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CosMOS  作者: 螢音 芳
Chapter.6
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C-5.5. 混乱という名の塔は崩れ落ちて

 エイジスによるエリア91攻略作戦開始後、エイジス海域にて謎の大規模爆発が起きたことを持ってエイジスとシーナの戦争は休戦となった。


 エリア91作戦から3日後。

 アダムの林檎のアジトには、エリア91作戦応戦の混乱に乗じてシーナから逃げてきたイサミがイヴァンとともに戻ってきた。

「イサミ!」

 リジュがイサミに抱きつき、半透明の身体をイサミが抱きとめる。

「ごめん、リジュ。心配かけさせて」

「ううん、戻ってきてくれただけで嬉しい」

 涙目になりながらリジュが微笑んだ。

 イヴァンはそんな二人を横目で見つつ、シーナから脱出する際に回収してきた対フェアリスに関する装置を下ろす。

 ひとまず、この惑星が消滅する危機は去った。だが、代わりにエイジスという脅威がますます強化される形になってしまった。

 今回の件でエイジスは多くの民衆から支持を得ることになるだろう。

 シーナから脱出しつつ、エリア91の戦闘を偵察したが、黎明の旅団、ノトス・サザンとはすでに協力体制にあり、チームとしてプローム部隊が機能していた。

 サザンとは同盟状態とあるものの、貴族院主席のアナンがあのように支援するとはイヴァンも予想外だった。

(同盟は形だけのものと思っていたが……あそこまで強固な繋がりがあることを見抜けなかったのは失策だ)

 シーナの暴走、サザンへの監視の不十分さ。様々な要因が重なり、後手後手に回ってしまっている。

「こちらも人員を増強せねばならない。プローム乗り、政治交渉の人材、両方の」

 イヴァンが呟いたところで、通信が入った。

『イヴァン、聞こえているか、ブラボー小隊だ』

「聞こえている。首尾はどうだ」

 ブラボー小隊はエイジスがエリア91攻略戦を進めている間に黎明の旅団のプローム乗りを鹵獲する作戦を実行していたはずだ。

『状況は芳しくない、思いの外旅団側の抵抗が激しい。プロームの備蓄が尽きているはずなのに、3日以上攻撃を続けているが、落ちない。特に、アジト付近では旅団の隊長機と思しきプロームが居座っている』

 ブラボー小隊の隊長が疲労の蓄積した表情で報告していく。

 ここまで抵抗が激しいのは予想外だった。さすがにユエルビアの領事とシーナの知事の両面から総攻撃を仕掛ければ落ちるものと思ったのだが、このままではこちらが消耗し、ロスト者が出かねない。そうなったら、プローム乗りが復帰できるまで逆に戦力がマイナスとなってしまう。

 リジュが何かに耳を澄ますような表情になると、一つうなずいてからイヴァンに進言する。

「イヴァン、たった今、他のフェアリスから情報があったんだけど、アジトの方にもう人の有機体反応を感じないって。おそらく隊長機が囮になって、すでに何人か逃したのかも……」

『そんなはずは…』

 あの激しい戦火の中、逃げることができたとはブラボー小隊の隊長は思えない。だが、洞穴内に抜け道が無かったかと言われると自信はない。

「ならば、これ以上はジリ貧になるから撤退しろ。せめて隊長を捕縛したかったところだが、止むを得まい」

『了解だ。代わりに、傭兵の幾人かをスカウトすることができた。地球での記憶がある訳ではないが、居ないよりマシだろう』

「助かる。受け入れ準備をしておく」

 イヴァンがうなずくと、ブラボー小隊との通信を終了した。

 黎明の旅団の人材を確保することはできなかったが、ひとまずプローム乗りの人材は確保できた。

「後は、政治や民衆の操作に関して見識のある人物…」

 それについては、イヴァンには一人心当たりがあった。早速、その人物と連絡を取るべく、通信機に手を伸ばした。



 エリア91攻略戦後、表向きはノトス・サザンとエイジスの友好を深めるため、裏の理由としては賭けの景品にされて、ノトス・サザンを訪れていたハルカとナノは、ゴドー家に宿泊していた。

