6. エリア91攻略戦
エイジスがエリア91へ攻略作戦を開始したのと同時刻。
ノトス・サザン行政府内の執務室にて、アナンは放送局から準備ができたとの連絡を受けた。
(今頃、シーナと開戦しているはず。頃合いか)
時計を確認し、アナンが行動を起こすべく立ち上がろうとする。
その時、執務室をノックし、一人の人物が入ってきた。
「話を行政府のスタッフから聞きました。あの方々の危機なのですね」
「サリ……」
部屋に入ってきたサリを見て、アナンは驚く。
「あなた、私はだいじょうぶです。勝手にスキャンダルにされたのは、業腹ですが、そろそろ真実をきちんと伝えるべきと思っていました」
「だが」
アナンが口ごもる。半年もの間、軟禁状態にあったサリにとってフェアリスの件は葛藤が強いはずだ。だからでこそ、計画を伝えていなかったのだが。
その様子を見て、サリがいたずらっぽく微笑んだ。
「先駆けて、あなたの部屋に大事にしまわれていた記録媒体を聞かせてもらいました。ええ、とても、いい内容でした」
「そうか、あれを聞いたのか……」
ばつが悪そうにアナンが後ろ頭をかいた。
「今まであの方々にどれだけ助けてもらったでしょう?イツキ様は、憎い相手の罪を暴いてくださいました。ケイト様は折れそうな私を叱咤してくださいました。ハルカ君はケイオスの手に落ちそうな国と家族を救ってくださいました。ナノさんは迷っていた私に勇気を与えて背中を押してくださいました。本当に感謝してもしきれません」
無言でアナンも今までのことを思い起こす。出会ってから、彼らには知識と、勇気と、励ましと、様々なものをもらってきた。返しきれない感謝はこちらも同じだ。
「ねえ、あなた。彼らももう、報われたっていいじゃないですか。だから、伝えに行きましょう」
サリがアナンに手を伸ばし、アナンがその手を取る。
「ああ、行こう。私たちからの感謝を伝えに」
エリア91では激しい戦闘が繰り広げられていた。
色の異なる機体が、同色同型のシーナの量産型のプロームの群れと衝突する。
量産型でありながらも、乗り手の技量は高い。
プロームとは本来、その武装に合わせて調整するのが普通なのだが、性能を均一化することで量産、数を増やすことを重視したのだ。
プローム乗りの技量が高ければ、平均的な性能でも油断はできない。銃剣という画一化された武器ながらも全員油断ならない相手だった。
対してエイジスは14人で、数の上では圧倒的に不利な状況。
にも関わらず、このせまい区画で新しい性能を試すように各機縦横無尽に走っていた。
アストラルの大剣が先陣を切り、撃ち漏らした敵や急接近する敵をマックスガイツがカウンターをきめて倒していく。
「相変わらずエイジスの技術は凄まじい……!」
「だな、イツキさんまた新しい開発に成功させたのかよ!」
カナタとケンジが嬉しそうに話す。重い武装でありながら、先陣に切り込んでも即座に後退できる。それも全プロームに導入された背部のスラスターのおかげだ。
リュウが通信を介してハルカに問いかける。
「これってハルの?」
「飛行ユニットではないですけど、それに近いものです。データが集まったので平地での急加速、跳躍用にブーストとして搭載したんだと思います。平常のスラスターよりも確か移動距離が0.1秒の最小出力で10メートル、最大出力で50メートル伸びてるはずです」
飛行ユニットは乗り手の技量と、ある条件が必要であり、現実的ではなため全機配備に至らなかった。その代替として急遽導入されたのである。
「なるほど、一見燃費が悪くなりそうに思えるけれど、移動のエネルギー、急駆動の消耗が抑えられている」
サキが感心しながら、エヴァーレイクを弓から双剣の状態にして切り伏せていく。
自分でブーストの感触を確かめているようだ。
初めての機能を触っているはずなのに、滑らかなヒット&アウェイの駆動は全然そんなことを感じさせない。
五月雨が敵との間合いを急加速で詰めると居合抜きで切り伏せ、スモーキングF&Fがスナイパーライフルで後方から支援し、集中砲火を浴びそうなときにはブーストを使用して即時回避する。相手は追撃しようにも、その挙動に追いつけない。
「サザン側からエイジスの技術のすごさは聞いていたけど……」
「やばいな、これ。うちのチューニングにもう戻れなくなりそう」
カエデとハヤトがそれぞれ驚嘆して呟く。ノトスのアルファ小隊の3人はエイジスによる調整を受けるのは初めてだ。
