11. 世界が課した命題
シーナ大帝国、エリア91上空。
ハルカはクーリアとともにファーヴェルの内部で巨大プロームが爆発する瞬間を見ていた。
強い光を放ちながら半球状のドームが海上に出現したかと思うと、形が縮退しつつ、周囲の海が抉れて凹む。
重力波とシールドで抑えられたために、衝撃はシーナの大陸までは来ないが、その光景は圧倒的であった。
光が収まると爆発の衝撃があった箇所は球状にえぐれ、海底がむき出しになっていたが、その直後、波が押し寄せて、爆発の余波を押し流していく。
爆発が収まった後もケートスはしばらく浮かんでいたが、徐々に高度を落としていくと、力尽きたように海面へと不時着した。
「ケートス、応答を、ケートス!?」
ハルカが通信機から焦った声で呼びかける。
だが、応答はない。
「父さん、母さん!聞こえてる!?こちらファーヴェル!聞こえてるなら返事を…」
その時、ファーヴェル内の通信機にざざっとノイズが走った。
『こちら、ケートス…ケイトさんも、僕も何とか無事です』
弱々しいながらもはっきりとしたイツキの声を聴いて、コックピット内でハルカは安堵の息をもらした。
「なぜ、私を助けたの?」
クーリアが呆然としながらも、納得いかない、というようにハルカに問いかけた。
ノインがむっと口をへの字に曲げる。
クーリアが顔を俯かせると、さらに言う。
「私は助けなど求めていなかったのに」
助かりたくなんてなかった、と。
暗にそう話すクーリアは、強がりを言う子どものようにハルカには見えた。
「あなたはそうかもしれない。けど、お願いされたんだ。それも2人から」
え? とクーリアは驚いて顔を上げる。
「少なくとも、その人たちはあなたが助かったことを誰よりも喜んでくれる。きっと、あなた自身が思う以上に」
だから、と続けるとハルカは微笑んだ。
「あなたを助けることができてよかった」
純粋に助けられたことを喜ぶその微笑みに、クーリアは何と言えばいいのかわからず黙り込んでしまった。
そのままファーヴェルはエリア91の発着場に降り立つと、エウロスのメンバーと、エリア91に潜入していた歩兵部隊とナノが待っていた。
「お嬢様!」
集団の中で小さい羊のぬいぐるみ形のフェアリスが叫ぶ。
ハルカがファーヴェルを解除すると、羊形のフェアリスがふらふらと飛んでクーリアのもとへたどりついた。
「ご無事で何よりでございました」
「ムウ…」
クーリアが懐かしそうに声をかける。
羊の姿をしたそのフェアリスは昔、父と母を担当していた。父が地球で眠りにつき、その後しばらく経って母も後を追うように眠りについたころ、いつの間にかムウもいなくなっていた。てっきり、シーナに見切りをつけて、他の政治家のところに行ったものとクーリアは思っていた。
「ようやく、お会いすることができました。長らく、封印状態にされたまま閉じ込められておりましたゆえ」
「え?しかし、あそこの部屋には……」
クーリアが戸惑うように話す。
「うん、この子だけ同じ部屋の中の隠し棚に入れられてたの」
ナノが弁明するように言うと、同じ場面を見ていた歩兵部隊やゲンもうなずく。
「このお嬢さんのおかげで助かりました。ずっと伝えなくては、と思っておりましたゆえ」
そう言うと、ムウはクーリアだけでなく集まった人々全員に、過去のある情景を見せた。
『周りは敵だらけ、だな』
とある男性、先々代のシーナ大帝国の皇帝、クーリアの父親が疲れた表情で話す。
『すみませぬ。私が貴方様ならばと思い、真実を話したばかりに』
ムウの声が響く。
『ムウ、その行為は過ちではない。むしろ、落ち度は私の方にある。私は明かす時機と相手を見誤ったのだ。それにより、他のフェアリスに怪しまれてしまった』
天井を仰ぎながら皇帝は呟いた。
『最初は信じられなかった。ここにいる私が夢幻のような存在で、本体はここから光の速さでもたどり着くのに時間のかかる場所に眠っていようとは。しかし、眠っている自分の姿を見せられては信じるしかあるまい』
そして、皇帝は正面を向いた。
『何とかして争いを止めねば。同じ同胞ならば、争っている場合ではない』
『申し訳ありませぬ。首長もフェアリスの諍いを止めようとしたのですが、何かの熱に浮かされているかのように、争いに興じ、止めることができませなんだ…』
ムウの言葉に、皇帝は首を振る。