 今日はハルカの方はシュウやレンと共にノトスの基地に赴いて合同訓練とケイオス討伐の手伝いへの参加、ナノはユイ、サキ、ミナとともにノトス・サザン随一の繁華街がある貿易街に行ってショッピングする予定だ。

 ハルカが出発する前にナノの方を見る。

 楽しそうだね、とかいろいろ笑顔で明るく、いやいつも以上にテンションを上げてユイに話しかけているが、それは不安の裏返しであることを見抜いていた。

「じゃあ、おにい、行ってらっしゃい」

 そう言ってナノが微笑む。

 昨日はハルカから離れようとしなかったし、普段よりも話しかける様子が多かった。

 今日は別行動になるから少しでも不安を紛らわそうとしているのだろうがいつものようにからかう調子がない。

 やれやれと思いつつ、ハルカは口を開いた。

「行ってくるけど、ナノのこと心配だな」

「おにい、心配してくれるの?」

「うん、ナノは方向音痴だから、迷子札作っておかなかったことを後悔してる」

 言った瞬間、ハルカの腹部に鋭いボディブローが入った。

「だ・れ・が方向音痴だって?」

 青筋を立てながらナノが言う。

「方向音痴じゃないか、一人で地下鉄乗れなかったり、スマホのナビ見てるはずなのにたどり着けなくて泣きついてきたことがあったり」

 げほげほと咳き込みながら抗議するようにハルカが言った。対して、心当たりのあるナノの顔が真っ赤になる。

「も、もう大丈夫だもん! この間一人で電車乗ってお使い行けたし!」

「それ、行く前にさんざん俺に確認してきたよね? しかも、ゲームで試合中だったのに途中で電話してきたし」

 ハルカが突っ込みを入れると、もう一発ボディブローを入れられた。

「と・に・か・く!大丈夫だからとっとと行ってらっしゃい!おにいこそコテンパンにされても知らないからね!」

 そう言うと、悶絶するハルカを置いてナノは自分の準備をすべく行ってしまった。

 一連のやりとりを見ていた特殊上位部隊の面々と、ノイン、ノウェムが目を丸くしている。

「いつもとは逆なのです」

「こういうこともあるのですね」

 ノイン、ノウェムが言うと、ハルカが体勢を直しながら苦笑する。

「まあ、ね。最近は俺の方がヘタレてたから、ナノが精一杯元気づけててくれてたけど」

 言いながら、ハルカがユイの方を見た。

「ごめん、ナノのことをお願い。意地っ張りで不安なこととか我慢することがあるから…」

 ハルカがお願いするこたから本当に心配している様子が伝わってくる。

 仲のいい兄妹だな、と少し羨ましく思いつつ、ユイは微笑んだ。

「もちろん。ナノちゃん可愛いし、私にとっても妹みたいなものだから、任せて」

 その背後でサキとミナがこっそり話す。

「意地っ張りという点は似てるから、あながち妹のように思うのは間違ってないのかもね」

「ユイも普段妹ポジションだから、姉のように振る舞えるのが嬉しいのかも」

「そこ!聞こえてるからね!」

 しっかり聞こえていたユイが、がーっ、とサキとミナに噛み付いた。



 で、予定どおりショッピングをしていたはずだったのだが…。

「どうしよう、迷った…」

 貿易街の公園でユイ達とはぐれたナノは途方に暮れていた。

 元の場所に戻ろうにも、初めての場所なので、全然心当たりがない。むしろ、どうやって公園までたどりついたのかパニックになって覚えていない。

「ノウェムも道、わからない?」

「そうですね…」

 そう答えると、ノウェムが一度ふっと姿を消すと即座に戻ってきた。

「上空から見ると、あそこを10メートル行った先があの角…?いや、反対方向を行った先の角??」

 上空から場所を確認してきたのか、ぶつぶつと呟いているが、その内容は不安げだ。

「…上空から見るのと、平地から見るのは大違いなのですね…」

 訳がわからなくなったノウェムが思考放棄して、遠い目をしながら薄っすらと笑った。

「ノウェム〜」

 ノウェムもお手上げな様子に、ナノが声を上げる。

 まさか、どっちも方向音痴だったとは予想外だ。

 本格的にどうしようと悩む。

(おにいにバレたら、ほらあ、って絶対呆れられる…)

