。
「何を仰いますか。イツキさんの発想と意見は非常にありがたいです」
ミナトが困ったように微笑むと、イツキも苦笑した。
だが、それでも効果的な対策は見つかっていない。
「イツキ殿、また各国から連絡が入っておりまする」
傍らで待機していたヤナギがパッドの表示を見てイツキに声をかけた。
「……すいません、パソコンのモニターにそのまま表示させてもらっていいですか」
イツキが面倒そうに言うとヤナギが苦笑し、ミナトや周りの医師に目配せした。
全員構わない、という様子で医師達も頷く。最初こそ、行政会館に設けられた執務室で対応していたのだが、機会が多いので、研究室でそのまま通信するのが通例となっていた。
『すまない、イツキ陛下、相談にのって頂きたいのだが』
焦ったような様子で通信してきたのはガイナスだった。対して、イツキは返答しない。
『…イツキ氏、相談に乗ってほしい』
「何でしょうか?」
敬称から言葉を変えると、イツキがようやく返答した。
上下関係を作る気は無い、会議のあとに各国代表者に説明してから、公の場以外では陛下呼びされたときイツキは返答しないようにしていた。申し訳ない気持ちから遜られるのは嫌です、その気持ちは民衆にこそ向けてください、としれっと言った程だ。敬称を用いられたらそれに合わせた返答をしないといけないため、本人の性格的に面倒くさいというのも理由としてあるのだが。
「だが、うちの首相だいぶ雰囲気変わったよな」
「前はこうして他国に相談するなど弱味握られるからもってのほか、とか言ってたのに」
ひそひそとユエルビアの医師が話していく。会議のあと、最もイツキに相談しているのはガイナスだった。最初は手放しで相談にくるものだから、イツキが叱責していたが、最近は自身の考えと、わかっている時点での情報を集めてから相談している。
『……というわけで、最近の気温の急激な低下から体調不良者が増えている。特に衣服の供給が追い付かない』
日に日にウイルス型のケイオスの大気に占める割合が上昇し、特に雲よりやや低い高度に蓄積していた。それにより、日光が遮られて気温が減少するという事態が惑星全体で起きていた。
『かといってフェアリスが元素変換させたものを配給したり売り出しても、民衆からは拒否されるだろうから、工場を稼働させて補うしかない。とりあえず、軍事関係の工場を一部縫製系の工場へ転換させようと思っている』
「わだかまりが残っている以上は難しいですね。ただ、転換させた方が雇用が失われないので、そこはプラスとみていいかもしれません。あとは、軍需産業の中でも機械系のものに関しては、家電製品、特に暖房器具の制作のために稼働させてもいいかもしれません。あとで、暖房器具関係の設計図を送ります。そうすれば、エネルギーの消耗を抑えられると思うので」
『すまない、助かる』
物資的な援助はしないと話していてガイナスは不安だったが、相談できるだけでもかなり有難かった。現在の資源を見直すよう言われ、報告した後でまた指摘を受け、ユエルビア内でも活用できるものが多いとわかり、国を保つことができていた。
そこへ、さらに通信を知らせるチャイムが鳴ると、モニターのガイナスを映し出していたウィンドウが縮小し、新たに二人の人物が映し出される。
『すみません、ユエルビアが通信してると聞きましたが、こちらも話を伺いたく思いまして』
クーリアが申し訳なさそうに話し、
『いけないなあ、抜け駆けは。必要な情報が共有できないことがあるから。そのために会議の時間を設けているのに』
その直後にアナンが苦笑しながら割り込んだ。
通信衛星の恩恵により、同時通話が可能となり、各勢力会議の後、連日こうして各勢力とやり取りをしていた。
『す、すまない。しかし、衣類の配給が足りなくなりそうだったので相談したかったのだ。それに、この先も気温が下がり続けるから暖房器具の用意とか』
ガイナスが気まずそうに言うと、二人の表情が真剣なものへと変わる。
『イツキさん、その話ぜひとも聞かせていただきたい。対策込みで』
『何か技術提供の話をしてたのなら、ぜひとも聞きたい』
クーリアとアナンが食いつくと、イツキがため息をついた。設計図を書き出すのは、フェアリスの力を借りればそうそう難しくもなく、時間もかからないので構わないのだが。
「なんか、いいように使われてる気がするのは気のせいですかね」
イツキが不貞腐れた表情になりながら言う。
『すまない、多忙であるのに』
『ええ、娘さんのこともあるのに』
ガイナスとクーリアが申し訳なさそうに言う、その一方で。
『もちろん、そこはありがたく思っとるよ』
『そうそう、研究も進めてもらわないと』
「あなたたち二人からは悪意しか感じないのですが……」
ぞんざいなオウゼンとアナンの言葉に対して、イツキのこめかみに青筋が立つ。
アナンはもともとであるが、会議のあとよりオウゼンも態度が代わり、クーリアをけしかけてはよくイツキに相談したがるようになった。時折、人のことを便利屋のように捉えているのではないかと思えてしょうがない。
研究室内の医師たちが、各勢力の政治家のやり取りを聞きつつクスクスと微笑んでいる。
なんだかんだ言いつつも、イツキも満更ではなく、相談に応じている辺り、人がいいのだ。
和やかな空気になっているところへ、そういえば、とアナンが別の話題を切り出す。