「それだけじゃなくてきちんと個々の特性に合わせてくれてる。合流して間もないのにここまで仕上げられるなんて」
アクアカプリスで戦斧を振り回しながらリクが呟く。
「存外、どっかの誰かさんが入れ知恵してるんじゃないか? 戦闘中でも分析できるみたいだし」
「あはは…」
カナタの指摘にハルカが苦笑いした。
それぞれの特性を聞いていたら流石に間に合わない。皆が出撃することは気が進まなかったが、今回の出撃メンバーが決定的になった時点で地球でのデータと実際にハルカがそばで見た現状のデータをすり合わせたものを父と整備班に伝えていたのである。
向こうは300の数の武力、対してこちらは14の質の武力。
ハルカが見た限り、シーナの乗り手はランク50~300代の技量で、数が多い。だが、驚くべきことに撃破を重ねてエウロスは着実に戦線をあげていた。
フォロカルが射程範囲内の敵の位置をマークして全機に伝達し、ディザスター・ロアは受けた情報をもとに砲撃する。
「数は確かに多いけど!」
「この区画でやりあうには数が多いな、フレンドリーファイアを誘いやすい」
ミナとレンが連携しつつ、後方から援護攻撃を重ねていく。
今回少数精鋭にしたのもそのためだ。この区画で大人数での作戦は逆に動きずらくなってしまう可能性があった。
ファーヴェルが急加速と急制動で緩急のリズムを作りながら地面を滑り、敵を翻弄する。翻弄され、ルートを誘導される敵をエニエマが的確に撃って撃破していく。
「すごいのです。急造のチームなのに、ここまで機体を使いこなして連携してるとは……」
ノインがうめく。
「だね、俺も驚いてる。地球でチームやってた時の役割そのまんま。誰が何を言うわけじゃなしに自然とそのポジションについてる」
ハルカが微笑みつつ、戦況を分析する。今なら以前見えてなかった戦闘中の仲間の動きがよくわかっていた。
ふと、気になっていたことを問いかける。
「ノイン、ノウェムのこと、心配だよね。本当だったら、ナノと一緒に迎えに行きたいんじゃ……」
「大丈夫なのです、ハル。きっと無事なのです。それに、ここを離れたら、誰が貴方を支援するのですか。バランスの自動制動がアンバランスなままなのに」
やれやれと言わんばかりに、いつもの調子でノインが話す。
心配をかけさせまいと気丈にふるまってくれているのだ。
「……ありがとう、ノイン。ここで俺らが暴れれば、それだけ別部隊の潜入もしやすくなる。がんばろう」
「はい!」
ノインの気持ちに応えるためにもハルカは戦場をいかんなく動き回っていった。
一方、シュウが黒曜の持つ大刀を振り回し、区画の砲台を破壊していた。
「ったく、チームの指揮系統任されたが、やることねえなあ」
本来であれば、ハルカが指揮を行うべきなのだろうが、責任やポジションを考えて、暗黙の了解で見送られた。代わりに、誰がなるか、と言った時に、指揮経験や各プローム機の情報に精通しているということでシュウが取ることになったのだった。
(いや、押し付けられた、が正しいのか? カエデは緊張しいだし、カナタは暴れ回りたい、って拒否されたし)
とはいえ、ここまで楽な指揮もなかなかない。なにせ、それぞれ何も言わなくても勝手に阿吽の呼吸で動いてくれているからだ。
アストラルとマックスガイツが前線に切り込み、
風招、清澄、エニエマ、エヴァーレイクが中衛を支え、
五月雨とアクアカプリスが前衛から中衛のフォロー、
後衛でディザスター・ロア、ディザスター・ケインが砲撃、
スモーキングF&Fが後衛フォロー、
フォロカルが情報支援、
そして遊撃兼引き付け役のファーヴェルだ。敵の攻撃を一手に引き受けつつ、隙あれば撃破、無理な時は回避に専念して中衛から後衛への注意を逸らしている。
消耗の激しい銃器類の機体の勢いが衰えていないことから、おそらくまた自分のエネルギーを少し融通しているのだろう。戦線が崩れないよう存分に動きまわっている。
「通信!砲台が撃破されて安全が確保されたから、この先100メートルのポイントに補給ポイントを作るそうです」
そして、本部とやりとりして必要な情報を与えるのも忘れない。
「頼もしいことだ。逆に、やることが本当にないな」
ぼやきつつも、黒曜は時折前衛に混じってしっかり敵を撃破に回ったりもしていた。
順調に序盤の区画を制圧し、補給ポイントに着いたところで各プロームに緊急の放送が入った。