 ナノが頭を抱えていると、そこへ、後ろから穏やかな声がかけられた。

「お嬢さん、どうしたのかな?」

 見られてはいけないため、ノウェムが慌てて姿を消す。

 ナノが振り向くと、そこには白髪混じりのの初老の男性が穏やかに微笑んでいた。


 公園のベンチに場所を移し、ナノが事情を話すと、その男性は頷いた。

「そうか、一緒にいた人達とはぐれてしまったのか」

「うん、それでどうしたらいいかわからなくて」

 地球だったら、スマホとか連絡をとれるものがあるし、GPSで場所もわかるから、最悪ハルカに迎えに来てもらえるという安心感があった。

 しかし、この世界ではオーバーテクノロジーになってしまうために使えない。

 イツキからは他の人から訝しがられてしまうため、ケートス以外では使ってはいけないと言い渡されていた。思念伝達や感応能力にしても同様、奇異な視線で見られかねないため、緊急時以外は人前で使わないようにと注意されている。

 そのため、スマホと思念伝達という手段を封じられて迷子になったらどうすればいいのかわからずナノは途方にくれていたのだ。

「だったら、交番に行ってみるといい。もしかしたら、連れの人達も交番に尋ねているかもしれないからね」

「あ、そっか」

 交番に行ったことなどなかったため、ナノがハッとなった。

「でも、交番にしても場所が…」

「交番までだったら、ここから近いから一緒に行こう」

 穏やかに男性が言うと、ナノが安堵の表情を浮かべ、ありがとうございます、と言った。

「あ、せんせーい!」

「おじいさん、今日もお話してー!」

 ナノと男性が話していたところへ、幾人かの子どもたちがやってきた。貿易都市ということもあり、服の雰囲気もバラバラで、日に焼けた子から地黒の子、お人形のような色の白い子もいる。

「先生?」

 ナノが首を傾げると男性が苦笑した。

「これでも近くの大学で教員をしていてね。ここへは暇つぶしに来て、子どもたちに読み聞かせをしているうちに懐かれてしまったんだ」

 なるほど、とナノがうなずく。男性の様子を見て、穏やかで理知的な様子から教員をしているというのも納得できた。

(でも、この雰囲気はどこか既視感があるような…)

 ナノが首を捻っていると、近づいてきた子ども達がナノを見て男性に声をかける。

「あれ、このお姉ちゃんどうしたの?」

 子どもの一人が問いかける。

「すまない、今日は少し用事が出来てしまってね。この子を道案内しないと行けなくなった。今日のお話しはお休みにしよう」

 男性がそう言うと、子どもたちがえーっと残念そうに言った。

「あのお話途中だったから聞きたかったのに」

「そう、気になるよね」

「バベルっていう高い塔のお話」

 子どもが言った言葉に、え? とナノが驚く。

「わたしは、お話の続きよりも、あだむといぶのお話をもう一度聞きたい」

「えー、だったら僕は海を割った人や、家族で箱舟に乗って助かったお話を聞きたい」

 口々に子どもたちが話す。

 それらの話は旧約聖書にある有名な話で、ナノはアニメで見たことがある。

 記憶を封じられたここの人達が知るはずもない、地球で伝わっている話であった。

「わかったわかった。じゃあ、明日は2回分お話しよう。だから今日はもう帰りなさい」

 男性が苦笑しながら取りなすように言うと、子どもたちは、はーい、と素直に返事して公園から去っていった。

「あの…」

 ナノが緊張しつつ、声をかける。もしかして、この人物は地球の知識を持っているのではないか、と。

「さっきの子たちをどう思うかね?」

 男性が子どもたちが去って行った方を見ながら話す。

「白色、黒色、黄色……肌の色が様々だっただろう? それが一つの言語で話し、仲良くコミュニケーションを取っている。そこには人種の差別や貧富の差もない」

 淡々と男性が話していく、その内容が地球における差別と言語、貧しさの格差の問題を話しているのだとナノは気づく。それは、道徳の授業でもやっていることなので小学生でも知っていた。

