12. とりあえず…
「やった…」
ナノが茫然と呟く。
「やった!ナノ、姉さんたちがやったんです!」
ノウェムが喜んでナノの周りで飛び上がる。
山の中腹でイツキがふうっとため息をつく。
ケイトは思わずガッツポーズをしていた。
「若―っ!」
「ご無事ですかーっ!」
ファーヴェルの中でハルカがふうっと息をつこうとしていたところを、ウコンとサコンの部隊が到着する。
「まったく何なのですか、あなたたちは、少し休ませてほしいのです!」
「なんと、若、だいじょうぶでござりまするか!」
ノインとウコンの騒がしい声に思わずハルカは苦笑した。
「だいじょうぶ、さすがに疲れただけ」
疲れはあるものの、やりきったという充足感に満ちていた。
その時、黒い影が地面を走る。
えっ、と思い見上げると、上空には大きい鳥、もしくは蝙蝠のような影が集まって暗雲を作っていた。
「まさ、か…」
ハルカのつぶやきにノインがごくり、と唾をのむ。
「あれも、ケイオスなのです。砕け散る前にコアが救援を呼んだ、のです」
突如広がった暗雲を見て、イツキ、ケイトも焦る。
「あれは」
「あんなの、聞いてない…!」
どうしたらいいのか、そう思っていた直後、2人の周囲の地面が崩れた。
「「えっ?」」
驚愕するのも一瞬、2人は地面にそのまま飲み込まれていった。
ナノが空を見て青ざめる。
ようやく危機が去ったと思ったのに、みんな疲れ切ってるところに!
理不尽さに頭の中が憤りと混乱でいっぱいになる。
空を一緒に見上げていたノウェムが、突然何かに気づくと、ナノに声をかけた。
「ナノ!今から落ちるので、気を付―」
ノウェムが言い切るよりも先に、ナノの足元が消失すると、イツキたちと同様、地面に飲み込まれていった。
「こんなの、どうすれば…!」
さすがに対空手段はない。歯噛みしているところへ、一つの声が響いた。
『子らよ、とりあえず中へ…』
穏やかな声に驚くと、ハルカたちのいた地面が水面のようにたわんだ。
プロームの足がとられ、沈んでいく。
「何っ、これ!?」
突然の現象にハルカが慌てる。
「慌てないのでほしいのです、おそらくこれは…!」
ノインが言い切るよりも前に地面の中に飲み込まれ、視界が暗転した。
水の中を沈んでいるような感触につつまれる。
プロームの中にいながら、おかしな話だが。
だが、間もなく白い地面が見えると、着地した。
他のプロームも着地すると同時に、白い床が広がって天井ができ、東京でヤナギから説明をうけたときのような白い広大な空間が形成された。
空間の中で驚いているイツキ、ケイト、そしてナノの姿に気づいて、ハルカはプロームを解除して近づいた。
「父さん、母さん、ナノ!」
声をかけると4人集まって無事を確かめる。
「これは一体…」
イツキが戸惑っていると、空間の中に一つのモニターが映し出された。
それは外の様子だった。
落ちる前に見たときよりも、かなりの数のケイオスが集結し、空が暗雲でおおわれている。
「イツキ殿、ケイト殿、ハルカ殿、ナノ殿、ケートスの奪還、感謝します」
先ほどの穏やかな声が空間に響く。
そこには、ぺたりと垂れたネズミの耳を持った穏やかな老婦人が浮かび上がっていた。
「先ほどは、あなた方に被害が及んではいけないと手加減してしまいましたが、今なら全力をだせます。お見せしましょう、ケートスの力を」
老婦人、ツバキがそう言うと、手を掲げた。
すると、モニターが複数浮かび上がる。それは、この島だけではなく、今まで旅してきた列島の様子だった。ここと同様にケイオスが飛来している。
「拡散砲、一斉照射」
静かにツバキがそう言うと、各列島の山、草原など至るところから砲台が出現する。
そして、一斉に上空に向かって発射された光条は上空で分散し、蜘蛛の巣をつくるかのごとく広がって、ケイオスの暗雲を切り裂いていく。
その光景に、渡瀬家の全員が声もなく驚愕する。
