1. 暗雲
ケートスを奪還してから、2週間。
フェアリスたちは、地球における世界地図に当てはめると、南極に当たる大陸に集合していた。
ここは人類が住めない極地である。フェアリスは物質的な肉体を持たないために、南極の寒さなど関係ない。ゆえにこの地を中立地帯と定めていた。
「皆の者、号令に答えてもらい、感謝する」
フェアリスの首長である、ヤナギが十数万といるフェアリスに呼びかけた。
それぞれの地域の政治家や町の行政府を担当し、ロストからの回復の調整、行政の操作を行っている。各勢力に属しているフェアリス達だ。
ここに集結している他にも、どこの勢力にも属していない日和見のフェアリスもいるのだが、それらは今回の呼びかけに対しては参加していない。
いらいらしたように、黒く、毛の薄いネズミのぬいぐるみが呼びかける。
「ヤナギ、前置きはいい。本題を」
ノトス・サザン合衆国のノトス共和院主席を担当している者だ。忙しいのか、いらいらしている様子でヤナギをせかした。
「皆多忙であるからな、あいわかった」
ヤナギはうなずくと切り出した。
「先日、我等はケイオスより、テラプローム、ケートスを奪還した。これにより、我等はケイオスに対して攻勢に出る。皆、協力してほしい!」
各勢力に対して呼びかける首長としての宣言。その言葉にざわざわとフェアリスたちがざわめく。
「にわかには信じがたいな。あれはツバキごと取り込まれていたはずだ」
他のフェアリスに聞こえる声で虎と中年男性を合わせたような半人型のフェアリスが言う。ユエルビア共和国の首相を勤めているフェア・ヒュームだ。
すぐに他のフェアリスが、あり得ないはずだ、と同調していく。
エイジスはケイオスに占拠されたテラプロームがある危険地帯で人類を定住させるには厳しい土地だった。だから代行させる人類などいないはずだ。
「だが、可能とした。人類と協力体制を築いて、な」
「ほう、ではどのように。どのくらいの規模で?」
からかうようにフクロウを模したぬいぐるみ、シーナ大帝国の議長担当が声をかける。
ぐ、とヤナギが唇をかむと答える。
「4人、だ」
「なんと、たった4人とな」
あざけるように他のフェアリスたちが笑う。
それを聞いて、エイジス諸島のフェアリスが怒る。
「黙らんか!」
「そうとも、それにそのお方々だけではない、某等もプロームに乗って戦ったのだ!」
ウコンとサコンの言葉に再びざわめく。
「にわかに考えにくい。だって、乗ったら、ケイオスに取り込まれるのだろう?」
「嘘だ、嘘を言っているに違いない」
否定的な考えにカチンときたノウェムが反論する。
「嘘ではないのです!私とその人間の協力者によって感応能力を使ったのです!」
ノウェムの言葉に対して、一同がしん、と静まり返った後、大きいどよめきが沸き起こった。
「貴様、あれを使ったのか」
「他の生き物の精神にフェアリスの精神を重ね合わせるという禁忌を、それも精神束縛などではなく、お互いの同意を得てだと!?ますます信じられん」
「人類など蛮族、結局操られるだけの道具ではないか!」
汚いものを見るかのような視線、精神を傷つける言葉にノウェムが唇をかむ。
(あの人たちのことを知らないから…!)
本当は言いたい、お前たちが戦争ごっこに明け暮れている間に脅威を排除してくれた人たちを。フェアリスたちの罪と人類の罪を知ってもなお立ち上がってくれた人たちのことを。
だが、言えば他の勢力のフェアリスから狙われる可能性がある。
イツキは優秀な技術者、ハルカはランカー入りできるプローム乗りだ。
いずれの陣営もほしい人材であることに変わりはない。
フェアリスに距離は関係ない。もし、連れ去られる事態になったら。それを考えたら、名前を明かすことはできなかった。
「では、仮に貴様らの言を信じてケートスを解放したとしよう」
口を開いたのはノトス主席担当の黒いネズミのフェアリスだ。
「貴様らが私たちのことを恨み、その武力が我等の陣営に向かないと誰が保障できる?」
その言葉にヤナギとノウェムが絶句する。
「そうとも、お前らが野心を持たないとどうやって証明する」
ユエルビア共和国のフェア・ヒュームがあざけるように言い、その言葉にウコン、サコンが憤慨する。
「何を、たわけたことを!」
「某たちは貴様たちと違う!」
「けど、どれだけ言葉を重ねようと、今この場で危険な力を持っているのはお前たちエイジス勢力なのだ」
シーナ大帝国の議長担当のフェアリスがウコンの言葉を無視して告げる。
「巨大な力を持っている者に対して、恐怖、不安を抱かずにお前らはいられるのか?それが、何の後ろ盾も目的もわからない力だったとしたら」
その問いかけにエイジス側は一言も発せなくなった。
「まさか、貴様らは…」
ヤナギがうめく。そもそもケートスが解放できたかどうかなんてとっくに知っている。その上で、自陣営をどうけしかけるのかをもう定めていたのだ。
「先日の火砲の斉射、あんなのものを見たら、人類は何を思うだろうな?」
意地悪く、ユエルビア共和国担当のフェア・ヒュームが問いかけ、にやりと唇の端を持ち上げた。
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