「バベルの塔は崩れて、我等の言語はバラバラになった。だが、今、フェアリスという種の干渉を受けて、言語という問題を克服した。そして今、我等は差別もなく新しい文化を作り出している」

 話す男性の視線は子ども達だけでなく、人びとの触れ合い、街の風景全てに対して向けられていて、慈しむようにそれらを眺めていた。

「地球に帰る、という思想もあるのだろう。エイジスの奮闘は見た。あれだけの英雄行為をすれば民心を引きつけるだろう。だが、この風景も確かに人の営みが作り上げたものだ。それを一時の熱狂で失うには惜しい、私は、この町並をとても美しく、ずっとずっと続いてほしいと思うのだよ」

 男性のその述懐を聞いてナノが何とも言えない表情を浮かべる。

 地球という故郷があるからでこそ、帰るべき、そう思っていた、そう信じていた。

 けど、異なる考え、価値観に触れてナノは戸惑っていた。

 この男性のようにここの世界を大切に思う人達からすれば、自分たちのしてきたことは間違っているのではないか、と。

「私の意見について、ぜひとも、貴方の意見をお聞かせ願いたい。エイジス諸島連合皇国、皇女、ワタセ・ナノ殿下。地球に戻ること、あなたの行為が民衆にどれだけ影響を及ぼしたか、その責任を負えるだけの根拠を」

 男性が敬称でナノに呼びかけるのを聞いて、姿を隠していたノウェムが現れ、ナノを庇うように男性との間に入った。

「ノウェム」

「ナノ、離れてください」

 今回、訪問するにあたって、ナノに危険が及ばないよう、他の人から認識を逸らせる働きかけをノウェムはしていた。言わば、変装のようなものである。それを見破り、ナノの素性を指摘してきた時点でこの人物は得体の知れない危険な人物ということが言えた。