今までの旅は何だったのかと思うほどの殲滅っぷりだった。
いや、それよりも。
「ヤナギ」
静かにイツキが問いかける。
「なんでございましょうか?」
「テラプロームってこの島のことじゃなかったんですか?」
「はい、この島のことです」
あっけらかんとした表情でヤナギが答える。
「全長3000kmの島ですね」
「今まで旅してきたところのほとんどです」
ノインとノウェムがヤナギにうなずきながら同意する。
「それ、日本列島そのものじゃないですか!」
突っ込みをいれながら、そこでイツキは失念していたことに気づく。相手は宇宙人なのだ、そもそも価値観や考え方のスケールが一緒とは限らない。倫理観などが共有できていたので、こういう認識のずれが起こる可能性を考えてなかったのだ。
「うわ…すごい」
「すごすぎると、何というか、反対に感動って薄れるもんなんだね…」
「花火みたいできれい」
それぞれケイト、ハルカ、ナノが感想を言う。
「なるほど、道理でここの奪還に躍起になってたんですね」
イツキがため息をつきながら言った。
確かに、これはこの惑星からケイオスを駆逐するための重要な戦力だ。
「はい、これだけの火砲なので、銃火器が効きづらいケイオスでも物量で押せるのです」
「すごい偉業なのですよ、イツキ。ここを制圧したあなた方は誇ってよいのです」
ノイン、ノウェムが自慢げに言った。
「これで、いっきに殲滅するのじゃ!」
おー、とフェアリスたちが鴇の声をあげる。
そんなフェアリスたちを後目に、イツキは疲れて座りこんだ。
そうは簡単にはいかないだろう、確かにこの戦力は大きいが、同時に大きな懸念が生まれてしまった。
それも、まあ、今はいい。
ケイト、ハルカ、ナノも座り込み同じ表情を浮かべている。
「「「「疲れた…」」」」
とりあえず、今は休ませてもらおう、後のことはそれからだ。
4人はそれぞれ仰向けになると、やり切った笑顔をうかべながら目を閉じた。
○幕間
ケートス奪還前、旅先のキャンプ地でのこと。
「そう言えば、なんでウコンとサコンって時代がかった話し方してるの?」
ハルカから聞かれて、ぬいぐるみ型のウコン、サコンはピク、とそれぞれの耳としっぽを立てた。
「いい質問ですな、若。それはですな」
「「時代劇、大河最高!」」
ポーズを決めながら二人が言う。
「あの、熱い主従関係、時代を動かした、とわかる場面を見た時の興奮!」
サコンがぴくぴくとしっぽを動かし、
「くーっ、たまらないのでございます!特にあの忠誠を示していく所に憧れるのでございます!」
ウコンが興奮して言った。
「だから、人型の時もなんか時代劇というか和ゲーを元にしたような格好してるんだね…」
ウコンは武将のような、サコンは公家みたいな服装をしている。
「それだけじゃありませんよ、ハル。本来、ゴメスとフォートという名前がありながら、ウコン、サコンと名乗ってるのですから」
「黙りゃ、ノイン!」
「それは捨てた名前、魂の名前を自分で決めたのだ!」
サコンとウコンがむきー、といった様子でノインに言った。
「だから、イツキ殿らワタセ家のお方々を見た時に思うたのですよ。仕えるならこの方々がいいと」
「うむうむ、特にイツキ殿の冷静さと判断力、そして人徳。正に将の資質でござる」
そんなにすごい人物じゃないと思うけどなぁ…とハルカは思いつつ、微妙な表情を浮かべる。
冷静さ、判断力、道徳心の強さはわかるけれども、興味のある物を見たら、いろんなものそっちのけでまっしぐらになってしまう子供っぽさがある。
いまいち納得してない、ハルカの様子を見て、ノインがぼそっと呟く。
「何を考えてるかはわかりませんが、良い点も悪い点も引き継いでいるので、人のこと言えないと思います…」
ノインのつぶやきに、うむ、とウコンとサコンはうなずいたのだった。
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