発信元は、ノトス・サザンからのラジオ放送のチャンネルを示している。
『皆さん、お久しぶりです。私はサリ・ゴドーです』
聞こえてきた声に、ユイが驚いた。
「お母さん!?」
ノトス・サザンのラジオ放送局から、サリは特別ゲストとして番組に参加していた。数年前は放送局でアナウンスを務めたこともある。そして、政治家の妻だ。公の場での話し方、度胸は十分身についていた。
「皆さん、お久しぶりです。私はサリ・ゴドーです。アナン・ゴドーの妻であり、ユイ・ゴドーの母です。周りが何と言うと、そう思っています。そうであろうと決めています。昔も今もその気持ちは変わっていません」
まぶたを閉じれば少しも身動きのできなかった恐怖の日々がよみがえる。思い出すのは怖い、本当ならば思い出したくもない。
しかし、サリは勇気を振り絞り、声を発する。
「今日は私から皆さんにお話があって来ました。これから話すのは、まぎれもなく私が経験したことで、真実の体験です」
そう言うと、サリは自分の口で、記憶を語り始めた。
柔らかな聞き取りやすい声と対照的に、訥々と語られる内容は、恐怖の体験であり、どれだけ精神束縛による軟禁状態が恐ろしいものだったのか明らかにしていく。
その間にサリがどう思い、何を考えていたのか。家族を傷つける行為に利用され、家族に裏切られたと思われる辛さと悲しみ、サザンが追い詰められていく時に何もできない絶望感が生生しく語られた。
サリが話す放送の内容はエリア91の戦場にも届いていた。
「ユイ…」
ハルカが心配して声をかける。
「大丈夫」
涙を流しながらもユイは補給しながら機体のチェック動作を止めない。母が虐げられてきた思いに共感しつつも、今自分がいるのは戦場なのだ。気をとられてばかりはいられない。
「ユイの母さん、すげえな」
ぽつりとケンジがつぶやく。
「そうね。言うのは、勇気がいることよ。助け出されてまだそんなに経ってない。もしかしたら、まだ恐怖の底に心が沈んでいるかもしれない。それほどの体験なのに、自ら話しているのだから」
同じ女性として、ルイが尊敬して話す。
「ありがとう、ございます……」
ルイに対してユイが素直に思いを述べる。
「べ、別に感謝されることじゃないよ!本当に同じ女性としてすごいと思ったの!」
慌ててルイが弁明するように言う。
「それは、デレにデレを重ねてるだけ……やっぱりルイはかわいい」
アヤメがからかうように言うと、むきー、とディザスター・ケインが自分の武装を振り回した。
「あんまりからかうと、ぶっぱなすよ!もう!」
そんな、賑やかなやりとりの中でも放送は続く。
「私の心を、フェアリスは縛りました。ですが、その苦しみを終わらせてくれたのもフェアリスたちでした。私は、今回の件で人を、フェアリスを、その悪意を憎みました。今もその気持ちは消えません。ですが、その感情はフェアリス全員に向くことはありません! それは種族という一括りで考えるべきものではない、そう思うからです」
サリは目に涙を浮かべながらも声をよどませることなく話していく。
「私に同情して共感して、憤ってくださった方には感謝を申し上げます。だからでこそ、お願いします。もう一度、考え直してみませんか、何に対して許せないのか。何にその気持ちをぶつけているのかを。私からの話は以上です」
サリの話は、ケートス内部のブリッジにも届いていた。
「すごい、ことね。これは」
「はい…」
ケイトの呟きにイツキがうなずく。
その時、サリを救出したのはケイトだ。共感しているのだろう。
放送ではその場で自殺しようと止めた人がいる、と匿名で言っていた。その時止めたのはケイトだとゲンからイツキは聞いている。
イツキが指揮官席に座るケイトの肩に手をのせると、その手に優しくケイトが触れる。
「ケイトさん、よかったですね」
「そう、ね。話すのはつらかったはず、家族と向き合うこともたいへんだったと思う。でも、恐怖に立ち向かって、このタイミングで話してくれた。感謝しかないわ」
サリはフェアリスによる精神束縛の被害者だからでこそ、世界の人々に語り掛けられる。このままでいいのか、と。
語り掛けた言葉はきっと、世界の人々の怒りを抑え、振り返る機会を作ってくれる。
そんな予感を夫婦で感じとっていた。
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