 男性とノウェム、ナノの間で緊張が走る。

 そこへ。

「ナノ!」

 焦るユイの声が響き、その後ろからサキとミナが走ってきた。

 近くまできて、誰と話していたのか3人が気づくと、ナノの両隣にユイとミナが、ナノの前にサキが入り込む。

「これは、なんとも豪華な顔ぶれだ」

 男性が皮肉のような笑みを浮かべて言う。特殊上位部隊に所属する3人のことも知っているといった様子だ。

「この子に、何の用ですか?」

 警戒するようにユイが言う。ユイの方もこの男性のことは聞いていた。アナンと、ノトスのアルファ小隊から要注意人物であると。

「別に、何でもないさ。道に迷っていたようなので交番へ案内しようとしていたところだ」

 男性があっさりと言うと、確認するようにユイがナノへと視線を向ける。青ざめてはいるものの、こくり、とナノは頷いた。

「サキさん、ミナ、ナノを連れて店に行ってて、後から追いかけるから」

 ユイが言うと、サキとミナが頷いた。

「ユイお姉ちゃんは?」

 ナノが心配そうに問いかける。

「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」

 そう言うと、ユイは微笑んだ。サキとミナは頷いて、ユイに視線を向ける。

 念のため、ユイはプローム素体を持ってきている。

 この男性が怖いのはそういう物理的な点ではないが、ユイならば大丈夫であるとサキもミナも信じていた。

「さ、ナノ行きましょう」

「うん」

 サキから促され、ナノは不安な表情を浮かべたまま公園を離れていった。

 ナノが去った後、ユイは改めて男性と対峙する。

「知っているとは思いますが、最初に名乗らせて頂きます。ノトス・サザン合衆国貴族院特殊上位部隊所属、ユイ・ゴドーです」

「何とも丁寧なことだ、私は」

 男性が名乗るよりも先にユイが素早く口を開く。

「元シーナ大帝国の上院議員、今はヴァンレスト大学人文学教授でしたね。ミトベ先生?」

「なるほど、政界ではじゃじゃ馬娘と言われているが、なかなかどうして。父に似て裏事情によく精通しているようだ」

 ミトベの言葉にユイが眉間に皺を寄せる。はっきり言って父と同類にされたくはない。

 いや、これは挑発だとユイが怒りを抑えつつ口を開く。

「さっき、貴方はあの子に何を話したんですか?」

「単なる世間話だよ。この世界は差別がなく素晴らしい、平和な世界がこのまま続いてほしい、と彼女に話しただけだ」

 ミトベの言葉に対して、ユイは眉をあげる。

 エイジスは地球回帰することを暗に目標として掲げて歩んできた。そこへ異なる意見を言われれば揺らぐ。

 下手をしたら、自分のしてきたことが自己満足だと捉えてしまいかねない。

「エイジスのワタセ・ナノと知って言ったんですか」

「別に言ったところで構うまい。正直な意見なのだから。いずれ言われることだ」

 何でもないように言うが、それを11歳の少女を青ざめさせている時点で、タチの悪い言い方をしたのは確実だ。

 ハルカから頼むと言われたにも関わらず、こんな目に合わせてしまったのは、手落ちだ。帰った後で何とかしてフォローしないといけない。

 ただ、今はこの人物に対して言わなければいけないことがある。

「貴方には、複数の容疑がかけられています。一つ、サリ・ゴドーおよび私の殺害幇助、一つ、テロ組織への国家機密の情報漏洩」

「ほう?確か、その日私はこの街にいて君たちが事故にあった街からは数百キロ離れていたと思うが…」

「幇助、と言ったはずです。その日貴方の元へは父が交渉に来ていた。その前、アポイントを取った時、貴方は日にちを指定してきた。細かく時間も分刻みで。その日は私があらかじめ広報活動をすると日程が決まっていた日で、父も見にくる予定だった。だけど、貴方はその日以外では予定を空けられないと強引に言った。私達家族と、護衛の人員を分散させるために」

 ユイが怒りをこらえつつ話をすすめていく。

「それはなんとも強引な言いがかりではないかね?」

「事故のあった際、関与した人物を逮捕した際、証言が得られています。父はこの日別行動をしているとタレコミがあった、と。父が軍部総長と大学を訪れていることを知っていたのは、父と、総長、特殊上位部隊、そして貴方だけだったはずです」

「それならば、情報を漏らしたのはフェアリスの可能性もあると思うがの」

 あくまでシラを切るミトベに対して、ユイは構わず、次の話題を切り出す。

「貴方にかけられた容疑のもう一つ、テロ組織への国家機密の情報漏洩」

「情報漏洩とは?それも、テロ組織とは黎明の旅団のことかね?」

「アダムの林檎」

 ユイが告げると、ミトベが僅かに眉を持ち上げる。

「この世界の政治家が操作されていることに父は気づいていた。ただ、精神束縛を利用したものにしては手段があまりにも人の心理を理解した手法であると。そして、困窮しているはずなのに、技術や物資が政府の上層部で途切れないノトス側に疑惑を持った。母のことについて捜査を進めつつ、操作している背後の組織について尻尾を掴むために。ヤムナハを逮捕した際に、調べた時、合わせてその関与についても確証が得られた。直後に、シーナの宣言による混乱があったために、確証を得るために時間がかかってしまったけど」

 ユイがそこで、言葉を切ると、ミトベに冷たい視線を向けた。

「そして、得られた資料の中にアルファ小隊へ干渉したことも載っていた。その際、アルファ小隊とサザン側が通じていたと情報が漏れていた。捜査を進めていくと、ミトベ先生、捜査線上に貴方の名前があがったのです」

「成程、アダムの林檎と通じていたかどうかの真偽はさておき、内戦時代の当時、アルファ小隊がサザンと通じていることは重大な反逆行為に当たるのではないかね?さらに国を混乱させる行為に対して、政府に報告することの何がいけない?」