『娘って言っていたが、ナノちゃんが倒れて4週間以上だったか?よく堪えているものだ』
何気ない風を装ってかけられた言葉に、イツキの表情が変わった。
ウイルス型のケイオスに感染し、呼吸器の重篤症状が現れた者は大抵2週間で全身が結晶化しロストしている。幼い体でありながらロストせずに済んでいるのはノウェムがそばにずっとついて臓器を生成しなおし続けているからであった。
だが、アナンが言いたいのはよく頑張っているな、という意味ではない。
『アナン主席……!』
意図を察したクーリアが咎めるように言う。
「いいんです、クーリアさん」
イツキがクーリアのことを制止させた。
11歳の少女を苦しませ続けるのが正しいことなのか。一度ロストさせて肉体をリセットさせる方がいいのではないか、アナンは暗にそう言っているのだ。
イツキも、そのことについてはよくわかっているし、ロストさせたくないという自分のエゴに娘を付き合わせて苦しませているだけなのではないか、という迷いがある。
オウゼン、ガイナスもアナンを責める様子はなく、その場に居合わせた医師も憤る様子はない。
それは、ロストに慣れた人々とワタセ家の認識の差と言えた。
「皆さん、それは違うのです。イツキ殿、ワタセ家の皆さんは…」
ヤナギが続けようとしたところで、いきなりユエルビア側の通信からざざっとノイズが走った。
何事だ!と遠い箇所からガイナスが叱責する声が聞こえる。
その直後、くぐもった鈍い音が遠くで響き、さらに激しく家具が振動する音が聞こえた。
「ガイナスさん、聞こえますか、ガイナス首相!」
尋常じゃない事態を察してイツキが問いかけると、ざざっとユエルビア側のモニターにノイズが走る。その直後に狼狽した表情のガイナスが映し出された。
『すまない、官邸自体は、無事だ。だが、首都の地下鉄で事故が起きた。それも多発的に。場所は軍事工場の地下周辺。先ほどの音は燃料タンクに引火し、爆発した音だ』
ガイナスから告げられた言葉にアナン、クーリアの表情が変わる。
『周辺は今、混乱状態となっている。急いで対処に向かう…』
「待ってください」
慌てて対処しようとするガイナスを鋭くイツキが呼び止めた。
ユエルビアの首都、爆発という単語から、ヤナギはすでにイツキの愛用のタブレットPCに情報を示していた。ユエルビアの首都周辺には軍事工場が多く、引火した箇所の近くにも火薬工場などがあり、二次災害の危険性が非常に高い。これでは大規模な被害が出てしまう。
「今回の状態はかなりまずいです。下手したら、ユエルビア首都の1/3の市民がロストし、首都機能の半分が停止しかねない」
イツキの推測に各国の首脳が驚く。
「ガイナスさん、今回の対応はどうするつもりで?」
『まずは、市民の救助。そして、消防活動だ。とはいえ、今まで助けられない命は早々にあきらめていたから技術はないが、やってみるほかあるまい』
ガイナスの言葉にイツキの眉間にしわが寄った。
地球に転移するにあたり失われた知識には防災、対災害の知識も含まれる。
このままユエルビア単独で事に当たろうとするのは危険、二次災害が起きる可能性があると言えた。
「自治を謳っておいてなんですが、今回の事態はユエルビア単独での対処は難しく、被害が拡大すると各国にも影響がでると判断します。よって、エイジスは救援を派遣したいと考えます。内訳はプローム機による救助活動と消火、防災活動。他国に武力となりうるものを派遣するので、ユエルビアの承認、各国の承認を得たいと思います、早急に返答を願います」
イツキの提案に各国の首脳が驚いた後で沈黙する。
まさかの支援の申し出だが、イツキが提案したのは事態を重くみたがゆえのものだ。
ユエルビアの1/3の市民がロストすることになれば、ユエルビアの首都機能がゆらぎ、各国へも影響する。先日の各勢力会議にて自治を申し出たためにそれを覆す決定になるのでイツキは各国へ判断を求めたのだ。
『ユエルビアとしては、その支援、ありがたくお受けしたい。ぜひともその知恵と力をお貸しいただきたい』
ユエルビアからガイナスが首相として決断し、要請を受け入れる。
『ノトス・サザン貴族院主席アナン、緊急事態につき代理権限をもって、エイジスのユエルビアへの支援を承認する。そちらに派遣しているプローム部隊も活用してくれ』
ノトス・サザンからアナンが代理権限を行使して承認する。今回の部隊の派遣は本来の目的とは異なるため、部隊に対してエイジスが自由に指示がだせるよう一言添えるのも忘れない。
残りはシーナだ。オウゼンと話し終えたクーリアが口を開く。
『シーナももちろん承認する。ただし、ノトス・サザンがプローム部隊を派遣するなら、シーナは物資支援をさせていただきたい。この事態に対して支援するのはやぶさかではないし、我が国単独が何もしないというわけにはいかない』
そこは、勢力としての面子やバランスがある。何より、ユエルビア国民のシーナへの心証を悪くしてしまいかねない。妥当な判断と言えた。
『すまない、感謝する』
ガイナスが3国に対して感謝を述べると、イツキはうなずいた。
「各国から承認を得られたので、これよりエイジスより救援部隊を派遣します。では、ガイナス首相、また後で」
こうして、急遽救援部隊の派遣が決まったのであった。
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