『フェアリスは欲を忘れていたのだろう?操るために人の精神に触れたことで欲を思い出してしまったのかもしれぬ。何年、何十年と抑えてきたものがあふれでたならば、熱狂に耽るのも仕方ないのやもな…』
『陛下…』
切なく呟くムウを前に、皇帝は自嘲する。
『これは、呪いか、あるいは世界が我々を試そうとしているのかもな。明確な敵がいて、それを前にして同種族で争わず一つになれるのか。共通の敵を持つ種族が手を取りあえるのか、と』
それでも、人は、フェアリスは、一つになることはできない、とあきらめてしまう。種族全員はおろか、国の足並みをそろえることすら難しい、とムウは思ってしまう。
しかし、皇帝は決然とした表情を浮かべていた。
『だが、やらねば。そうでなければ我等はともに倒れる未来しかない』
『あなた様』
そこへ、一人の女性が部屋に入ってきた。のちの先代女帝、クーリアの母だった。皇帝が女性に声をかける。
『すまない。私が過ちを犯してしまったばかりに』
その言葉に女性が首を振る。
『人を信じて伝えたことをどうして責めることができましょうか。相手が悪かった、そうとしか言えませぬ』
『だが、その行為の結果、私は妻と娘を危険にさらすことになった。加えて、最近きなくさい連中も増えている。人力でフェアリスに抵抗する勢力、しかしそのそばにもまたフェアリスの影が見え、目的が一向にわからない。ここまで事態の悪化が早いのには彼奴等が噛んでいる可能性がある。ムウがいてくれても、安心はできない』
皇帝の言葉に妃、ムウがともに驚く。
『では、もしムウの守護も封じられるようなことになれば』
『私も傀儡となるだろう。抵抗はするが、そうなったら、廃人。その先は、精神を地球に送り返され、二度とここに戻っては来れないだろう』
『わ、私が全力でお守りします!そのようなことはあり得ませぬ!』
ムウが叫ぶが、皇帝は首を振った。
『あり得ない、と決めつけてはいけない。可能性はあるなら、備えねばならぬ。だから、もし万が一私が倒れたときには…』
皇帝が妃を見る。
『ええ、その時は私があの子を守ります。あの子は最初から知らなければ、私たちのように徹底的になぶられることはないでしょう』
決意をこめた妃の言葉に皇帝が満足そうにうなずいた。そして、一枚の用紙を渡す。
『覚えたら、焼き払ってくれ。ここに書かれているのは、私が真実を明かしても忠誠を誓ってくれ、ムウの調べでも強硬的でないフェアリスがそばについている者たちだ。私が倒れたら国外へ逃がしてほしい』
皇帝が言うと、妃が固くうなずいた。
『では、せめて、あがいてみるとしよう…』
ムウからイメージを受け取った後、クーリアは愕然としていた。
「父様と母様は知っていた…?この世界がフェアリスによって操られてる世界だと。それでも、世界を正そうとしていた…?」
「左様でございます。そして、明かさなかったのは、この事実を知らなければ他のフェアリスから危険にさらされることはないからでございます」
クーリアの目から涙がこぼれる。
「では、父様と母様が眠りについたのは…」
「おそらく、精神束縛を受けすぎたがゆえ、皇帝陛下の予測どおり、使い捨てられたのでございましょう。最後まで戦い抜いて」
知らなかった事実。明かされた真実。そして自分が両親から最後まで愛されていたという確かな証。
「あ…、う、うああああああああぁあ!!」
すべてを思い、クーリアは慟哭した。
後ろから人影が近づき、そっとクーリアの身体を抱きしめる。
それは、歩兵部隊から連れてこられたグウェンだった。
長かった夜が明け、山間の中の基地を橙色の光が照らしていく。
「伝えられてよかった」
そばにいたナノが呟く。
「そう、だな」
苦い表情でハルカが頷きながら、妹の肩に手をおいた。
ナノはそのまま何も言わないで手のぬくもりを受ける。
(世界が出した命題、か…)
ハルカが心の中で呟いた。
強大な敵を前にした時、人は一つになれるのか、他の種族と手を取り合うことはできるのか。
その答えはわからない。
けど、とりあえず今は。
一緒に作戦を実行したチームエウロスのメンバーとこの惑星でも再会できたこと。
自分たち家族がケイオス駆除に向けて歩んできたことを受け入れてもらえたこと。
それが、希望になってくれるはずだと、ハルカは思いたかった。
ここまで、お読み頂き、本当にありがとうございます。
元号が変わるキリのいい所で、Chapterも区切りがつきました。
次の投稿は5/1を予定しています。