 全く悪びれることもなく、論点をすり替え、自身の正当性を主張するミトベにユイは怒りが蓄積していくのを感じた。

 そのせいで、リクがどのような目にあったか。アルファ小隊の人々がどれだけ傷つけられたか。

 それだけではない、その行為により、母が精神束縛され、家族が分裂し、家族がどれだけ嘆き悲しんだか。

「私は単に話をしただけだ。すべきだと感じたところへ、世界の安定のために。責められる謂れはない」

 くっ、とユイは唇を噛んで堪える。

 これも挑発だ。この人物は、言葉で人の心を翻弄し、目的のために人の不和を招くことを躊躇しない。だから、危険人物なのだ。

「そこまでです」

 ユイとミトベが対峙していたところへ、さらに異なる人物が現れた。

「カエデさん…」

 ユイが声をかける。ミトベの数メートル後ろ、いつでも捕縛できる位置ににカエデが佇んでいた。

「カエデ特務官、だと…?今日は、ノトスとサザンで合同訓練をしていたはずでは」

 驚くミトベの言葉にカエデがため息をつく。

「本当に、貴方は地獄耳ですね。確かに今日は合同訓練をしていますが、そっちはリクさんに任せて、ようやく密告をした人物の証拠が得られたので、警察隊の応援に来たんです。と、動かないでください」

 ミトベが眉間に皺を寄せて動こうとすると、すかさずカエデが声をかける。

「ちなみに、貴方は今、見えないだけで既に包囲されています。抵抗せず、このままご同行を願います」

 ユイが視線を向けると、カエデの言葉を裏付けるように遠くの建物、その屋上で何か光るものが見えた。おそらく、ハヤトが狙撃できるよう待機しているのだと想像できた。

「復讐、か。君たちの情報を漏らした私への。そもそも君たちが抵抗しなければ何も傷つくことはなかったのに」

 容疑を認めたミトベがカエデに言った。

「なぜ、皆変革を求めたがるのだ。変わることなど誰も求めていないというのに」

 カエデが表情を変えないままミトベの言葉を受ける。

「サザンにしてもそうだ、世界は争いを続けて10年、その中で戦争を否定するなど馬鹿げている。少数派に回れば潰される。そのためにアナンは妻が犠牲になった。私が関与せずとも、いずれそうなっていただろう」

 ユイが付き合っていられないというように首を振る。

「けど、サザンはノトスに勝ち、世界は戦争を否定しつつある。エイジスの出現によって」

「何を馬鹿なことを!あれこそ害悪以外の何物ではないではないか!」

 ユイが言った、エイジスという言葉に対してミトベは初めて怒りを露わにした。

「非人道的兵器で人々を脅し、世界に変革を強要する。地球での記憶があるからと言え、巻き込むなど身勝手にも程があるではないか!」

 理知的で穏やかな人物、それが今や歯をむき出しにして怒りの感情を吐き出していた。

 ユイが一瞬身を竦ませ、カエデは表情を変えないまま冷たくミトベのことを見る。

「それが、正義だと!?おこがましいにも程がある!」

 そこまで言い切ったところで、ミトベは荒く息をついた。

「確かに、エイジスは非人道的兵器を使用しました。見方を変えれば、自分の意志を通すために武力を用いた、そう言えるかもしれません」

 カエデは言葉を紡いでいく。そこには静かな怒りが込められていた。

「撃ったこと、世界を変革することが罪と貴方は言います。けど、今を守るために他者を踏みにじり、それを必死で正当化しようとする貴方のことが正義だと僕には思えない」

 カエデが冷たく言い放った。

「お…イツキ陛下とケイト殿下だったら、少なくとも撃った事実から逃げたりしません」

 ユイがイツキとケイトのことを思い浮かべながら話す。

 イツキだったら、ケイトだったら、二人ならば撃ったことに対して彼らは正しいとは言わない。悪者と呼ばれることも甘んじて受けていた、それが代償というように。

 けど、目の前の人物にはその覚悟もない。

「貴方は知ったように、世界やエイジスのことを話す。けど、貴方は何もわかってない、想像すらしない。世界や国を形作る人の思いを、痛みを、苦しみを、フェアリスの葛藤や悲しみを。貴方はただ新聞記事や情報だけで世界を見ているだけ」

 目の前の人物は理知的で穏やかで、イツキと似た特徴を持っている。

 初めてみた印象からは似ているとユイも思った。でも、今はそうは思えなかった。

 イツキから感じた温かみをこの人物からは感じないからだ。

「そんな貴方に世界を語る資格はない」

 言い放ったユイに対してミトベは何も言わず、視線を逸らした。

 数分後、警察隊によってミトベは逮捕されたが、ミトベは抵抗することはおろか一言も発することなく連行されていった。




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